ビブン・セキブン・アンダースタン?

 サタはマンションで一人暮らしをしている大学生だ。


今日は数学の課題をしていた。


微分びぶん積分せきぶんを扱っている問題で、ただの計算問題なので、もう少しで終わりそうだ。


微分と積分は、数学においては、基本的な内容で、いろいろな学問の基礎でもある。


微分は、大きい物体をめちゃくちゃ細かくスライスして、その細切れにされた物体の一つを取り出すようなイメージで考えている。


積分は、微分の逆で、ペラッペラの紙をたくさん重ねて大きい物体にする、というイメージで考えている。


「ふぅ。最後の積分の問題は少し難しかったけど、全部終わったな。」


サタは一息つく。


ちょっとリラックスしながら椅子の背にもたれ、椅子の足の車輪を走らせながら、遊園地のコーヒーカップのようにゆっくりと回っていると、上から一枚の紙が落ちてきた。





天井を見上げたが、真っ白の天井と照明しかない。


「何だろう。」


どこから来たか分からない紙を拾い上げると、何か書かれていた。


イークォル・ディファレンショナル


イークォル・インテグラル


「何か意味はあるのかもしれないが、カタカナで書かれているせいで、呪文にしか見えない。」


サタは、シャーペンを右手に持って、紙に書かれた文字をシャーペンでなぞる。


「イークォル・ディファレンショナル?」


サタがぼそっと呟くと、突然目の前が眩しくなる。


目を開けると、持っていたシャーペンがしおれた花のようにうなだれていた。





「えっ?????」


ピカッと光ったとき、人差し指から何かビームのような物が出ていた気がする。


シャーペンは紙のようにペラッペラになり、厚さが1mm(ミリメートル)位になっていた。


シャーペンの上の方を指で抑えながら頑張って押すと、ぺラッペラのシャーペンの芯が出てきた。


「この状態で紙に書けるのかな。」


シャーペンの一番下を持って、シャーペンを力一杯押しつけてみたが、シャー芯はぐにゃりと曲がるだけで、何も書くことはできなかった。





今度は、右手の人差し指を落ちてきた紙に向けて、


「イークォル・インテグラル」


と言ってみた。


すると、人差し指から光線が放たれ、紙に当たり、ピカーッと紙が光り輝く。


そして、大きさが人の頭ぐらいの直方体に変化した。


持ってみると、ずっしりと重い。


中身がぎっしり詰まっているようだ。


ふと、


「食べ物も増やせるんじゃね。」


という考えが頭をよぎる。





冷蔵庫を開けてみると、トマトがあったので、取り出して半分に切った。


半分のトマトの切った部分を下にして、人差し指を向け、


「イークォル・インテグラル」


と唱える。


見慣れた光が収まった後、目を開けると、トマトが上に棒状に伸びて、台所の天井に刺さっていた。


長い。少なくとも1m(メートル)強はある


とりあえず天井からトマトを外し、30cm(センチメートル)ほどに切り分けた。


そのうちの一本にかじりついてみる。


「おいしい。普通のトマトだ。」


さっきまで冷蔵庫の中で冷やされていたせいか、よりおいしく感じる。


「大きさを加減する方法が分かれば、食費をかなり節約できるかもしれない。」


日々の割れた台所の天井を見ながら、しばらくトマトを頬張っていた。


「しかも、お菓子とかも好きなだけ食べられるようになるかも。」


サタは少し興奮気味で、次はなににこの呪文をかけようか考える。


少し恐怖を覚えるような対象を思いついた。





それは自分の体だ。


しばらく、立って考えていたが、好奇心の方が勝った。


自分の胸に右手の人差し指を当てて、まずは


「イークォル・ディファレンショナル」


と唱えた。


自分の体が輝き始める。


数秒経つと、体はペラッペラになっていてた。


が、そのとき重大な失態に気づいた。


扇風機がついていることを忘れていた。


必死で立っている状態を保とうとしたが、ペラペラの足でつま先立ちをしているような態勢で、ただでさえ、バランスを取るのが難しいのに、そこに扇風機の風が吹いて、その場にとどまれるはずがなかった。


体が紙のように舞い、体がくるっくるっと緩急をつけて回転する。


「もし物と物の間や、壁や床と棚の隙間に挟まったら…」


「仰向けになったら、息ができないかも。」


ちょっと泣きそうになったが、怖い想像は頭の隅に押しやって、ただ祈った。





不幸中の幸いというべきか、ただの床に仰向けで、ペタッと張り付いた。


天井がよく見える。


不安が消え、とりあえずホッとする。


「次は、イークォル・インテグラルと唱えれば元に戻れるはずだ」


サタはイークォル・インテグラルとイークォル・ディファレンショナルは真逆の呪文で、それぞれは合わされば相殺すると考えていた。


右手を自分に向けようとペラッペラの腕を自分の胸の上に置く。


その時、扇風機がこちらに向けて首を動かしているのが見えた。


「まずい。もう一回風で飛ばされたら、今度こそ悲惨なことになる。」


サタは急いで唱える


「イークォル・インテグラル」


部屋の中が光り輝いた。


だが、これが2つめの失態だった。





目の前に壁があった。壁がなぜか顔から数センチの場所にある。


何が起きたか分からなかった。首を動かそうとすると、首が全く動かない。


手も足も横には動かせた。


でも、前や後ろには動かせない。


だが、背中には壁?、床?に当たっている感触がある。


しかし、一瞬で理解することになった。


周りを見ようと、目を必死に動かしていると、ほぼ自分と同じ高さに照明があった。


「まさか…」


サタの体は先ほどのトマトのように、ペラッペラの体が上にいくつも積み重なったようになっていた。


まるで、人型の金太郎飴みたいだ。


サタは絶望した。


もう元に戻れないかもしれない。


もう風に飛ばされることはないが、このままだと動くことができないので、食事は絶対に無理だ。


トイレにも行けない。


「汚物にまみれて、この長―い体で餓死して誰かに発見されるなんていやだ。」


「考えろ。考えろ。考えろ。」


自分に言い聞かせる。


ふと、天井に何か文字が書いてあるのに気づいた。


「そういえば、照明の近くってことはもしかして紙が落ちてきたところ?」


何とか、ドゥーユーアンダースタン?と書かれているのが見えた。


あおられてる? でも今はそれはどうでも良い。


「もしかして、全部英語だった?」


「ドゥーユーアンダースタン?」は「Do you understand?(理解できる?)」ということか。


「それに、インテグラルっていうのも積分で使っている、∫という記号だ。」


「ディファレンショナルは、意味は知らないけど、積分のほぼ反対ってことは、微分っていうことか。」


「イークォル…。イークォル?」


もしかして、equal(等しい、同じ)ってことか。


「イークォル・インテグラル」は「対象を積分すること」。


「イークォル・ディファレンショナル」は「対象を微分すること」。


元の自分に戻る為に、一か八か。サタは右手を横に動かして、自分の人差し指の直線上に体があることを確認して、静かに唱えた。


「イークォル・サタ。」


自分の名前を入れれば、対象を自分、サタに変えられるはずだ。





おそるおそる目を開けると、天井がずっと遠くに見える。


手も、足も、自由に動く。


「ハァー。」


一気に力が抜けた。


最後に最初にペラペラにしたシャーペンに向けて、


「イークォル・シャーペン。」


と唱えてみたが、人差し指からビームも出ず、何も起こらなかった。

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