第4話
これまで沢山人の欲を見てきて嫌気がさしていたのに、‘’リナに会いたい‘’という欲に支配されている僕は同類の愚かな人間だと思い知らされた。
‘’僕が望んだ事、本当の事‘’
リナが言っていた意味の先にある真実がどういう結果を招こうと僕は知らなくてはならないと思った。
依頼された時に添付されていたリナの写真を眺めているうちに、心の奥底に封印した記憶がある事に気づいてきていた。
…僕は過去にリナに会っている…
最初見た時には思い出さなかったが徐々に蘇って確信していた。
途切れ途切れの記憶に、僕は僕が分からなくなっていた。今まで思い込んでいた自分は感情の無い薄い人間だと思ってたのに、浮かび上がってくる僕は自分を制御出来ないわがまま極まり無い真逆な人間で、自分勝手で感情のおもむくままに自由奔放な嫌なヤツだったから。記憶の中でのリナはごく普通の明るい女の子でまるで別人だった。時折悲しげな笑顔が見せているのは、‘’僕のせいだ…‘’そう感じた。
曖昧な記憶の中、思い出そうとすると頭を鈍器で殴られたかの様な酷い痛みに襲われて、思い出す事を自分で拒否しているのかのようで段々思い出す事が恐ろしくなってもきていた。僕は開けてはいけない記憶の闇に潰されてしまいそうになりながら、その闇に向き合いたくないと怯む自分と真実を知りたい自分とが闘い続けていた。
そして記憶の扉は少しずつ鈍い音をたてながら開いていった。
日増しに蘇る過去に僕は震えながら、背を向け無理矢理閉じ込めてきた真実に辿り着こうとしていた。
記憶が解き放された瞬間は、予告も無くやって来た。
何故か僕は不思議な灰色の空間をゆっくり歩いていて、目の前に輝く光が差し其処に辿り着いた。
そう3年前…
僕は何に対しても牙を向け手当たり次第に壊し傷つけ続けていた。自分でも勝手に八つ当りしている事は分かっていたが止められなかった。誰もが腫れ物に触れる様に遠ざかって行く中、突然現れた彼女だけはいつも僕の側にいてくれていた。
僕がこんなに崩れていったのは、事故で足を怪我して走れなくなってからだった。それまで走っている時間が好きだった僕は、だだ夢中で走り続けて煩わしい人間関係や嫌な出来事も考えずいられ、それが僕の生きがいになっていた。そんな僕は陸上の代表選手に選ばれ周りにも期待されながら優越感に浸っていた。いわゆる順風満帆といえる人生を送っていた筈なのに…
走れなくなってからの僕は全てが空っぽで無気力になっていき、見るもの聞くもの全てが歪んで見えていた。
唯一の居場所を無くしてから、何もどうでも良くなって、近寄る者は跳ね除けるよう傷つけていた。そんな僕に人々は陰口と冷ややかな眼差しを浴びせ、それを受けた僕は日々また壊れ荒れていった。
それまで気にもならなかった、現実にある人間の闇を目の当たりにして、僕はその渦にどんどん呑まれていた。
‘’この世には、自分を理解出来る人なんて誰も居る訳が無い…
むしろ分かって欲しくも無い…‘’
歪んだ心が叫んび続け、こんな世界なんて要らなかった。全てが狂い始め、もう平常心でいた以前の僕は居なくなってた。
そんな僕の前に彼女が現れた。
彼女は同じ学校らしいが、僕は知らなかった。
眩しいくらいの笑顔で話しかけてくる彼女の事が鬱陶しくてたまらず突き放し続け傷つけてたが、どんなに冷たくあしらっても毎日やって来て、笑顔で容赦なく話しかけてきていた。まるで昔から知っている友達のように話し、病んだ僕を温かく包み癒そうとしてくれていた。でも僕は自分の事しか考えられなく彼女の気持ちを受け入れる事が出来ず、彼女も他の人間と同じで何時かは僕から離れて行くと思っていた。
過去を思い返しながら僕は思った。
「何時かはあなたの苦しみも終わる…
私はあなたに救われたから、あなたの苦しみが終わるまで一緒に居る…」
あの頃言っていた彼女の言葉を濁って歪みきっていた僕は雑音くらいにしか聞き入れてなかったが、素直に心を開いていれば何かが変わっていたのだろうか…
そして僕には彼女を救った覚えも無かった…
泥沼にハマるよう日々壊れていくうちに「死」を意識するようになっていた僕は
‘’この世から消えてしまえば、この苦しみから解き放される’
としか考えられなくなり、ある日窓から飛び降りた。
