第3話 パレード

世間は休日で、街には人が溢れていた。その日はとても天気の良い日で、歩行者天国になっている所には、色鮮やかな服を着た人たちが歩いていた。イメージとしては、銀座にいるような人たちが秋葉原のごちゃっとなっている街並みに馴染んでいるようであった。私は、家族か気の知れない誰か数人と一緒に過ごしていた。


すると、路地から軽快な音楽と共に何か乗り物らしきものが出てきた。どのように説明すればその乗り物のイメージが沸くか難しいところだが、透明の大型トラックの荷台に、直接タイヤが取り付けられたワゴンのようなものであった。四方八方ガラスで囲まれ、扉はない。おまけに運転手もいない。そんな感じのものだ。ただ、奇妙なことに軽快な音楽と共に中にいる人たちは、笑顔で楽しげに踊っていたのだ。


日常の中で見慣れないものを見た時に、人は立ち止まるものだと思う。だが、その時の周りの人たちは気付いていないのか気にしていないのか、ワゴンには目もくれず街を歩いていた。ただ、不自然に、そのワゴンが通るであろう道なりには誰一人として足を踏み入れていなかった。どんどんと近づいてくるワゴンを私は目で追っていると、中にいる人たちは楽しそうにしているのに、一人残らず視線を外に向け、必死に何かを探しているように見えた。

その様子をぼーっと見ていたら、中にいる人たちが一斉に私に視線を向けた。驚く間もなく、その中にいる1人と目が合った。


きゅるきゅるきゅるきゅる


なんとなくそんな音と共に、私は白く明るい筒の中に吸い込まれた。

筒の先には空間があり、そこに私は辿り着いた。真っ白な部屋で、周りには白い服を着た人たちが楽しげに踊っていた。すぐにあのワゴンの中に入ってしまったんだ、と気付いた。だが、私が外から見た時よりも部屋は広く、窓も見当たらず、空も街並みも見えない。ずっといると発狂しそうな程、白く明るく不気味な部屋ではあったが、深呼吸で気持ちを少し落ち着かせると、何故だか自然と楽しい気持ちになった。


「ここに入るとずっと踊っているんだよ、踊っていないと外の世界に戻れないよ。」

 誰かが踊りながら話しかけてきた。

「大体10年くらいかな、窓まで行くのは。それまで踊り続けるんだよ、窓まで行って、外にいる誰かと目が合えば、元の世界に戻れるよ」確かにそう説明してくれた。


私は驚きもなく、全ての事情を察すると踊り始めた。“踊った”と自主的な表現で書いたが、理解した途端に身体が“勝手に動いた”という方が正しいかもしれない。ただ、数分前に部屋に入った時に感じた絶望をまた、思い出そうとしていたが、深呼吸をして、いつか出られると思うと、また明るい気持ちに戻っていた。


そこから長い時間が経ったのだろう。体感ではあっという間に”窓”に辿り着いていた。振り返っても、ワゴンに乗り込んできてから最初に話しかけてきた人を除き、誰とも話すことはなく、目を合わすこともなかった。誰が近くにいたのか、というのも全く覚えていない。ただ、私はやるべきことがわかっていた。窓の外には人々が歩いている。誰かこちらを見ている人はいないか探し始めた。だが、人々は私たちが乗るワゴンには全く気付いていない。もしかして、見える人と見えない人がいるのか、そう思い、様々なところに視線を向けながら、必死に誰かと目を合わせようとした。ワゴンの速度は思ったよりも早く、簡単にできるものではないと感じた。必死に探すようになってから、楽しかった気持ちも消え、“私が誰よりも先に人と目を合わせ、外の世界に戻るんだ“と焦りと不安で心が押しつぶされそうになっていた。ただ、口角は上がり、表情は笑っているのが自分でもわかった。


「あ、いた!」誰かがつい口走った。声の聞こえる方へ視線を向けると、外にいる誰かがワゴンを見ている。ワゴンの中にいる私たちは、一斉にその人に目線を向ける。一瞬のうちに外にいた人は消えた。私以外の誰かがここから抜け出したのだろう、空いた隙間を埋めるように、私は少し左へ移動した。チャンスを逃した、落胆はしたが気持ちをすぐに切り替え、再びワゴンに気付いている人はいるか探し始めた。


その後、何度も落胆を繰り返し、どんな人だったかは覚えていないが、私はあっさり誰かと目が合った。その瞬間、私は最初にワゴンを見たところに立っていた。外の世界に戻ってきた。時間も全て元通り。ただ、歩行者天国の“ある部分”には不自然にも人通りがなかった。


急に場面は変わり、私は職場にいた。保育士として働いている私は、私が動かす指の先を追いかけてゲラゲラ笑っていたRくんを膝の上に抱っこしながら、朝礼に参加していた。当たり前の日常、とても平和だ。すると、どこからともなく聞いたことのある音楽が聞こえてきた。瞬時に身体が固まり、不安がよぎる。見てはいけない、そう頭の中で何度も自分に言い聞かせていると、違和感を覚えた。ワゴンの姿が見えない。音は確かに聞こえているのに…あれ?気のせいか、と少し安堵したが、音は段々と私に近づいてくる。音が目の前までに来た。意を決して視線をあげてみることにした。そこに見えたのは、タイヤ。上にワゴンが乗っているはずだが、それ自体は私の目には見えなかった。なぜタイヤだけ、と頭が混乱したが、私を迎えに来た訳ではないのだろう。そう直感した瞬間に、「ブーブ」と聞きなじみのある声が聞こえてきた。私はあることに気付いた。そして、私はタイヤを指さし、そのまま上に向って指を動かした。



私の膝からRくんは消えた。

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パレード @suzurannohana

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