ぐろ

桜 奈美

第1話

僕は苛立っていた。

何でもアリの世の中で、人々は果てしなく欲求を求め生きている。

僕は、そんな人達の欲求を埋める手伝いなんかしている。

そんな自分に苛立ちながら今日も。


普段、派遣で在宅のデータ処理をするかたわら、何でも屋の仲介業者を淡々とこなして生きている日々。

誰かを見つけ、何かを探し、人殺し以外の出来ることは大抵引受ける。

僕は、どんな依頼を受けても感情が動いたりしなかった。

僕は平凡な家庭で育ったが、周りの子供と違い何にも興味が無かった。いわゆる面白くないヤツ。

僕はそんな自分に満足していた。誰かに合わせ仲の良いフリをするなんて苦痛以外の何ものでも無かった。1人で居るほうが楽だった。僕みたいな人間だって、この世の中には居るだろう。


依頼の仕事をするうちに、増々人間が嫌いになっていく。

皆、自分勝手でズルいと思い知らされる。

人の‘’欲‘’なんて泡のようにすぐ出来て、消えていく。そして、また生まれる。その繰り返しを続けている。僕はその淀んだ渦の中を生きている。

そんな奴らの手助けしている僕も奴らと同類だと思いつくづく嫌になる。


僕の日常の殆どは、家にいてパソコンにむかっている。週に何度か必要な物の買い出しに外出する。なるべく誰とも関わらないように手に入れ素早く帰宅する。それがルーティンになっていた。 

ある日、買い出しの帰りの信号待ちで、少女と出会った。

少女の横顔は今にも消えてしまいそうなくらい透明な白い肌で不思議な空気が漂っていた。ちらっと僕の方を見た少女は、信号が変わり静かに歩き出した。

僕は何故だが動けないまま、少女の背中を見つめていた。

少女は道の向う側につくと振り返った。その瞬間、僕は目の前が真っ白になり一瞬倒れ込んだ。

ふと我に返って少女の姿を探したが、もう見失っていた。

まるで夢でもみたかのような変な気持ちで、その場を後にした。

この時は、少女の事をそんなに気にはしていなかったが、とある1件の依頼で「彼女を探して欲しい」と来たメールに添付されていたピントの悪い写真を見て、あの少女だと気づいた。

少女が何者で、何故探されているか、異様に気になった。

僕の見たあの少女は、普通の何処にでも居る女の子にしか見えなかったからだ。

確かに目が合ったときに、不思議と体の力が抜けたが、慣れない外の世界でたまたまそうなっただけとしか思っていなかった。


何時もの様に、仲間の探し屋のツネに連絡をした。彼はいつも即座に見つけ出してくるのだが、少女の事は何日も返信は来なかった。

‘’こんなに時間がかかってるのは、何かあるのか?‘’

僕の中で色々な妄想が生まれていた。

モヤモヤが増し、2週間が経った頃、彼からやっと返信が来た。

「彼女、普通過ぎて苦労したよ。」

その文章とともに名前と住所が書いてあった。

少女は‘’リナ‘’というらしい。

早速、少女が本当に探している人物かを確認しに出掛けた。

住所にある少女の家は、住宅地の一軒家で、両親と暮らしていた。様子を伺ってみたが、やはり、あの時交差点で会った少女に間違いはなかった。

見た目、どこにでもある普通の家族の光景に、僕はどこか違和感を感じ、何日か少女を尾行する事にした。

少女は笑顔の無い、淡々とした生活を送っている高校生。両親と話をするのも見られない。仲の良い友達とやらが居るようにも見えない。かと言って学校でイジメられているようでも無かった。ただ無口な人見知り気味の生徒に見えた。

僕には、少女の日常が不思議でならなかった。

‘今時、こんなに何も無い毎日を送っている女の子なんて、あり得ない…

そんな少女が、何故探されているんだ?

