ゼログラビティ・RR

サタはマンションで一人暮らしをしている大学生だ。


夜9時頃、ふと、星でも見えるかなと思ってカーテンを開けた。何も見えない。


「やっぱり、街の明かりが大きすぎるんだろうなあ。」


今よりも田舎の方にいたときは、空を見上げれば、簡単に星が見えた。


星座はあまり知らないし、オリオン座以外、ぱっと見、何がどの星かなんて分からない。


それでも、吸い込まれるように星を見つめている時があった。


妙に感傷に浸りながら、真っ暗な夜空と、キラキラ光る街を見つめる。





突然、ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッと、大きな音が4回鳴った。


外から聞こえたようなので、音のした方を窓からのぞき見ようとしたが、見たところ変なところはない。


少し喉が渇いたので、冷蔵庫にお茶を取りに行くことにした。





冷蔵庫からお茶を取り出し、コップにつごうとペットボトルのキャップを開けると、中のお茶が飛び出て、球の形になって、シャボン玉のように浮かんでいく。


それからもしばらく、お茶の小さい球がペットボトルから出ては浮くのを繰り返し、台所がシャボン玉を吹いたと言っても違和感がないくらい、たくさんのお茶の球であふれた。


それと同時に、コップも、食器も、干していた洗濯物も、物が全て浮き始めた。


サタの体もゆっくりと浮き始める。


さらには、電子レンジやトースターなども浮き始め、冷蔵庫も若干斜めに傾き始めている。


「何が起こってるんだ? まるで重力がないみたいだ。」


サタは、何が起きているのか理解しようとしたが、ダメだった。


とりあえず、浮遊しながら壁伝いに移動して、玄関を開けようとドアの取っ手に右手をかけ、左手で鍵を開けようとする。


しかし、鍵が開かない。逆に回したのかと思って、逆の方にも回してみたが、やっぱり鍵は開かなかった。





仕方なく台所に戻る。


まだお茶はプカプカと浮いている。


試しに指でつついてみると、ぷるんぷるんと少し形が変化していき、しばらくすると球に戻った。


指にも小さい水滴がまとわりついている。


今度は、そのうちの一つに口を近づけて、スゥーッと吸い込むと、お茶の球は、サタの口にヒュルッと消えていった。


何回かそんなことをしていると、少しむせそうになって、お茶を慌てて飲み込んだ。


無重力になってしまったようだということしか分からないが、とりあえず窓のところに戻る。


壁に足をつけて、少し力をためて飛ぶと、めちゃくちゃ遅いが、スーパーマンみたいに飛んでいるような気分になって、少し楽しくなってきた。


ベッドも机も、もうありとあらゆる物は宙に浮かんでいる。





だが、楽しい時間は長くは続かなかった。


窓の外を見ると、自分が住んでいるマンションが遙か下だった。


「え・・・。」


サタの顔から血の気が引き始める。


もしかして僕は死んでしまったのだろうか。


でも、それなら、なんで部屋も一緒に浮いているのか分からない。


死んで空に行くとしても、部屋が一緒に飛ぶはずがない。





自分が死んでいるのか生きているのかもよく分からなくなってきた。


慌ててももう地面は遙か下だし、今起こっていることを整理しよう。


そうサタは自分に言い聞かせた。





部屋の中は無重力で、かつ、この部屋は上昇し続けているらしい。


もはやどこまで上昇するのか気になってきた。


宙に浮きながら、考え事をしていると、いつの間にか、部屋の外には、あんなにも見えなかった星空がくっきり見える。


遙か下には青い地球が見えていた。


思わず何もかも忘れて、うっとりと眺める。


そして、地球の地平線の向こう側から、少しずつ太陽が見え始めている。


眩しくて、手をかざすが、それでも、見ていたいという欲求が勝ち、じっと見つめていた。


地球の外側に見える光の円が、目の中に刻まれていく。





素晴らしい情景を見た後、残酷な真実に気づいた。


「そういえば、この部屋の中って限られた空気しかないよね。」


サタは頭が真っ白になった。パニックになる。


でも、よく考えると、ずっと前から部屋は窓すら開けていなかったので、空気が薄いところでは苦しくなるはずだし、そもそももう死んでいるはずだ。


「今、息できているから、きっと空気は問題ない。」


ひとまず冷静になると、呼吸も落ち着いてきた。





しかし、元の場所に帰る方法は全く分からない。


このままだと、すぐに食料も底をつく。


「こんなところで絶対にやらないことをやってみよう。」


「部屋が浮いて宇宙に行くこと自体が意味が分からないのに、このまま常識にとらわれていたら、きっとここから出られない。」


サタは、もう一度、玄関のドアに手をかけた。


すると、なぜか鍵はかかっておらず、取っ手が曲がる。


ガチャッと音がした。


サタは息を止め、覚悟を決めてドアを開けた。



気が付くと、玄関に倒れていた。


体が重い。


だが、急いで窓の外を確認する。


窓の外はいつもの見慣れた景色だ。


部屋の中を見渡すと、物は初めから動いてないくらい元通りになっている。


夢だったのかもしれない。


そう思ったが、台所はお茶で水浸しになっていた。

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