第27話:国家機密です、知らんけど

 武蔵堂凱奄むさしどうがいえんだったものを、雷志は静かに見下ろす傍らで沈思した。


 どういう原理か彼は皆目見当はつかないが、一度刃を交えたからこそ雷志はこれがかつての敵手であるという揺るがない自信があった。


 山田浅右衛門やまだあさえもんだった頃、斬った相手に相当強い恨みをもって死したのが今回の事象を招いたか。


 もはや今となってはそれを確かめる術はない。


 正に死人に口なし――武蔵堂凱奄むさしどうがいえんも他の禍鬼まがつきと同様に跡形もなく消滅した。



 ――どういうわけか、凱奄がいえん禍鬼まがつきになってた。

 ――だったら、あの時戦った奴のそうなのか・・・・・

 ――強厳流じげんりゅうを使う奴……記憶にあるにはある。

 ――だが、あの太刀筋は明らかに普通じゃなかった。

 ――あんな太刀筋を使う奴……俺の記憶にあったか?



 何十年と昔の出来事ならばともかく。


 彼にすれば武蔵堂凱奄むさしどうがいえんを含む猛者との戦いはどれも真新しい。


 だからこそ、覚えのない太刀筋に雷志ははて、と小首をかしげる他ない。


 いずれにせよ、今回の一件も含めて情報が絶望的に不足しているのは確かである。


 同時にヘリポートで相対した禍鬼まがつきが過去、なんらかの形で縁を結んだ相手であるとも限らない。


 ひょっとすると赤の他人なのかもしれないのだから。


 これについては追々考えていけばいいか、と雷志はそう判断する。


 沈思している彼を、ぱたぱたと駆け寄る存在がいた。


 ミノルだ。興奮冷めやらぬと言った面持ちである彼女に、雷志もそこでハッと我に返る。



「だ、大丈夫ですか雷志さん!?」


「ん? あぁ、俺なら特に問題はない。お前は……まぁ大丈夫だな」


「あ、はい。私はずっと見ていましたから……そ、それよりもさっきアレはなんですか!?」


「信じられないが、俺がかつて首を斬った罪人の――」


「あ、そっちじゃなくて技ですよ技! あんな動き……私、はじめて見ましたよ!?」


「技? あぁ、あれなぁ。まぁ厳密にいえば技じゃないというか、でも技でもあるというべきか……まぁ、そんなところだ」


「いや、答えになってませんから! ちゃんと教えてくださいよ!」


「教えろって言われてもだな……って、どうして“こめんと”もこいつの擁護ばっかりするんだ? 教えてやれよじゃないんだよなぁ悪いんだが……」



『教えてあげてよ』

『マジで何やったかさっぱりわからんかった……』

『ライたん一瞬消えた?』

『正しく雷神……!(゚Д゚;)』



 ここは後世だ。雷志が生きた時代であれば情報が漏洩する危険性は余程のことがない限り、心配する必要はない。


 しかし現代にはSNSを始めとする、情報を手っ取り早く拡散し得られるツールがいくつも存在する。


 まともな文献が残っていれば、おそらく天念理神流てんねんりしんりゅうの手の内はすでに数多くの人に知られていると判断しても間違いなかろう。


 これについては、雷志は差してなんの感慨もない。


 広大な砂丘から極小の金剛石を取り出すにも等しい作業だ。


 やるだけ時間の無駄であるし、それ以上の力量で打破すればよいだけのこと。


 先のは天念理神流てんねんりしんりゅうの技ではない。


 だからこそ、コメント欄やミノルにせがまれたとしても雷志に回答する意志は更々なかった。



「とにかく、手の内はいくらお前でも明かすつもりはない」


「じゃあ、触りだけでも!」


「どんだけ必死なんだよ……とにかく、駄目なもんは駄目だ。諦めるんだな」


「くぅ……みんな~私先輩なのに、後輩がすっごく生意気なんだけどぉ……」


「おい、こんな時に“りすなぁ”に頼るなよ……――それよりも、まだやるべきことがあるだろ」


「え?」


「……ここはお前が知っている構造とは違うんだろ? だったら他にも何か異変がないか、調査しておくべきだろ。幸い、今のところ他の禍鬼まがつきがいそうな気配はないからな」


「あ、はい。そうですね……!」



 雷志とミノルは寺をくまなく調べた。


 ミノルが寺の外周を調べる一方で、雷志は内部をくまなく調査する。


 その中で彼の視界に常にあったのが、中央に鎮座する首のない仏像だった。


 さっきの戦いの余波をたっぷりと浴びて、当初よりも損傷具合が悪化した。


 いささか罰当たりではあるが、雷志にそれについておもんぱかる気持ちは一切ない。


 むしろここにあるのが悪いのだ、とさえ思う始末であった。


 まさかな、と雷志はふっと苦笑いを浮かべた。


 脳裏によぎる記憶から、一つの可能性が浮上したのである。


 だが、それは可能性としては絶対にありえないと断言してもいいものだった。



「…………」



 雷志はゆっくりと、台座を力いっぱいに押した。


 ズズズ、と床を引きずる重々しい音を奏でながらもしかし、それは少しずつ動いていく。


 やがて雷志の目前に、小さな扉がその姿を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る