書籍化作家ちゃんとワナビちゃん
助六稲荷
第1話 なろう系とワナビちゃん
「最近さぁ……なろう系っていうの? ああいうタイトルで全部説明してて、なんか色々透けて見える感じのラノベ増えたよね」
本屋、文庫本コーナーの一角、やけにカラフルな背表紙とそれ以上に目に痛い平積みされた表紙が訪れる人の足を遠ざけるラノベコーナーにて、二人の女が人目も気にせず立っていた。
その女の片割れ、モッズコートに身を包んだ、身長は百七十センチ超えの猫背で金髪の女が隣の女にそんなふうに話しかけた。
「増えたわね」
女のもう片割れは自分に向けられた声にだるそうに返事した。
先ほどの女とは対照的に身長は低く、百六十センチに届くかどうかといったところ、しかし目を惹くピンクのツインテールとにらみつけるような目つきは洗練され、擦れ切った都会的で攻撃的な印象を周りに放っている。
「私さぁ、あの雰囲気とか付いて回るイメージのせいで素直に楽しめなくてさぁ。苦手なんだよねぇ。せめてタイトルだけでも普通にすればいいのに」
「ああいうのは全部マーケティングの結果。分かりやすさこそ命なのよ。タイトルで内容を保証されてるから読む方も安心して買えるんじゃない」
どこか自嘲を含んだ物言いに金髪の女はからかう様に口を開く。
「へぇ、やっぱ商業で何冊も出してる書籍化作家さんにもなるとそういう見方になるんだ」
「アンタこそ万年ワナビの原因はそういう所にあるんじゃないの?」
「うるさいなー、でもやっぱり私はそういうラノベは買わないかな」
「アンタが買おうが買わまいが、どうでもいいのよ。今の読者層は追放だのもう遅いだの悪役令嬢だの婚約破棄を求めてるの。もっと言えばハードルは越えなくても予想を裏切らないわかりやすさと安定を買いに来てるの」
「はぁー、ためになると同時になんか寂しいね」
「寂しくない。当たり前のことよ。知り合いだってみんなそれを理解して仕事してるもの」
「おっ、書籍化仲間さんの話?」
「そうよ、っていうかアタシがつるんでる人間で作家じゃないのなんてアンタだけ。とっととデビューしなさいよ」
「それ言われると辛いなぁ。頑張ってはいるんだけどね」
「ワナビの頑張ってるはパチンカスのあと五千円と一緒よ、信用なんて無いわ」
そんな皮肉にも大して動じた様子を見せない〝万年ワナビ〟に〝書籍化作家〟は深いため息をつく。
「はぁ。本当に自分が嫌になるわ。なんでせっかくの休日にわざわざアンタみたいなクズと一緒に本屋まで来て一緒にラノベあさりなんかしてんのかしら」
「それはまぁ、大学の時代の先輩後輩の腐れ縁という事で」
「そんなの他にもいっぱいいたけどアタシのデビュー辺りでみんな離れて行っちゃたじゃない。アンタもとっとと消えてくれると助かるんだけど」
「えー私他に友達いないんだから。大事にしてよー。大事にするからさー」
「嫌。大学では先輩だったくせに万年ワナビに落ち着いた情けないアンタと関わって、私の感性が劣化したらどうしてくれんの」
「酷っ! まぁいいや」
あまりの物言いに少しショックを受けた様子の〝万年ワナビ〟。しかしすぐにそれまでのだらりとした調子に戻ってへらへらと言葉を繋ぐ。
「なろう系の話しに戻すけどさぁ、作者側として書いてて嫌にはなったりしないもんなの?」
「ハァ? 喧嘩売ってる?」
「いやだってさあ、つまんなそうじゃん。創造性も無いしさ。ああいう誰が書いても一緒の作品書いててしんどくなったりしないのかなーって」
無遠慮にチクリと刺すような、嫉妬と羨望と嘲りがないまぜになったみっともない言葉を受けて明らかにカチンときた〝書籍化作家〟はまくし立てる様に口を開いた。
「アンタホンットーに底が浅いわね。第一にウェブや商業でもいわゆるなろう系じゃない、ちゃんとした作品は山ほどあるわ。あんたの目が腐ってるだけ」
「そりゃ私だって好きなシリーズ位あるけど……」
「第二に、お気楽なワナビ様と違って私はプロ。仕事で物語を書いてるの。そりゃ楽しいだけのはずがないでしょ? 読者の期待に応える物語を作るのがプロの仕事。誰が書いても一緒だぁ? 笑わせないでよ。ターゲット層に好まれる要素、展開、キャラクター、脳みそフル回転で作品作ってんの。それで書いた作品が見事跳ねた時なんか本当に嬉しいわよ。嫌になってる暇なんかありゃしないわ」
「ご、ごめんって。軽い気持ちで聞いちゃって……」
「ふんっ。作家はみんなそこんとこ理解して誇りをもってやってるの。現状に文句があるんだったら自分の描いた作品で周り黙らせてデビューしてから言いなさいよ。この万年ワナビが」
「うーん、ぐぅの音も出ませんな」
「そもそもアンタはなろう系の何がそんなに気にくわないのよ。主人公が何かのきっかけで特別な力を得てモテモテになりながら気にくわない奴をぶっ殺して英雄になるなんて神話の時代からの創作の源流でしょうに。アンタみたいな冴えない、終わってる生活してる人間の為にある娯楽よ、アレは」
「いや、まぁそうなんだけど」
認めながらもなにかごにょごにょとした物言いに〝書籍化作家〟は怒りを隠そうともしないで言い放つ。
「例えば、よくわかんないタイトルで、よくわかんない内容で、よくわかんない結末を迎えて、おまけにあとがきで〝読んだ人の心に何か残ってくれたら〟みたいな作者のオナニー大爆発のよくわかんない作品があったとして誰が買うかって話よ」
その言葉に少し考える様子を見せる〝万年ワナビ〟。
そして少しの時間が過ぎた後ぎこちなく顔をほころばせた。
「私は……買うけどなぁ……そういうの、好きだし」
その笑顔に何か思う所があったのか、なおも言葉を叩きつけようとした〝書籍化作家〟はその舌先を引っ込め、少し、ほんの少し、万年ワナビが絶対に気づかないくらいに、少しだけ羨ましそうに
「……だからアンタ才能ないのよ」
と一言だけ放り投げた。
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