第25話:再会(偽)

 外観は、なかなか腐敗具合がひどい。


 何年も放置されてきたのは一目瞭然で、今にも崩壊しそうな雰囲気がひしひしと伝わる中で雷志は、さっきまでの不敵な笑みはもうどこにもない。


 すでにここは敵地の真っただ中である。


 戦況はお世辞にも優勢とはいえず、攻略するためにもたった二人では心もとない。


 可能にするにはもっと戦力が必要だが、増援は期待するだけ無駄というもの。


 二人だけでこの状況について調査および解明し、必要な場合解決せねばならない。


 それ故の緊張から彼の表情かおは強張っている――否だ。


 緊張からひどく顔を強張らせているのはミノルであって、雷志はというとさも平然といった表情をしている。


 より厳密にいうなれば、その穏やかな表情かおはまるで懐古の情に浸るかのようですらあった。


 なんだか懐かしい雰囲気だな、と雷志はそんなことをふと思う。



「か、かなり不気味な場所ですね」


「そりゃあ“だんじょん”だからな。不気味な雰囲気があるのは当然だろう」


「い、いや確かにそれもありますけど。なんていうか……その、静かすぎませんか?」



 ミノルがおずおずと言及するとおり、彼らが寺に入ってからというもののまだ禍鬼まがつきとは一匹も遭遇していない。


 どこかに息を潜めている可能性は確かにあろう、が建物の中の異様な静けさはより一層不気味さを演出する。



 ――ミノルが言うとおり、ここまで静けさなのは違和感がある。

 ――禍鬼まがつきが潜んでいる……と思ったが。

 ――どういうわけか、その気配がどういうわけかない。

 ――この“だんじょん”にはもうとっくに禍鬼まがつきが全部浄化されたのか?

 ――可能性としてはないだろうが、けどかなり低いと見ていいはず。

 ――……“りすなぁ”的には、さぞつまらん画だろうな。



 雷志の不安を他所に、この配信を見守るリスナーのコメントはすべて彼らの身を案じるものばかりであふれていた。


 それだけに今回の配信は異例中の異例であり、そうであると同時にかつてない刺激に期待を寄せているのも事実だった。



「――、ここは……」



 内部へと侵入してからしばらくして、ようやく訪れた新展開に雷志の視線はとても訝しげである。


 そこは広々とした空間が広がっている。中央に座した首のない仏像がぽつんと鎮座する殺風景な光景にそれはいた。



「な、なんですかあの禍鬼まがつき……! あんな、人間・・っぽい禍鬼まがつきなんて私、今まで見たことがないですよ!?」


「…………」



『なんか、めっちゃ人間ぽくない!?』

『は? なんなんこいつ……』

『というか、でかくない???』

『ライたんもミノルちゃんも気を付けてー!』



 ミノルとリスナーの驚愕するのも無理はない。


 彼らと対峙する禍鬼まがつきは、見た目だけならば人間とほぼ大差ない。


 2mはあろう巨体に丸太のように太い両腕は、さながらひぐまのよう。


 背には大きな金棒を携え、漆黒の衣を纏う出で立ちは僧を連想させる。


 赤々と不気味に輝く瞳は、雷志をまっすぐと捉える。


 同様に彼も異質な禍鬼まがつきをただ冷静に見据え返していた。



「――、まさか……こんなことがありえるのか?」



 気が付けば雷志は、そうもそりと口にしていた。


 彼が発した言葉にミノルが食いつく様に問い質す。



「ど、どうかしたんですか雷志さん!?」


「……ミノル、お前は少し離れてろ。あいつは俺が斬る」


「えぇ!? そ、そんなの危ないですよ! 相手の実力が未知数である以上、単独で挑むのは――」


「いや、俺はあいつを知っている・・・・・


「え……?」


「……本物か、それとも姿形だけが似てるだけか。少し確かめてみるか」



 愛刀をすらりと抜いて、雷志は早速地を勢いよく蹴った。


 己の間合いを掴むべく詰めたその歩法は、どちらかと言えば飛翔に近しい。


 超超低空飛行による疾走からたちまち間合いに入るや否や、雷志は手にした大刀を一気に振るいあげる。


 けたたましい金打音が反響した。



「■■■■■■■――ッ!」



 咆哮するに伴い禍鬼まがつきの金棒が大気をごうと唸らせる。


 金棒のサイズは仕手の身の丈と同等はあり、質力においては成人男性とほぼ大差ない。


 見るからに相当の重量があろう得物で人が扱うには無理がある得物だが、仕手は禍鬼まがつきだ。幼子が棒切れを振るうにも等しく、無慈悲な一撃が雷志へと襲いかかる。


 狙いは頭部、直撃しても掠っても致命傷は避けられないその一撃を、雷志は陰陽剣そうきょくけんで軽々といなしてみせた。


 そのまま攻撃に転じずに、雷志は自ら後方に大きく飛んだ。間合いをあけてそっと吐息をもらす彼の表情かおは、驚きの中にほんの少しの笑みを含めている。


 ミノルだけが現状についていけず、オロオロとするばかりだった。



「――、人生っていうのは本当に何が起こるかわからないもんだな。まさかこんな形でお前と再会するとは思ってなかったぞ」


「し、知ってるんですか雷志さん!?」


「……正直信じられないがな。でも間違いない。こいつは――武蔵堂凱奄むさしどうがいえんだ」



 かつて己が処した相手が、時代を超えてあまつさえ禍鬼まがつきとして再び対峙する。


 悪い意味での奇跡としか言いようのないこの再会に、雷志は不敵な笑みをくっと浮かべた。

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