第3話

僕は以前なら不用意な外出なんてしなかったのに、毎日少女に会いに出掛けていた。

少女リナと出会ってから、僕の行動も考えも変わり始めていた。そして、依頼の仕事はしなくなっていた。少女の見届ける姿を見ている内に、他人の欲の手助けをしている自分が無意味で滑稽に感じていた。空を見上げ、今日は良い天気だなんて思ったりしている僕は自分でも気持ち悪いくらいだった。

幾日も少女を見ているうちに、僕の中でリナは少女と言う可愛らしい存在ではなくなっていた。

リナが身を削らずに済むのなら誰も見届けないで欲しいと僕が願っていても、この世の中は沢山の欲や闇で覆われていて穏やかには過ごせない。いつも何処かで誰かが病んでいる。僕は今まで依頼を通じて見て関わってきたからよく知っていた。


ある日、小雨が降る中リナは見届ける為に出掛けた。傘もささずに歩く後姿を心配しながら僕は見守っていた。

小高い丘で1人の男性がリナに気づくと、鞄に持っていたナイフを出し向けていた。

「お前が居なければ、俺の彼女は死ななかったんだ!」

そう言って迫ってた。

僕は突然の出来事に慌てて掛け出したが間に合いそうになかった、その時、仁科さんがリナの前に颯爽と現れた。僕は安心したものの既に彼の右脇にはナイフが刺さっていた。男は青ざめた顔で逃げるようにその場から去って行った。一瞬の出来事に震えながら僕は彼に駆け寄り声を掛けた。

「彼女は大丈夫だね」

彼はリナの無事を確認すると、かなりの出血なのに苦痛な顔もせず安堵な表情を見せていた。

リナは横たわる彼を無表情で暫く見つめていたが、そっと白く細い手を彼の頬に差し伸べた。

「貴方はまだ早いけど、旅立ってしまうのね」

そう言うとリナは優しい笑みを浮かべた。始めて見た彼女の笑顔に僕は心の奥が何故か痛くなっていた。

‘’この笑顔…‘’

彼とリナの空間はさっきまでの小雨降るどんよりとした風景とは掛け離れ、別の世界にいるようなフワフワと柔らかく温かい時が流れていた。

彼はリナを見て満足気な表情を見せて目を閉じた。

「もう、君はリナを連れて此処から去りなさい。誰かに見られてしまうとリナの事が知られてしまうから、早く行ってくれ…」

彼の言葉に我に返った僕は、リナの手を取りその場から走り出した。

どれくらい走ったろうか、気がつくと見知らぬ公園に来ていた。

「だ、大丈夫?」

僕は汗を拭きながら呼吸を整えリナに話しかけた。コクリと顔を縦にふって空を見ていたリナは、何事も無かったかのような顔をしていた。

辺りはもうすっかり日が暮れて、僅かに星が見えていた。僕はリナに聞きたい事が沢山あったが、何から言って良いのか分からなかった。

「みんな行ってしまったのね…

何時かは行きたくなくても行かなきゃいけない時が来るのに…どうして自分から行ってしまうのかしら…」

リナが呟いた。

そう、何時かは誰もがこの世から去らなくてはいけない時が来る。なのに、自ら去ってしまう人も沢山いる。色々な事情と歪んだ世の中に耐えきれなく…

暫く無言で星を見ていたが

「君は、何故見届けているの?」

僕は自然とリナに問いかけていた。

「最後を見届けて欲しい人がいて、最後くらい安らいだ気持ちで居たいと思う人がいるから…」

彼女は星空を眺めながら、淡々とそう答えた。

僕はリナの澄んだ瞳を見て、去りゆく人達がリナを求め救われた顔をしていたのか分かった気がしたが、本当の理由は僕の想像とは違っていた。

リナは仁科さんの事を言うまでも無く、いつもの様に僕の顔も見ず静かに歩き帰って行った。

僕は仁科さんのが心配になって、あの丘へと向かった。けれど仁科さんの姿は何処にも見当たらなかった。

‘’彼はあの傷で何処に行ったんだ…‘’

痕跡すらない丘は静かで穏やかだった。


翌日ニュースを見ても、彼らしき事件や事故の記事は何処にも無かった。僕は急いで彼のやっていた時計店に向かったが、彼がいる様子が無くむしろ暫くやって居ない古びた感じがした。胸騒ぎがしてその足でリナの家にも向かったが、リナの姿も見当たらなかった。人気のないリナの家はまるで懐かしい写真を見ている様な妙な感じがして、リナは消えてしまったのかと不安になった僕は待ち続けたが会う事は出来なかった。

次の日も次の日も…。

リナや仁科さんは何処に行ってしまったのか、僕はリナに会いたくてたまらなかった。

‘’どうして突然居なくなったんだ‘‘’

僕はリナの近所に住む人に聞いてみる事にした。すると、リナの家は3年前から誰も住んで居ないと聞かされた。確かに僕はリナがこの家に居たのをこの目で見てきたのに、自分が見ていたのは何だったのか訳が分からなくなっていた。仁科さんの店も閉まったままで、段々廃虚のように見えてきて怖くなっていた。

僕は今までリナが見届けて来た日を逆上り、リナの見届けてきた人達らしき記事が無いか探してみたが、そんな事件や事故は無かった。

僕は自分が可笑しくなったのかと思い、依頼者からのメールを開いたが確かに依頼は来ていた。少し安心したが、今まで僕が見てきたリナは何だったのか何処に行ってしまったのか謎は深まっていくばかりだった。

僕はリナの居場所を突き止めた依頼の仲間のツネに連絡をしてみた。

「彼女はどうやって見つけ出した?」

返信は直ぐに来た。

「彼女って、あの写真の娘だよね?実は俺自身は探せなくて、色々なツテを頼って探して貰ったんだよね(笑)

だから俺には、本当にあの娘が依頼された娘なのか分かんないんだよね(笑)

てか、あの写真って最近撮ったヤツじゃないみたいだしね。」

ツネですら手こずって掴んだ情報だったようだった。

「やはりあの娘に関わらない方が良くないか?お前がヤバい事に巻き込まれそうだし。もう忘れてまた仕事始めようぜ」

と最後に書いてあった。

僕なんかの事などさほど知らないのに心配してくれる彼の助言を痛ましく嬉しく思ったが、僕はリナを諦められなかった。

ツネからのメールで、「写真が最近のじゃない」事が気になって、全体的にリナの写真を見ると背景の店は今は無い事に気がついた。調べると3年前にその店は閉店していた。3年前と言えば、リナの家の事を聞いた時にもその頃から居ないと言聞いた。

これが何を意味しているのか分からなかったが、リナに会いたくてもう一度始めから丁寧に辿っていったが、手掛かりなんて見つからず、

‘’リナが現実に僕の目の前にいたのか?それとも妄想なのか?まさか幽霊?‘’

モヤモヤしながらため息とともに疲れが増していった。

僕は夢を見た。

リナが僕に向かって何か言っている。けれど何て言っているか聞き取れず、リナに手を差し伸べたが届かなくて、次第に薄れて消えて行きそうなり

「…あなたが願った事よ」

そう言ったのが聞こえたと同時に、僕は夢から覚めた。

‘’僕が願った事‘’ってどういう意味なんだか理解出来なかった。

夢の中の彼女の眼差しは鋭く僕を突き刺していた。

確かリナに出会った時には

‘’あなたは私を必要としていない‘’’

と言われたのに、夢の中の言葉が重く僕の頭に刻まれのしかかっているのは何故なんだろう…

僕は、最後にリナと別れた場所に行ってみる事にした。

あれから幾度来て何も得られなかったのに、不思議と今日リナに会える気がした。

僕は立ち止まり、暮れ始めた空を見上げた。

「何故まだ探しているの?」

その声に振り向くとリナが無表情で立っていた。

「あれから随分探してたんだ。君は一体何処に居たんだ?」

僕はやっとリナに会えて力が抜けていた。

「あなたはあなたを分かっていないのね…」

意味有りげな言葉に僕は戸惑っていた。

リナは僕の表情を見て深いため息を漏らした。

「これ以上、思い返さないで…

あなたはあなたの居場所で穏やかに過ごしていて…

もう忘れて…」

リナはそう言って去ろうとしていた。

「待って!

僕は忘れる事なんて出来ない。もう君と出会っているんだから」

リナは立ち止まったが振り向く事も無く

「あなたはまだ本当の私を知らない…

知ってしまったら、あなたも私も全部失くなる…だから私はあなたの前から消えたの…」

‘’どういう事なんだ?本当のリナって?全部失くなるって?‘’

あれこれ考えているうちにリナの姿は無く、また僕は途方に暮れてしまった。

 



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