第30話:急がば回れ

 サクヤからの呼び出しを受けて早速、現場へと急行したい気持ちを雷志は理性でグッと堪えた。


 放置しておいても、あれは自分に強い恨みを抱いているのだ。


 向こうから勝手にやってくるだろうから、万全の準備をしてただ待ち構えていればいい。


 戦術的には確かに、こうすることが優位だろう。


 もっとも、そうした場合要らぬ犠牲は恐らく避けられまい。


 富か名声か、あるいはそれ以外か。


 いずれにせよK-tuberとして活躍し一躍有名になりたいという願望を抱く者は決して少なくない。


 そこに前例にない禍鬼まがつきを討伐したとあれば、一気に有名人になれよう。


 実力者であればよし。そうでなければ、無様な最期を民衆の前に晒すも同じだ。


 そうなる前に雷志は、今すぐにでも動く必要があった。


 かつて山田浅右衛門やまだあさえもんであった責務か――これについては、彼は差してなんの感慨もない。


 襲名したのは副産物にすぎなかったし、当の本人があまり乗り気ではなかったのだから。


 他の奴らでは恐らく無理だろう、と雷志はそう判断する。


 彼の記憶にある彼らは、皆等しく猛者であった。


 それが禍鬼まがつきと化したことでより強大な存在へと昇華している。


 サクヤ達が決して弱い、とは雷志も思ってはいない。


 だがいかんせん、今回ばかりは相手が悪すぎる。


 だからこそ誰よりも早くに討つ。そう決意する雷志にサクヤがゆっくりと口火を切った。


 心なしか上機嫌そうな表情かおをする彼女に雷志は怪訝な眼差しを返す。



「―――、というわけだからぁ。この禍鬼まがつきはサクヤと雷志くんでどうにかしよう」


「いや、どうしてそうなるんだ? 俺もあれから一応正式に“けぇちゅうばぁ”として認められたんだが……」


「うん、知ってるよ―。ちょぉぉぉぉぉぉぉ……っっっとだけ、あの事務所に所属してるのが気に入らないってだけだけど。でも雷志くんが無事にK-tuberになれてよかったってサクヤは思ってるからね?」


「いや、めちゃくちゃ怒ってるじゃねーかよ」


「だってぇ! 雷志くんはサクヤと一緒にラブラブカップルチャンネルとしてやっていくつもりだっただもん!」


「らぶ……何? また訳のわからん単語が出てきたぞ……」



 床に寝転がってドタバタと暴れるサクヤを後目に雷志は深い溜息を吐いた。



「……雷志くんにはわからないよね。僕の気持ちなんて」


「何が言いたいんだよ」


「フン、いいもん。いつかかならず取り戻すから」


「言ってる意味がわからんし会話が成り立ってないぞ?」


「……そんなことよりも! この禍鬼まがつき討伐にはサクヤも一緒にいくから! そこんとこは絶対に譲らないからね!」


「いや、俺一人でも――」


「これは帝としての役目でもあるの!」



 そう言及したサクヤの瞳に、さっきまでも駄々っ子としての色はどこにもない。


 ここへ訪れた時と同じ、真剣な面持ちをするサクヤに雷志も態度を改める。


 いつもこうだったらずっとかっこよかったのに、とは心の中だけで雷志は留めた。



「今回、とんでもないイレギュラーな禍鬼まがつきが出現した。そしてどういうわけか、それはすべて雷志くんが過去に関わった人物ばかり。現状倒せるのが本当に雷志くんだけなのか、他の子でも対応は可能なのか。それをサクヤ自身が確かめる必要があるの。百聞は一見に如かず、百閒は一触に如かずって言うでしょ?」


「…………」


「雷志くんの実力を疑うわけじゃないけど、でももし万が一のことを想定した時、雷志くんなしで対応できませんでした、じゃ笑い話にもならないからね。だからそれの判断基準を設けるためにも、サクヤといっしょに行動してもらうよ?」


「…………」


「ど、どうかした? さっきからずっと黙ってるけど……」


「いや、少しばかり驚いてる。サクヤは、恐らく俺が知る大名の中でもずっと立派に大名してるなって、そう思った」



 帝は国の頂点に立つ存在だから、よほどの時代が起こらない限り動くことはまずない。


 サクヤは帝という立場でありながら、自らに率先して民衆に示そうとしている。


 その在り方が果たして正しいのか、誤りであるかは千差万別であろう。


 雷志はサクヤの在り方に感心していた。



 ――部屋を壊したりガキっぽかったりしたが……。

 ――やるべきことはしっかりとやるんだな、こいつも。

 ――さすがは神にして帝って言ったところか。



 褒めたことがそんなにも予想外だったらしく、目を丸くしたかと思いきや頬をほんのりと赤らめたりと忙しない。そんなサクヤに雷志は小さく口角を緩めた。



「……それで、“こらぼ”配信をするんだったらいつ頃になる?」


「え、あ、そ、そうだね! えっと、とりあえず早速調査したいんだけど、雷志君は大丈夫?」


「俺なら特に問題ない。いつでもいける……と言いたいところだが、今いったところでこいつには多分遭えないだろうな」


「え? どうして?」



 サクヤがはて、と小首をひねるのも無理はない。


 危険な禍鬼まがつきがいる。そうであれば早急に動かねば第二、第三と被害が出るのは明白だ。


 悠長にしていられる時間はないはずなのに、雷志は至って冷静である。


 もちろん、彼も何も考えもなくこう発言したわけではない。


 一度相対した経験のある雷志だからこそ、サクヤには知らない情報があった。

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