第3話 書籍化作家ちゃんとワナビちゃん
安アパートのニ階、錆の浮いた鉄製のドアを重そうなビニール袋を下げた人影が乱暴にノックする。
「はーい、あいてるよぉー」
中から聞こえてきた“万年ワナビ”の声にため息を一つ吐きながら〝書籍化作家〟は軋むドアを開けた。
「ったくこんな時間に呼び出して、アタシ仕事の〆切ヤバいから終電なくなる前に帰るわよ」
「おうおうやっぱ売れっ子さんになると違いますねー。いいですねー。羨ましいですねー」
〝書籍化作家〟は1Kの部屋に充満するアルコール臭と既に出来上がった調子の部屋の主を見て溜息を漏らしながら持参したビールとつまみを炬燵の上に広げた。
「絡んでんじゃないわよ。なんか嫌なことでもあったの? はい乾杯」
「かんぱーい。ってかなんでそんなこと聞くの」
「アンタが私に連絡してくるのなんてそういう時だけでしょ」
軽く返しながらもどこか残念そうな響き。
それを気づかないのかスルーして〝万年ワナビ〟は喋りだす。
「嫌な事かぁ……強いて言うなら全部だよ全部。バイト先じゃ浮いてるし、小説書けないし、未来は無いし、希死念慮凄いし」
「人に言えてるうちはまだまだね」
「うるさいなー。後はなんかツイッター見てムカついた」
グビりとビールをあおる〝万年ワナビ〟。
「そんなしょうもない事でアタシ呼び出されたの⁉ なんでわざわざそんなの見に行くかね。無視してりゃいいじゃないの」
「目に入っちゃったもんはしょうがないでしょ! 思い出してもムカつくなぁ。〝○○な主人公はウケない〟とか〝とにかく読者に媚を売れ〟とか〝ラノベに芸術性は必要ない〟とか。バカでもわかるような事を大上段からドヤ顔でさぁ! しかもバズってんの! アタシが精魂込めて描いた小説の何倍も! 辛い! 焼酎開ける!」
「あ、キンミヤならホッピーにしてアタシ飲むけど」
「そんなもんウチにあると思うな! 安定の業務用ビックマンじゃ!」
「ああそう……」
ドスドスとキッチンに進軍していく後ろ姿を呆れた目で見つめながら〝書籍化作家〟はビールを飲み干し二缶目に手を付けた。
「他にもさぁもう抜けちゃった人にはわかんないだろうけど、ワナビ界隈すーぐ燃えるの。今のweb界隈はラノベを腐らせてる、いや今の流行りに乗れてない人間こそ腐らせてる、いや読者こそ真のクソだとかなんとか……もーなんかほんとに見てて嫌な気持ちになる! ムカつく!」
新品のビックマンを気前よく煽りながら愚痴り飛ばす〝万年ワナビ〟。その姿を見て不穏に思ったのか〝書籍化作家〟は訝しげな声を上げた。
「その愚痴、ツイッターでやってないでしょうね」
「ふん、私そんなに馬鹿じゃないもん。そりゃ一家言は山のようにあるけど?」
「よかった。ワナビなんてツイッターでレスバするようになったら終わりだからね」
「でもやりたい! 激詰めしてついでに私の考えこそが正しいと認めさせてやりたい!」
今日一番の大声で言い放ちグラスに注いだ焼酎を一気に飲み干す〝万年ワナビ〟。
その姿に〝書籍化作家〟は煙草に火を点け、イラついた様子で口を開いた。
「アホすぎる。一体アンタがやりたいことは何なのよ。偉そうに創作論だけ厚顔無恥にぶち上げる事なの?」
「……違う」
「じゃあ何なのよ」
「作家になりたい」
「じゃあ私みたいに読者に媚びて流行りに乗りなさい。それが近道よ」
「いやさ、そういうんじゃなくて!」
「じゃあ何がしたいのよ」
しばしの沈黙。〝書籍化作家〟の煙草の煙とエアコンの室外機の音だけが1Kの部屋の中を漂っていた。
「……良い小説を……書きたい」
沈黙の後、絞り出すように呟いた赤ら顔の〝万年ワナビ〟。気恥ずかしさをごまかしたいのか言った後すぐに焼酎を何杯も一気飲みし、机に突っ伏した。
その姿に思わずクスリと笑う〝書籍化作家〟。
「そうね。それだけやってりゃいいの。他のことは全部ノイズだし、皆そうやって頑張ってんの。もちろん私もね」
唸る〝万年ワナビ〟。その姿を満足そうに眺めて立ち去ろうとした〝書籍化作家〟の背中を机に突っ伏したままの弱々しい声が引き留めた。
「でもさぁ、不安じゃん。何やっても泣かず飛ばずでさ。だから自信満々に大上段の創作論とか見るとさ、私の小説が上手く行かないのは何かが欠けてるんじゃないか、この通りにすれば上手く行くんじゃないかとか思っちゃうじゃん……」
「馬鹿ね、例えば百人参加のじゃんけんのトーナメントがあったとして優勝者に優勝の方法を聞いたとするでしょ?」
立ち上がった体を再び〝万年ワナビ〟の横に座らせる〝書籍化作家〟。
「その優勝者は一人目の相手にグー、二人目にはパー、三人目にはチョキで勝ちましたって事しか言えない訳よ」
机に突っ伏している〝万年ワナビ〟の左手を言葉に合わせてグーチョキパーの形に変える〝書籍化作家〟。
「でもその話を聞いて〝よし自分も!〟と思ってじゃんけんしたって当たり前にそれじゃ優勝できない。他人の意見なんてこれと同じよ。だからアンタは自分の感性で自分の思う場所で、勝つか負けるかわからないじゃんけんをし続けなきゃいけないって事」
〝万年ワナビ〟の左手に添えていた両手を放し代わりに背中をポンと叩く〝書籍化作家〟。
「ってなわけで頑張んなさいな」
そんな優しい扱いを受け感極まったのか、それとも酒癖の悪さからか涙目で勢いよく抱き着く〝万年ワナビ〟
「ちょ、ちょ、ちょ、なにやって⁉」
驚く〝書籍化作家〟だが〝万年ワナビ〟は薄い胸に顔をうずめたまま離そうとしない
「んー、ま、まあ今日みたいに吐き出して気持ちが楽になるなら? ちょっとは付き合ってあげるから感謝しなさい! ったくもう」
まんざらでもない顔で〝万年ワナビ〟の体重を楽しんでいた〝書籍化作家〟の顔が次の瞬間驚愕の色に染まった。
「ゲロゲロゲロゲロ」
「ハァ⁉ アンタマジで……吐き出すの意味が違うでしょうが! 胃の中のモン出してどうすんのよ!」
「うーんやっぱあったかいなぁ」
「それはアンタの内臓の温度よ! ふ、ふざけんじゃないわよ! ってかアタシも貰いゲロが……」
結局お互いの吐しゃ物まみれになった二人は仲良く並んでシャワーを浴び、〝書籍化作家〟は終電を逃し、始発で帰るも〆切には間に合わず編集に電話口で土下座した。
書籍化作家ちゃんとワナビちゃん 助六稲荷 @foxnnc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます