八畳の攻防戦
サタはマンションに住んでいる大学生だ。
僕のマンションのベランダにはたくさんの虫が出没する。
特に夜は、少しの間でも窓を開けていたら嬉々としてチリのような虫が入ってくる。
気づいたら、窓のある壁にペタッと十数匹張り付いていることもしばしば。
サタの部屋は2部屋あり、片方にはベランダの方に小さい窓、もう片方はベランダに出られる大きい、扉ぐらいの窓がある。
その日は、大きい窓の方を10秒くらい空けた時間があったのだが、最初は気づいていなかった。
休日の夜、小さい窓の部屋でテレビを見て、ゆっくりしていた。
「月曜日までの課題はあるけど、それはまた明日やれば良い。」
そんなことをぼんやりと考えながら、ぼんやりとテレビを見る。
段々と眠くなってきた。
イスの背もたれに、力が抜けたようにもたれかかり、少しうとうとし始める。
深い眠りに沈みかけたとき、大きい窓のある部屋の法から、ドン、ドン、と鈍く大きな音が響く。
その音のせいで一瞬で目が覚めた。
何か嫌な予感がする。
ゆっくりとドアを開ける。
するとそこには、160cm位の身長の怪人カメムシが、天井の膨らんだ円盤のような照明を、何回も、何回も殴っていた。
怪人カメムシの体はグリーンで光沢があり、照明で七色に光っている。小さい顔の触覚がうにょうにょと、動いていて、気持ち悪い。
ドアを開けたまま、サタの動きが止まる。こちらには気づいていないらしいが、一心不乱に照明だけを見つめて殴っている。
いったんドアを閉めた。
サタは考える。
このまま眠れば、朝には力尽きて死んでいるか、どこかにいっているかもしれない。
でも一番まずいのは、どこに行ったか分からなくなって、いきなり現れたときだ。
その時は死を覚悟するしかない。
サタは覚悟を決め、怪人カメムシと戦うことにした。
サタは、今度は前よりもゆっくりとドアを開ける。
ヤツは全く動かずに、明るく光る照明を見つめていた。
ヤツの真横から、そーっと近づいてみると、急に前に走り出して、壁にドンッとぶつかった。
思わずびびって、体がビクッとなる。
それからヤツは壁にぶつかりながら部屋の中をぐるぐる回り始めた。
ドンドンと、太鼓のような音が
「もう一つの部屋にヤツをいれるのだけはダメだ。」
サタは今まで隠れていたドアから一度深呼吸して、出た。
さらにそのドアを閉める
「これで俺にもう逃げ場はない。」
「ヤツと戦わなければ、もう戻れない。」
この部屋には冷蔵庫、台所、玄関があり、浴室とトイレにもつながっている。
自らの衣食住の平穏のために。
約8畳の部屋で、サタは、壁に何回もぶつかりながら行ったり来たりしている怪人カメムシを、ガッと睨み付けた。
サタが少し身をかがめて様子を見ていると、ヤツはまた立ち止まり、照明を殴り始めた。
「どうやってヤツを倒す?」
「何か対抗するための武器はないか」
サタは周りを見渡しながら考えを巡らす。
サタの目は、部屋の隅に置かれたホウキに目がとまった。このホウキはちりとりと合体することができるもので、使う機会もなかったのでビニールで包装されたままだ。
このホウキのちりとりの堅い部分をヤツに当てることができれば、倒せるかもしれない。
もう一度ヤツが部屋を走り周り始めた。
ホウキまでの距離は2メートル弱。
腰をかがめて、ヤツの通り道を避けながらホウキの下へ着実に足を進める。
背中と顔に、ヤツがそばを走り抜けるときの風が当たる。
「ビビるな、ホウキはすぐそこだ。」
数秒でホウキにたどり着けた。
ホウキを持ち上げ、ヤツに向けてバットのように構える。
ヤツも、また立ち止まってちょうど照明を殴り始めた。
ゆっくりと背後に近づき、ホウキを大きく振りかぶる。
ヤツの頭に向かって力一杯振り下ろした。
ヤツは体の大きさの割りに意外と軽いようで、ホウキでたたいたときと同じ速さで、思いっきり床に叩きつけられた。
怪人カメムシは死んだように動かなくなった。
サタは勝利を確信すると共に、達成感に包まれた。
だが、ヤツの体を片付けるという仕事が残っている。
サタはトイレのドアを開け、トイレットペーパーを持ってきた。
トイレットペーパーは勝手に怪人カメムシの体に巻き付いて、ミイラのようにぐるぐる巻きにする。
そのままトイレの中に勢いよく吸い込まれていき、戦いは幕を閉じた。
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