きっと何かあるから探されて居るはずだ‘’

と思い、僕は少女から目が離せなくなった。 


とある夜、少女が自宅から出て来た。僕は、そっと後をつけて行った。

2駅先にある橋で、少女は立ち止まった。少女の目の前には、今にも飛び降りようとしている男が居た。男は少女に気がつくと、今まで生気が無かった顔から和らいだ表情で笑顔を見せていた。僕は、男が心変わりしたのだと安心した瞬間、男は橋から飛び降りた。

唖然としていると、少女は無表情で振り返り、何も無かった様に帰って行った。

‘’何が起こったんだ!?‘’

僕は訳が分からなかった。

しかし、また別の日にも少女が出掛けた先でも人が亡くなった。少女はだだその現場を見ているだけで何かをする訳でもなく、そして何も無かったかのように帰って行く。少女を見張ってから1ヶ月間で何人も亡くなっている…そして皆一瞬満たされた顔を見せていた。

少女は、何故そういう状況に出くわしているのか、さっぱり分からなかった。

僕は、依頼者からの催促もそっちのけで、少女を追うようになった。


僕は思い切って、直接少女に話を聞こうとしたが、その時背後から肩を捕まれた。

振り返ると、妙に清楚な紳士が立っていた。

「彼女に用があるのなら、私が聞きますよ」

優しい口調で微笑んで語りかけた彼は僕をマジマジと見た。僕は少し怯んで、その場を立ち去った。

依頼されて少女を探している事は、知られてはならなかった。それが僕と依頼者との契約であったからだ。

‘’今の男性は、少女とどういう関係で目の前に現れたのか?‘’

と考えながら冷汗を拭いていた。

依頼を受けてから少女を何日か追ってきたが、この日始めてその男性と会った。

僕は少女を探っている事が知られてしまうんじゃないか悩んだが、少女の前で起こっている奇妙な出来事が気になり真相が知りたくなった。本来なら依頼者に報告して終わるのだが、気づかれないよう注意しながら少女を追ってみる事にした。


数日後、また少女は出掛けて行った。

‘’今日こそ、不可解な現状の真相を知りたい‘’と僕は強く思っていた。

この日も少女の目の前には、自らこの世を去ろうとしている人が現れた。やはり、少女はただ見つめているだけで、少女の目の前に立っているその人は、いつもの様に救われた顔をして、この世から去った。

少女は振り返り、僕に気がついた。僕は少女に声を掛けようとした時、

「あなたは私を必要としていないでしょう」

少女はそう言って立ち去って行った。

突然の少女の言葉に頭の中は蒼白になったが、僕は慌てて追いかけようとした。しかしまた肩を捕まれ、あの紳士が首を横に振っていた。

「彼女は何者なんですか?…

何故、彼女の行く所で人が亡くなるんですか?」

思わず咄嗟に彼に聞いていた。

彼は優しい口調で

「君こそ何なんだね?何故彼女をつけているんだね?

彼女は大人しい静かな普通の子だが、君は知り合いかね?」

彼は僕が少女を追いかけないよう肩を掴んだままでいた。

「私には彼女を守る義務がある。」

そう言った彼の表情は変わり、その眼差しに僕は背筋が凍った。

彼から逃げる為に

「…たまたま偶然、彼女の前で亡くなる人がいて…でも…何か変だと思って…」

僕はしどろもどろで答えた。

はっきりしない答えに苛立ったのか、彼は強めの口調で言った。

「でも、君も変だよね?それを目撃して警察に連絡もしないで…普通はするよね?」

そう言われ、黙ったまま俯いていると

「けど、それで良い。君は見なかった事にすれば良い。忘れなさい。見たことも、彼女の事も」

彼はそう言って立ち去って行った。

僕は何も言い返す事も出来ず、彼の姿が見えなくなるで立ち尽くした。

‘’彼は少女の用心棒的な役割なのか?‘’

そう考えていると、増々謎が深まっていた。少女を影から見守る彼はなんなんだろう?二人が一緒にいるのも話している所も見た事が無かった。彼の事を探れば少しは少女の事も分かるかも知れないと思い、別の日に彼の後をつけてみたが、彼は小さな時計屋を営む普通の紳士で、至って変わった所もましてや少女との接点も無かった。


僕は少女の行方を依頼され探していただけのはずなのに、いつしか僕自身が少女に夢中になっていた。少女が言った‘あなたは私を必要としていない’‘’の意味を模索しながら眠れぬ夜を過ごしていた。。

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