第26話:神の領域
凄まじい
やがてそれは嵐と化し、近付くものすべてを吹き飛ばさんとするほどに猛々しい。
ここは屋内だ。突然嵐が発生するなどということはまず、科学的にありえない。
だが、少なくともこの形容は決して間違いではない。
ミノルがそうであると強く思うように、彼女の目前では凄烈な戦いが繰り広げられていた。
これは果たして現実なのだろうか? 胸中に湧いた疑問からミノルの取った行動は、己の頬を思いっきり強く抓るというなんとも古典的な方法である
痛い、とミノルはじんじんと熱を帯びる頬をそっと擦った。
これは紛れもない現実であるとそう理解したところで、ミノルは改めて目の前の光景に目をやった。
けたたましい金打音がさっきからずっと絶えない。
双方共に一撃でも当たれば即死は確実だ。
正しくどれもが必殺技と呼ぶに相応しい。
その応酬劇に、ミノルはただ茫然と佇むのみ。
否、そうすることしか彼女にはできなかった。
己の考えが甘かった、とミノルは奥歯をギリィッと強く噛みしめる。
――あれから私だって色々とトレーニングしてきた。
――雷志さんにはまだまだ到底追いつけないけど……でも!
――それでもあの時よりもずっと強くなったって、そう思ったのに……。
――これが、雷志さんが生きた時代の人の強さなの……?
――昔には、こんなバケモノみたいな人達であふれていたの?
――……次元が、違いすぎる。
雷志に敗北を喫してからのミノルは、可能な限り修練に身を費やした。
学業にK-tuber、これらを両立するのはとても難しい。
ましてや彼女の場合は大手事務所に所属していることもある。
若い内から同年代の娘よりも遥かに多忙である身ながらも、それを理由にして逃げたりしないのが桜木ミノルという少女だ。
すべては完膚なきまで叩きのめした雷志に追い付くために。
むろん短期間の間で彼に追い付く、などとはさしものミノルも微塵たりとも思っていない。
両者の間には絶望的すぎるぐらいの差がある。
それは単純に技量でもあれば、実戦経験も然り。
一朝一夕でどうこうできる相手であれば、まずそもそもあの無人島で負けるはずがないのだから。
改めて突破すべき壁は高くなんとも分厚い。
今一度ミノルは、雷志の強さを認識し直した。
「……そ、それにしても」
ミノルはこの時、どう言葉にすればいいか大いに迷った。
現代兵器でさえも通さない硬質な肉体に加え、鉄骨をも簡単にひしゃげてしまう
そこに圧倒的な殺意が加われば、彼らほど完璧な破壊者は早々におるまい。
これだけでも十分驚異的であるというのに、技量まで加わったのだ。
先端に集中する鋭利な棘にべったりと付着した血の跡が禍々しさを見事に演出する――による連撃が滞る様子は一切ない。
しかし的確に攻撃を防ぐその技量も決して低くはない。
対する雷志も同様に、攻撃をすべて受け流しからの鋭い攻めに転じている。
その動きはかつて、ミノルの前で披露した時よりもずっと迅く、それでいて
彼らの戦いは一言でいえば凄烈極まりない。
それをより具体的に表現する言葉が、どうしても思いつかなかったのである。
だからこそ、すごい……と、あまりにも質素で月並みな言葉しかミノルは思い浮かばなかった。
それはリスナー達も同様で、さっきまで絶え間なく流れていたコメントが今ではぴたりと、勢いを完全に失っていた。
カメラを通して映る光景に耐えられなくなったが故に退室したからか――断じて、否である。
ミノルの最大同時視聴者数は約2万人とちょっと。他のK-tuber事務所と比較しても一、二を争うといっても過言ではない。
15万人――それがこの配信を視聴している数である。
たった数分であっさりと過去の記録を更新した事実に、ミノルは特になんの感慨もなかった。
それだけに二人の死合が衝撃的であり、目がまったく離せないものだった。
もうどれだけ彼らは打ち合っただろうか。
ミノルがそう思ったのとほぼ同時、ようやく両者の間に大きな間ができた。
わずかに呼吸を乱し、うっすらと頬に一筋の汗を流す両者は、しかし得物をしっかりと構えたまま見据えあっている。
「――、こうして実際に打ち合ったらよくわかる。だからこそ、まさか
「■■■■■■■――」
