忘れたかった記憶、君の顔

「む……?」

 原初の剣はふと夜空を見上げた。

(何やら、視線を感じる)

 しかし、別段特に何も影響がないと判断した。

「……どうしました?」

「いや、なんでも。ただ夜空が綺麗でな」

「……?」

 首を傾げる。

「ほら、そうこうしてるうちに森の中へと入ってくるぞ。行け!!」

 原初の剣はそう言って、吉崎の背中を押す。

 吉崎は静かに森の中へと潜っていく。


 ……この感覚、どこか久しぶりだ。

 あの時はひたすらに死にたいと思って歩いていた。

 ひたすらに木々を掻き分けて歩いていた。

 倒れそうになっても歩き続けていた。


 ひとりぼっちで、寂しいことなんて全て忘れるほどに死に急いでいた。


 “貴様は恐れる事なく自らを捧げようとした”

 確かにそうだ。

 何も怖くないと思ったから。

 何も失うものがなかったから。


 それでも、あの森に入って生きたいと思っていた事に気づいた。

 黒い靄——原初の獣が目の前にいた事。

 それが化け物だと気づいた事。

 この人生がやっと終わると思って、僕は笑った。


 それでも、僕は続いていく。


 最初に遭遇したのはナイフを持った青年。

「うわっ!?なんだコイツ!!」

 驚いているところに奇襲として“熊の手”を仕掛けるが、ナイフで弾かれる。

(なるほど、獣の記録を駆使して筋力と俊敏性のステータスを弄れる訳なのか)

「来い、イフリート!!」

 男は装着していた指輪を使って炎の精霊を呼び出す。

(ここは、穿山甲!!)

 そう言って靄の中から硬い鱗のような甲羅が現れ、精霊の炎を打ち消す。

(山荒!!)

 反対の腕から棘のような毛が現れ、それを投げる。

 棘は男の体中に深く刺さる。

 怯んでいる隙に——

(犀の角)

 鋭い三角錐の形に変わった拳が男の体を突き破る。

 破裂した心臓の肉片。

 血を被る黒い靄。

 男は力なく地面へと倒れ伏した。


「ヒィッ!?」

 その光景を見ていたのか、女二人がこちらを見て歯をガチガチと鳴らしている。

「あ、あ、許し……」

 別に、許しを乞う必要はない。

 そこにいるだけで死ぬ運命なのだから。

 2人の女の断末魔が森に響き渡る。


 出来るなら“逃げて”と言いたかった。

 だがそんな願いは虚しく、僕の身体は次々に出会った人間を殺していく。

 僕は繋げている。

 効率的な力の使い方を教えているだけ。

 情をかけるな、これはただの過程。

 自分の意思ではない。

 何も思うな。

 浴びた血の温もり、鉄臭い匂い、苦しそうに呻く悲鳴。

 何もかもを覚えるな。

 

 ……ダメだ、吐きそうだ。

 そう思った時であった。


「あー、やっぱり!!」

 大きな声と共に、木の陰から現れたのは自分と同じぐらいの年齢の少女。


 ……

「君がいると思ってたよ!!私の事覚えてる?」


 誰だ。誰なんだ。

 月の光が彼女を照らす。

 その笑顔は、どこか懐かしい。

「ほら、私だよ!!」

 

 ——何かを思い出せないままだった。

 それは過去の記憶。

 ——何も思い出したくなかった。

 それは過去の記憶。

 死ぬと決めた理由。狂った行動原理が生まれた理由。


 嫌気が差した学校生活での——やめろ思い出すな——


 最悪だ。

 よりにもよってコイツが、敵になるのか。


「北条アカリ!!覚えているよね、吉崎くん!!」

 ——気安く、名前を叫ぶな。

 ——騙るな。君は……いや、お前は。


 敵だ。敵のはずなのだ。


「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa !!!!!!!!!」

 咆哮。森が、地面が、大気が震える。

 

 黒い靄は徐々に己の体の修正を始める。

 樹海に溜まった魔力をその体に集中させていく。

 記録。靄に死体の記録が描き込まれる。

 死体がかつて人間だった時の力、知識、技術……

 

「分かってるよ、君が魔獣を使役しているって事。でもその魔獣は人の模倣しか出来ない」


 そう、いくら吸い上げたところで何も起きるはずがない。唯一、魔力が膨れ上がるのみ。


「勝負だよ、吉崎くん」


 嗚呼、これが運命というものか。

 何故、君が来るんだ。

 たった一人の、そして僕の憧れ。

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狂〜hundred beasts king〜 恥目司 @hajimetsukasa

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