第29話:不穏な空気
その日、雷志は空がまだ
かような場所に赴くなど、理由は一つしかあるまい。
帝からの朝早くからの呼び出しに雷志の
それ相応の理由があるのだろうとは彼も容易に察し、しかし肝心の内容については一切語られていない。
とにもかくにも早く国会議事堂にこい――突然すぎるが、相手は帝だ。立場についてどちらが上であるかは、もはや確認必要もなかろう。
アシハラノクニのトップからの招集とあっては、雷志にそれを拒否するだけの権限はない。
せめて前日に連絡してくれればよいものを、と雷志は胸中にて愚痴をこぼした。
これでくだらない用件であれば一発殴ってもきっとバチは当たるまい。
ふつふつと湧く苛立ちを隠そうともせず、雷志は帝のいる部屋の扉を叩いた。
ノックというのはいささか乱暴であるが、彼にそのことについて
「おい来たぞ。こんな朝早くから呼び出して……それ相応の内容なんだろうな?」
「――、もちろんだよ。まぁ雷志くん、よく来てくれたね。まぁそこに座ってよ」
「……あぁ」
入室した瞬間、雷志は室内を異様な空気を瞬時に察知した。
彼には、かつて訪れた時に感じた平穏な雰囲気が記憶として残っている。
少々やかましくはあったものの、穏やかなぬくもりが確かにここにあった。
それが今は欠片さえもない。あるのは、絶氷のごとき冷たさだけ。
むろん原因は探す必要はなく、雷志のすぐ目の前にあった。
元気いっぱいな年頃の娘として相応しかったはずのサクヤが、いつになく真剣な面持ちでいる。
以上から彼が、これは只事ではないと察するのは容易でさっきまであった苛立ちも自然とそこで消失した。
緊急事態という言葉がふと、脳裏によぎる。
それだったら他にももっと人を呼んだ方がいいんじゃないのか、と雷志は目線だけで周囲を
彼が知る中で強者である桜木ミノルがここにはいない。
カリンとは犬猿の仲である彼女だが、有事の際に私情を挟む愚行は侵すまい。
それが自分だけしかいないから、雷志は不思議で仕方がなかった。
「――、さてと。それじゃあ早速だけど……どうして雷志くんをここに呼んだかわかる?」
「それがわからないから、こうして尋ねてるんだが……」
「まぁ、そうだよね。それじゃあ早速だけど本題に入ろっか――これ、見てくれる?」
「これは……?」
机上にスッと差し出されたのは一枚の写真である。
雷志にとっては、あたかもその光景をそっくりそのまま切り取ったかのような鮮明さは十分に驚愕に値するが、それ以上に内容が彼の関心を強く刺激する。
写真には、一匹の
雷志が疑問を抱いたのは、何故これが写真であるのか。
撮影された場所はどこかのダンジョンであるのは間違いない。
ならば誰かしら配信をしていたからこそ、件の
動画として残っていないのはいささか引っかかる。雷志が沈思している傍らで、サクヤが静かに口火を切る。
「これは配信内じゃなくて、たまたま一般人が撮ったものなんだ」
「一般人が? おい、それって普通に駄目なことじゃないのか?」
「うん、もちろんダメだよ。でも中には怖いもの見たさで勝手に入っちゃう人がたま~にいるんだよねぇ。こっちも常日頃から注意喚起してるし、刑事罰も与えてるんだけど……」
「……それで、
雷志のその質問にサクヤからの返答はない。
代わりに、小さくかぶりを振る彼女がいた。
要するに撮影者は助からなかったらしい。
このことについて雷志は、特に撮影者になんの感慨もなかった。
危険である上に刑事罰も受けると知りながらダンジョンに赴いたのだ。
そこで死したとしても、すべて自己責任でしかない。
強いて言うなれば、撮影者の最期はなんとも呆気ないものである。
大人しく配信を楽しんでいればよいものを、と雷志はほとほと呆れた。
それはさておき。
「それでなんだけどね、雷志くん。君は――この
「……ある、んだろうな。多分。姿形はだいぶん変わってはいるけど」
「やっぱり……」
「まったく……こないだの一件といい、どうなってるんだ?」
相対した
この衝撃的事実は彼の初ライブ配信後、瞬く間に全国へと破竹の勢いで拡散。
再生数はたったの一日で100万を突破した挙句、チャンネル登録者数も30万を超える始末である。
それほどまでにかの戦いは凄烈にして、数多くの人の心を魅了するほどのものがあった。
――
――まぁ、首切られる時も最後まで散々喚いてたような奴だったからなぁ。
――こうなるのはある意味、仕方がない……か?
――……いずれにせよ、この現世にいるんだったらやるべきことは一つのみ。
――もう一度、今度は二度と出てこられないようにきっちり地獄に叩き落してやるか。
次の討つべき敵が定まった。
写真に写る
その傍らで雷志はふと、沈思する。
自分には果たして、どれぐらい恨みを持った
斬首しただけでなく、非公開の場で斬った数も含めれば両手だけではとても足りない。
かつて斬った者と時を超えて再会する――感動的なものであればともかく、刃を再び交えるなどなんとも物騒極まりない再会だ、と雷志は自嘲気味に小さく笑った。
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