「……もう人間じゃないから、何言ってるのかさっぱりわからん――が、俺に対してどう思ってるかだけはよくわかる。お前、今でも俺がそんなに憎いのか?」
「■■■■■■■――」
「悪いことをしたのはお前なんだ。だからその報いを受けるのは当たり前だろう? まぁいい、お前が
一瞬の沈黙の後。
雷志の白刃がゆっくりと中座に留まった。
まっすぐと伸びた切先が捉えた先は
「――、再びその首……俺が斬る」
「■■■ラ……イ……シ……!」
前代未聞の事態に今度こそ、ミノルは言葉を失った。
例えるなら硝子を引っ掻いたように不快感極まりない。
それが
その常識が今、打ち破られた。
再び衝突する両者を目前に、ミノルはここでようやくコメント欄に視線を落とした。
リスナー達も我に返ったのだろう。さっきまで完全に停滞していた流れが徐々に勢いを取り戻していく。
『え? これ……マジの映像?』
『ライたんやばすぎ。というかそれしかコメできない』
『あんなんバケモノすぎるやろ……なんなんマジで(゚Д゚;)』
『これ、ライたん以外のK-tuber勝てないんじゃね?』
コメント欄の内容にミノルもすこぶる本気で同意した。
あれはカミでもない限り太刀打ちできそうにない。
並大抵のアラヒトガミではいたずらに犠牲者が増える一方である。
むろんその中には自分が含まれていることを、ミノルはよくよく理解していた。
「お願いです雷志さん……どうか、どうか死なないで……!」
加勢しては返って彼の足手まといになる。そう判断したからこそ、彼女はその場にて傍観することを徹底した。
ライブ配信において1時間は短くもなければ、長くもない。
これについては十人十色だが、単なる雑談やゲーム実況配信でも5時間をゆうに超える配神者も少なくはない。
彼らが相対してから、早1時間が経過した。
その1時間で集まった視聴者は20万人。
それほどの大勢が、彼らの戦いにすっかり魅了されていた。
いつまでも続くかと思われた時間だが、万物には必ず始まりと終わりがある。
「――、そろそろ終わりにするかよ。なぁ?
そう言って雷志は大刀を構え直す。
切先の位置は依然として
一見すると別段おかしな点はない――あくまでも外見上は、の話ではあるが。
ミノルは、彼よりひしひしと伝わる鋭利な殺気に思わずごくりと生唾を飲んだ。
彼の剣気は流水のように穏やかであるのにその実、ごうごうと激しく燃え盛る炎のような勢いを感じさせる。
明らかに相反する性質を有した殺気に、あれが必殺の類であると察するのにそう時間はかからなかった。
一方で
これまで目にした中で一番遠心力が加わったそれは、間違いなく次の一打に全身全霊を賭すのはもはや一目瞭然だ。
互いに必殺の体勢に入ったと察したミノルは、固唾を飲んで静観する。
ぶんぶんと大気が唸る音だけが静かに奏でられる中、不意にその時は訪れた。
一滴の水滴が地面に落ちた。ほんの小さな水滴だ、地に落ちたとてそもそも音がするはずがない。
だが、彼らの耳にはしかと届いていた。
獣のごとき咆哮と共に遠心力が最大限に乗ったタイミングで放たれた一打は、肉片さえも残さない勢いである。
防御不可能。回避は――地面を砕いた余波に巻き込まれ、完全に無傷であるのは恐らく難しい。
いずれもヒトである雷志に、彼の攻撃は絶体絶命と言わざるを得ないものだった。
それを雷志は――
「……え?」
ミノルの口からもれたのは、彼女自身でさえもマヌケだと思ってしまうぐらい素っ頓狂な声だった。
それは完全なる無音だった。
地を蹴る音も、風が吹く音も、そして……刃を振るう音さえも。
必ず起こるはずの音が何一つなかった。
「……二度と蘇ってくるなよ。お前はあの時、すでに死んでいるんだからな」
首を断たれ静かに崩れ落ちる
――今、雷志さんは何をやったの?
――え? 首を……斬った?
――首が斬られたんだから、そうなんだろうけど……。
――な、何も見えなかった……。
――いつ踏み込んだのかも、いつ斬ったのかも……。
彼に本当に自分は追いつけるのだろうか。
ミノルはそう自らに強く問いかけた。
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