落ちていく時間、
‘’せめて最後くらい、この歪みきった心から開放され安らかな気持ちでこの世を去りたい‘’
僕は願っていた。
空想の中で皆が願った事と同じ想いを抱いていた。
「待って…」
目を開けると彼女が手を差し伸べて落ちて来ていた。何故彼女が居るのか、共に落ちて行くのか分からなかった。
僕は驚き戸惑いながら彼女の手を取ろうとしたが届かず、彼女の悲しげな笑顔を目に焼き付けて落ちて行った。
‘’やっと苦しみから開放される…‘’
そう思ってたのに、僕は生き延びてしまった…
目覚めると死ぬ事も許されなかった現実に僕は抜け殻になり、話す事も動く事もしないただ座っているだけの人形の様になっていた。
そんな僕の元に彼女は現れ
「全て、何時かは終わる…
楽しい事も辛い事も…
今流れている時間も…
そして、人の命も…
始まりがあって終わりが来る…
なのに自ら逃げて終わらせるなんて…」
彼女は冷ややかな口調で呟いた。僕はきっとこんな自分に幻滅したんだと思い絶望し空想を創り出した。
‘’あの時、一緒に落ちて行った彼女はどうなったんだろう…‘’
その真実だけは知ってはいけない気がした。
人は選んだ道が間違えだと気づく事がある。でも気がついた時には取り返しのつかない現実が待っている事がある。
僕も選択した間違った道を後悔をしていた…
辛い事から逃げ自分を捨てようとし、側に居続けてくれた彼女と素直に向き合わず背を向けた。
愚かな自分を隠すように、現実を無かった事にして忘れ去っていた。
けれど無意識に彼女を求めて探し続けていたから、空想の中で彼女をリナとして現せていたのだった。僕が依頼を受けていたのも彼女を探す為の口実だった。
今日もまた彼女は僕の横に立ち、ただジッと僕を見つめ暫くすると去って行く。
彼女の姿は、まさしく空想の中のリナそのものだった。
彼女が側で僕を見届けていたから、空想のリナも見届ける役割としていたのだ。
そしてリナを見届けていた仁科さんが、実際は僕の担当医で身近に居たから勝手に僕の空想の中に入り込ませていた。
現実と空想が重なり、どちらが本当なのか僕は迷いながら何も出来ないまま彼女を感じていた。
僕は彼女はリナと同じ半透明で消えかかっているのに気づいていた。
やっと会えたのに此処にいる彼女が消えてしまう気がして、彼女の視線を感じながらも見ることも話す事も出来なかった。
‘’たとえこのまま直接会話が出来無くても、彼女が側で僕を見届けてくれているのなら、いつか迎える最後の日までこのままでいい…‘’
そんな身勝手な事を考えながら過ごしていた。
非現実の空想の中では人の欲を馬鹿にし見下していたのに、本当にズルくて欲だらけで傲慢なのは僕で依頼者そのものだと身に沁みて思った。
側にいる彼女には向き合えないから、リナと言う少女を作り出し求め追って手の届く存在にしたかった。自己満足している僕は一体何がしたいんだろうか…
彼女が来る度に
‘’もしも僕が話し掛けたら、彼女は笑顔を見せてくれるんだろか…そしてまたやり直せるのだろうか…‘’
今更だが、僕は彼女と穏やかに笑い合って過ごしたかった。そんな願いを毎日抱いてしまう。
‘’彼女はどうして荒れ果てた僕の前に現れ、いつも側にいてくれていたのだろうか‘’
今の僕には答えを知る術は無い…
眠りに就くと時折、空想のリナが僕に問いかけていた。
「あなたは最後を見届けて欲しかった、そして心も癒やされ次の世界に旅立とうとしていた…
なのに、何をまだ求め彷徨っているの?」
冷たい眼差しが刺さり僕の欲を見透かしていた。それは現実に側にいる彼女にも見抜かれているのだろうか…
僕には、この先彼女と一緒にいてあの笑顔を見る事が出来るのか、それともこのままで彼女に見届けられ終わって逝くのか、これが現実なのか、彼女は本当に彼女なのか…分からない…。
今、僕の手の中に握り締めたままの手紙がある。飛び降りた朝に彼女から渡されたが、中身も読まず持っていた。
これを読んでしまうと全てが終わってしまいそうで勇気が無かった。
ただ此処で彼女感じる。それだけで僕は満たされて目を閉じた…
ぐろ 桜 奈美 @namishi
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