第2話

僕は、最近の‘’自分らしくない行動‘’を自分に問いかけていた。

何故こんなに少女が気になってしまうのか自分でも不思議だった。今まで人が何を依頼して来ても気に留める様な事も無く、僕は平気で他人の欲に加担して依頼の仕事をしてきた。なのに、この依頼で少女と出会い、自分のらしくない自分に僕は戸惑っていた。他人にこんなに執着するなんて初めてだ。僕は少女を何日も見続けているうちに、少女が何者なのかばかり気になって、見つかった事を依頼者に報告しなくていけないのに出来ないままでいた。

少女の側にいたあの彼には、‘’少女の事も見た事も忘れろ‘’と言われたが、僕の頭の中に少女の誰かを見届けてる姿が浮かんで離れなかった。

僕は、少女がどうして見届けているのか知りたい興味と、これ以上関わると依頼され探していた事を知られてしまうかもしれない危機感と、仕事だから依頼者にいつも通り報告しなきゃいけない責任感に挟まれて藻掻いていた。

ふと僕は、

‘’依頼者は死にたいから少女を探しているのか?‘’

と頭を過った。

‘’けどそもそも、死にたいヤツは誰かに見届けて欲しいなんて思うのだろうか?逆に誰にも見られたくないものじゃないのか?‘’

僕は毎晩色々な妄想をし続けていたが行き着くのは結局、少女の目の前で起こっている事がなんなのかだった。


朝になると僕は自然に少女の家まで向かっていた。また誰かの待つ場所へと出掛ける所だった少女の後をつけながら、あの紳士に見つかった時の言い訳を考えていた。

この日、少女はビルの屋上にいた女性に

「あなたは、私を必要としていないでしょ」

そう言って立ち去ってしまった。少女の言葉に、その女性は泣きじゃくり座り込んでしまった。

僕は少女が会いに行く先に見届け無い人が居る事を知り少し安心した。

女性が留まったのは良かった事だけど、少女の言った意味が僕には分からなかった。以前、僕も同じ事を言われたが、どういう意味なのか残された女性に少女の事を聞いてみようとした時、彼が現れビルの階段に引きずり込まれた。

「やっぱり君か。もう忘れなさいと言った筈だが…」

彼は呆れ顔でため息をついた。

「とりあえず、ここでは話せないから下に行こうか。」

バツの悪い僕は彼の言う通りにするしか無かった。

ビルから少し離れた公園で彼は振り向いた。

「さて、君は何で彼女に付きまとっているんだね?

見た感じ、君はそこいらの青年とはちょっと違うみたいだが…まさか彼女に一目惚れしたなんて言わないだろうね?」

彼は茶化すように言いながら、僕を眺め見ていた。

彼に見つかった時の言い訳を考えて筈だったが、上手い言葉が思い浮かばなかった僕は、思い切って素直に少女の事を彼に聞いてみた。

「彼女の行く所で、何故人が亡くなるんですか?…

特に何をする訳でもなくて、ただ彼女は見ているだけだけど…」

彼は、ただジッと僕を見ていた。

答えを待っている僕を悟ったのか、

「しょうがないな…」

彼は諦めた様な声で話始めた。

「そう、彼女はただ見ているだけだ。それで救われる人も居るというだけだよ。

彼女は、この世に絶望した人達を最後に安らげる様に、‘’見届け‘’ているんだ。病んでいる心を開放して闇から光へと導いている感じかな…

君には分からないだろうけどね…」

彼は夕暮れの空を尊む顔をして言った。

謎だらけの彼の話に、理解しきれない僕は言葉に詰まってしまった。

辺りは少しずつ夜になろうとして、彼は僕の肩をポンと叩き去って行った。


僕は帰宅してからも、今まで少女の前で起こった数々の‘’見届け‘’や彼が言っていた事の意味を頭の中で整理して答えを探してみたが、考えれば考えるほど訳が分からず、何も解決出来なかった。

‘’少女は何者?‘’

僕は辿り着けない迷路の中を彷徨っている様だった。

ふと気がつくとメールが山程来ていた。

大抵は依頼の催促と仲間のツネからのメールだった。

彼は僕からの連絡が来なくなっていたので、気にしていたらしい。

「あれからどうした?

