第2話 ツイッターとワナビちゃん
深夜、鉄製のドアがいかにも安アパートといった軋みをあげて開く。
真っ暗な室内にばさり、ばさりと捨て置かれていくマフラーやコート。
「ふぃー、バイト疲れたぁ……」
この部屋の主〝万年ワナビ〟はやっと電気をつけると、ついでとばかりに咥えた煙草にも火をつけ、もそもそと体を揺らしながら部屋の真ん中に鎮座する炬燵の中に座ったまま肩まで潜り込んだ。
「寒いよぉー全く。アニメは……やっぱこの時間だと全部終わってるよなぁ……」
独り言を呟きながらしばらくザッピングした後テレビを消し、リモコンを放り投げた。部屋の中には静寂と蛍光灯に照らされて一筋のぼる紫煙。
「小説……書くかぁ……」
誰に聞かすでもない決心を弱々しく口にし〝万年ワナビ〟は名残惜しそうに炬燵から抜け出し、部屋の隅のテーブルに備え付けられたデスクトップパソコンのスイッチを入れた。
「ひぃー寒い。憧れのマックブックがあれば炬燵で作業できるのに。現実はエアコン点けるのにも難儀する赤貧ぶり。泣けてくるなぁ……」
鼻水をすすりながらブランケットを体に巻き付け、一つ白い息を吐くと青白く光る画面に黙々と文字を打ち込んでいった。
それから約三時間、時折唸り声をあげ、頭をバリバリと掻き散らし、机に突っ伏し、煙草を吸い、泣きごとを言い、それでも文字に食らいつき、満身創痍で最後の句読点を打った。
「で……できた……か?」
半信半疑でそう呟き、今しがた書き終わった小説を一から流し読みする〝万年ワナビ〟。
「うん……うん……多少引っかかる所はあるけども読み返して恥ずかしくならない! いーじゃんいーじゃん! ちょっと面白いんじゃないの⁉」
俄かに興奮しながら長時間の作業で疲れた体を大きく伸ばす。
「ンフンフ、久しぶりにかなり会心の出来じゃない? 短編だけどさぁ、いいんじゃない?」
そう言いながら机の上に置かれたライターと煙草、スマホを手に取ると狭い1Kの室内を横断してベランダに面した窓ガラスを閉じたカーテンごと開け、足取り軽やかにベランダへと躍り込んでいった。
「あー、眩し! うっそもう朝じゃん。ご飯も食べずに何してんだ私」
自らを迎えた眩しすぎる朝日にげんなりしながらも煙草に火をつけると達成感のこもった調子で煙を吐いた。
「でもやっぱ徹夜で小説完成させた後の一服は染みるねー。あ、そうだ作業に夢中でツイッター全然見てなかったんだった」
ポケットから携帯を取り出し、ツイッターを開く。途端に画面いっぱいに広がる未読のタイムライン。それらを指で流しながら心ここにあらずといった調子で煙と言葉を吐く。
「今七千字弱で、ちょっと推敲して気の利いた短編にしてネットに上げて宣伝すればバズる……のは無理にしても新規の読者さん一人か二人くらい捕まえられるんじゃ……うん、さすがにそれくらいの出来ではあるぞ! 頑張ったし!」
徹夜明けの崩れた笑みを浮かべながら皮算用をする〝万年ワナビ〟。しかしそのスマホの上を滑る指がはたと止まった。
〝朝早くに失礼します! 拙作の書籍化が決まりました! 応援してくれた皆さんありがとう!〟
目に入るその文字列をまるで拒否するかの様に素早く、そして慣れた手つきで〝万年ワナビ〟はその発言主のアカウントをミュート処理した。
「……ふー、大丈夫。分かってる。今日は誰かの日であって私の日じゃない。ただそれだけ。祝福する必要もなければ羨む必要だってない。大丈夫」
発言とは裏腹にいささか意気消沈しながら二本目の煙草に火を点けなおもツイッターを眺めていた〝万年ワナビ〟の顔が今度は嫌悪の色に染まった。
スマホの画面に表示されていたのは〝万年ワナビ〟と旧知の〝書籍化作家〟が担当編集とリプライを飛ばし合っている様子。
〝朝方なのに眼が冴えてます〟
〝せ、先生がもう起きている……?〟
〝編集さんが仕事振ってくるので眠れませんでした! 責任取ってくださいー!〟
〝ど、読者のためですよ先生! 一緒に頑張りましょう!〟
〝確かに! 読者のためならえんやこら! 頑張りますよ!〟
リプライはさらに続いていたが〝万年ワナビ〟はここまで読んだところでツイッターを閉じスマホをポケットの中へと落とした。
「ったく。キャラじゃないのによくやるよ。そもそもこんなやり取り見えるところでやる必要ある? 親しみやすい作家と編集演出しちゃってさーほんとマジ……」
そこまで呟いて何かに気づいたように〝万年ワナビ〟は煙を飲み込んで息を止め、数瞬後にため息とともに大きく吐き出した。
「はぁ、推敲しよ」
だるそうにベランダを後にし、パソコンの前に戻る〝万年ワナビ〟。徹夜明けの濁った眼で一晩かけて書いた小説を一からチェックしていく。
「なにコレ、全然つまんないじゃん」
一通り読んだ後、彼女はそう一言呟くと慣れた調子でワードファイルをゴミ箱に入れ中身を消去し、パソコンの電源を落とした後立ち上がった。
「ふぁーあ、ベランダで体冷えちゃったなー、シャワー……は別にいっか。ご飯は……作るのめんどくさい」
そう呟きながらベッドに倒れ込むと目を焼く朝日に数分間難儀した後、泥の様な眠りに落ちていった。
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