第28話:蒼き狐火はこんこんと燃ゆる


「おいおい、こんなところまでアイツに影響を受けてるのか?」



 武蔵堂凱奄むさしどうがいえんはかつて、たった一振りだけ太刀を後生大事に隠し持っていた。


 その隠し場所というのが今正しく雷志が発見した仏像の下である。


 開いた扉の先、丁寧に布で包まれた一振りの太刀が顔を晒した。



「まさか……こんな形で再会するとは思ってなかったぞ」



 衛府太刀えふだち――六衛府の武官達が警備のために装備した兵仗ひょうじょうの太刀。


 分銅鍔という独特な形状をした鍔を含め、金の装飾がこの太刀は特によく目立つ。


 肝心の刃は、刃長はおよそ二尺三寸約69cm


 全体から手中に伝わる重量はずしりとしてなかなか重い。


 広直刃ひろすぐはの刃文が印象的である刃は、現存するどの宝石よりも一際美しく輝いている。


 間違いない、と雷志は判断した。



「こいつは……俺が蒐集した刀だ」



 蒐集した刀がどこかへ紛失したと聞いた時、雷志は痛く傷付いた。


 もう二度と拝めないのでは、とそう思った日にはひどく悲しくなった。


 その蒐集刀コレクションが今、己の手の中にある。


 陽光のように明るい笑みをパッと浮かべ、タイミングよく戻ってきたミノルは雷志の嬉々とした様子に不可思議そうな表情かおをして小首をはて、とひねる。



「雷志さん。外には特に何も……ってどうかしたんですか?」


「え? あぁ、仏像こいつの下にこれがな」


「それは、太刀ですか――って、雷志さん? なんだかすっごく嬉しそうな顔してますけど」


「まぁな。この衛府太刀こそ、俺がかつて蒐集していた刀の一振りだ」


「え? これがそうなんですか?」


「あぁ、やっと一振りだが……でも取り戻したぞ」


「……雷志さん、なんだかずるいです」


「え? ずるい?」



 そう発したミノルのジトっとした視線に雷志は眉をわずかにしかめる。


 もちろん何に対してのずるいなのか、彼にはさっぱりそれがわからない。


 一瞬、手中にある太刀のことかと察して咄嗟に隠したものの、彼女の視線が捉えるのはあくまでも雷志の顔のみ。


 こいつは何をそんなに不機嫌そうなんだ? 雷志は小首をひねるしかできなかった。



「雷志さん、笑うと私よりもかわいいんだもん……コメントだって“は? かわいい”、“男なのがもったいない!”とか、さっきからずっと流れてくるんですよ!?」


「いや、それがずるいってか? そんなもん俺に言われたってどうしようもできないだろ……」


「……とにかく、調査した感じこれ以上はなにもなさそうでしたからそろそろ終わりましょう」


「――、そうだな。特にこれ以上なにかあるとは思えないしな。それじゃあ、今日の配信はこの辺りで終了したいと思う。えぇっと、たしかなんて言うんだっけ? “ちゃんねる”登録と高評価は、まぁお前達の判断に一任する」


「というわけで、今日は雷志さんと私、ミノルのコラボ配信を見てくれてありがとうございましたー!」



 人生初のダンジョン配信を終えた。


 それを実感して、雷志の口からは盛大な溜息がもれる。



「ふぅ……配信って言うのは、なかなかに神経を使うな」


「お疲れ様です雷志さん」


「あぁ、お疲れ。それで、これから俺達はどうするんだ?」


「とりあえず、今日は普通に休んで後日この事を事務所により詳しく報告します。雷志さんもいずれはレポートとか書くと思いますけど……これはゆっくりと慣れていきましょう」


「……やることが本当に多いんだな」



 頭が本当にどうにかなってしまいそうだ、とそうすこぶる本気で思いながら雷志はミノルと共にその場を後にした。



「――、ところでそれって……やっぱり呪物なんでしょうか?」


「いや、こいつにはそんな大げさな力はないぞ? あぁでも……逸話という意味合いなら、たしかに呪物かもしれないけどな」



 雷志が最初に蒐集したその太刀の名は、小狐丸こぎつねまるという。


 かつて一人の刀匠のもとに、一匹の稲荷が姿を現した。


 曰く、かつて助けられたその恩を返すために共に刀を打たせてほしいというもの。


 時の刀匠は狐の熱い恩義に心打たれ、その申し出を快く受け入れた。


 狐はたちまち大男へと化けると、ごうごうと燃える蒼き狐火をもって一振りの刀を仕上げた。


 それこそが小狐丸こぎつねまるであり、以降は刀匠のもと御神刀として代々祀られてきた。


 それが世に流れた原因というのが戦である。



「こういう刀は当然、大名に届けるってことになってるんだが……なんか、渡すのがもったいないって思ってな」


「つまり、ネコババしたってことですね。それ、立派な横領罪ですよ?」


「ま、まぁちゃんと働いた上での報酬みたいなもんだから大丈夫だろう」


「いや、全然大丈夫じゃないですよそれ……。雷志さんも結構悪いことしてたんですね」


「細かいことは気にするな――で、こいつにはそう言った逸話があるらしい。もっとも本当かどうかは定かじゃないし、俺は適当にでっちあげたホラ話と思ってる。こうやって振るったって何も――」



 起こらない、とそう紡がれるべきはずだった言葉は蒼い炎によって呆気なくかき消される。



「……え?」



 素っ頓狂な声をもらす雷志だったが、彼の反応は極めて普通であった。


 刀から蒼い炎が出るなど現実にあるはずがない。


 創作の中ならば実在するだろうし、そうすることで見る者に高揚感を与える効果も期待できる。


 それがよもや現実のものとして具象化したのだから、雷志がこうも驚くのは無理もなかった。


 こんなものは前にはなかったぞ、と激しく狼狽する雷志とは対極にミノルは興奮した面持ちでそれをジッと見やる。



「蒼い炎が出る呪物……! こんなの生まれてはじめて見ました! 雷志さん! これ、もしかしたらすごい呪物かもしれませんよ!?」


「ま、まぁ確かに? 普通に考えたら蒼い炎が出る刀なんざないからな……そう思うと確かにすごい、のかも」


「絶対にすごいですよ!」


「……さすがは狐が打った刀だけはある、か」



 今一度、雷志は小狐丸こぎつねまるを見つめた。


 かすかに蒼い炎を宿らせた刀身は、かつて目にした時よりもどこかずっと神々しい。


 一つの予感が、雷志の脳裏にふとよぎる。



 ――小狐丸こぎつねまるは、多分禍鬼まがつきの影響でこうなった。

 ――そして、これを守っていたのが凱奄あいつだ。

 ――俺に強い恨みを持つ禍鬼ヤツが、こうやって持ってるのかもしれないな。

 ――確信は全然ないが、やってみる価値はある。



 雷志はふっと不敵な笑みを浮かべた。


 きっとこの世界には、かつて相まみえた猛者達が禍鬼まがつきとしてどこかに今も息を潜めている。


 あるいは、すでにこちらの存在を感知し向かってきているかもしれない。


 後者であれば、それはすなわち雷志にはもう安住の地はどこにもないことを意味する。


 四六時中、かつての猛者が命を狙っているのだ。


 そのような環境下で気が休まるはずもなく。並大抵の精神であれば対峙する前に精神崩壊を引き起こしかねない。


 しかし雷志は、その地獄とも呼ぶべき状況に笑みを浮かべていた。


 来るのなら遠慮なく来るがいい、と雷志はそう思った。

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