大丈夫か?困った事になってるなら相談に乗るから連絡くれ」

ただの仕事絡みのネット上の付き合いで、会った事も無いこの彼が心配してくれるとは思いもしなかった。

「大丈夫。

またその内、仕事頼むよ」

この時、彼に少女の事を探っている事は言う気にはなれなかった。

そして、依頼者に少女の事を伝える気にもなれなかった。

このまま少女を追っても答えなんか出て来ないかもしれない、だったら仕方が無いから依頼者に引き渡した方が良いんじゃないかとも思いながら、僕の頭の中には少女の姿が離れられなくなっていた。


この日、少女はいつも通り無言で見届けた後、ゆっくり僕の方へと近づいて来た。

少女の周りには見えない独特の空気が流れていた。

「君は何故私についてくるの?」

少女の声はかすかで小さな優しい口調で僕に語りかけた。

「僕は…」

少女の瞳は透明に光り呑み込まれしまいそうで言葉に詰まってしまった。

「君は私には用は無いと言ったでしょう?

…今は私を必要としていない。」

少女は背を向け歩き出した。

「僕は…僕は…君の事を…」

必死で声をかけようとしたが言葉にならず動揺している僕を見て、少女は背を向け歩き出した。

「待って…」

僕は慌てて追い駆けようとしたが、少女の後姿が半透明になって消えてしまいそうに見えて、身震いし足が動ず立ちすくんでしまった。

この時僕は、少女を無理に引き止めたら消えてしまうんじゃないかと思い怖くなった。

「君が何を求めているのか知らないが、彼女の世界は人と違うんだよ…」

振り向くと、彼が立っていた。

「貴方は彼女の何なんですか?」

少女の消えかかった姿を見て、冷静さを失っていた僕はすがるように彼に問いかけていた。

「何って…

君に答える義理はないが…

まあ、何かの縁かも知れないね。

私は彼女を見届けているだけだよ。特別な関係はなんて無いよ。

彼女が誰がを見届けて、私は彼女を見届けている…ただそれだけだよ。」

冷静さを無くしていた僕には、彼の言っている事が全く理解出来なかった。

「良く分からないけど…僕も彼女を見届けます。」

頭で考えるより先にそう言った僕に

「君も見届けるって…」

彼は困惑した顔で頭を抱えていた。

僕は少女が消えてしまわない様にしなくてはいけない気がしていた。

しばらくして彼は話し始めた。

「実は私は彼女の事は殆どは知らないんだ。君も見ていて知ってると思うが、話しもした事が無いんだ…

私は1年前に絶望する出来事があってね。途方に暮れていた時に彼女に会ったんだ。

彼女は、私の様に絶望しきった人の前に立ち、この世を去るのを見届けていた。君が驚いた気持ちもわかるよ。私も始めはそうだったからね。」

懐かしそうに話す彼の顔は夕日に照らされていた。

「その頃は、私も彼女に見届けて貰おうと思っていたんだ…

でもね、何回か彼女の見届けている姿を見ていて気づいたんだ。彼女は誰かを見届けると、少しずつ彼女の中の何かを失っているようで、気を無くし始めているみたいで、そのうちに彼女が本当に消えてしまうんじゃないかって…」

僕は、さっき見た少女が透き通っていく姿を思い出した。彼も少女の異変に気づいていた。

「君は変わっているね。普通なら、厄介そうな彼女と関わろうとは思わないだろ?

まして、私の様に絶望を抱いて居る様には見えないし…

でも君は、希望にも絶望にも無い微妙な所で迷っているんだね…」

彼は呆れた口調で言った。

確かに僕は彼の言ったように、希望にも絶望にも満たない微妙な日々の中藻掻いていた。

厄介な事は面倒だと思っている。私生活でも仕事でも…なのに自分でも何故に引き寄せられてしまうのか分からないけど、少女にだけは感じた事が無い感情を抱いてしまっていた。


彼は仁科と言う名前らしい。1年前に彼にあった絶望に陥った出来事は話さなかったが、何時かは少女に見届けて欲しかったが、このままでは少女が消えて居なくなってしまうかもしれない。自分ではどうする事も出来ないから、せめて少女の側で見守り見届けているらしい。

微妙な距離を保ちながら、僕と彼と少女の奇妙な関係が始まった。

あれ以来、少女は僕達に気づいているのに振り返りもせず去って行く。

僕は彼に聞いてみた。

「仁科さんは彼女と話したいとは思わないんですか?

彼女を止めたいと思わないんですか?」

彼は

「私には私の役割があると思うんだ。

その時に彼女の為になれば良いんだ…」

と奇妙な事を言っていた。彼は何を待っているのか、いつかその時が来てしまうのか、僕は何だか嫌な予感がして、彼の言う‘’役割‘’が引っ掛かっていた。

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