第24話:異変

 山田浅右衛門やまだあさえもんを襲名して早々に、雷志は一人の罪人を処した。


 その罪人の名前は、武蔵堂凱奄むさしどうがいえん――異名は、鉄戒僧てっかいそう


 かつては仏の道を歩みながら外道へと落ち、持ち前の超人的な膂力りょりょくで虐殺をした恐るべき殺人鬼である。


 多額の賞金が駆けられるほどでこれまでにも数多くの腕に憶えある者が彼に挑んだが、誰一人として帰ってくる者はいなかった。


 そこで白羽の矢が立ったのが、雷志である。



「――、ここを拠点にしていた鉄戒僧てっかいそうの凱奄は、一言でいってかなりの化け物だった。それこそ、禍鬼まがつきと大差ないぐらいにな」


「そ、そうなんですか……?」


「あいつの身体能力は、今思い返しても何を喰ったらあんな風になるのやら。羆のような巨体のくせにしてすばしっこい。そして人外じみた膂力から繰り出される一撃は岩なら簡単に砕いてしまう」


「……昔には、そんなにすごい人がいたんですね」


「まぁな。俺からすれば、本当にお前らは人間なのかって疑いたくなる奴が多かったな」


「それ、雷志さんも十分に該当すると思いますよ?」


「俺が? いや、俺はどこからどう見ても普通だろ」


「いや、全然普通じゃありませんからね!?」


「そういうもんか……。まぁいい。話を戻すが――」



 雷志が駆け付けた時、まず強烈な異臭が彼の鼻腔を強く突いた。


 雷志は、それが何であるかよく知っている。


 だからこそ取り乱すことはなかったのだが、廃寺の様子を目の当たりにした際は思わず目を一瞬でも見開いてしまう。


 廃寺の中央、かつては神々しい威光があっただろう仏像も蜘蛛の巣が至る所に張り巡らされ、威光は見る影もない。


 そんな仏像にまるで供物として捧げるかのように、首がずらりと積まれていた。


 首の正体は、もはや確認するまでもあるまい。


 中には腐敗の進行具合がひどく、かつて誰であったか特定するのも難しい。


 比較的新しい首の中に、雷志は見知った顔を見つけた。


 門下生時代の同期だ。彼の死に顔はこの世の絶望を垣間見たかのごとく、苦悶の色に満ちた表情かおからどのような死に様だったが容易に想像できてしまう。


 せめて安らかに眠れるように、と黙祷を捧げた。


 以上の回想を語った時、ミノルの顔が青白いことに雷志は気付く。


 いささか刺激が強かったらしい。コメント欄についてもなかなかの荒れ模様である。



『首をもいで飾るとか……正気の沙汰じゃない』

『夢に出てきそう……(´;ω;`)ウッ…』

『夜中一人でトイレに行けなくなりました責任取ってください』

『ライ様の家にお泊りしていい?』



「いや、そんなこと俺に言われてもな……。というか、“といれ”って厠だったよな? そんなもんぐらい一人で行ってくれ……というか、俺の家に泊るとか普通に無理だろ。住んでる場所教えてないんだし」


「……どうしてその人は、そんなにも惨たらしいことができるんでしょうか」


「さぁな。そいつの考えてることなんざ、そいつ自身にしかわからん。いずれにせよ奴が大罪人だったのは確かだし、俺は山田浅右衛門やまだあさえもんだ。与えられた仕事を遂行するだけだ」


「…………」


「……さて、昔話はこれぐらいにしてそろそろダンジョンの方に入るぞ。雑談が主ではいからな」


「あ、は、はい!」



 ダンジョンの内部へと雷志は恐れることなくどんどん先行していく。


 懐中電灯が必要になったのは最初だけで、五分もしない内に雷志は驚きの感情いろをその顔に示すと共に周囲を物色する。


 わずかに遅れて到着したミノルは、すでに来たことがあるのではなかったのか?


 明らかにひどく困惑した面持ちの彼女に雷志ははて、と小首をひねる。


 忙しなく視線を右往左往して、何かを確認しては一人ぶつぶつと沈思する。


 そんな様子にいささか疑問を抱いたものの、雷志の意識はすぐに目前にある光景に集中した。


 此度のダンジョンは、例えるならばとにもかくにも和の色が極めて強い。


 日本庭園を彷彿とする光景は、とても洞窟内にあるとは思えないぐらいとても雅だ。


 しばし奥へ進めば、巨大な寺が来訪者を出迎える。


 とても大きく、外見はどちらかと言えば平等院が彼の中ではなによりもイメージして近しい。


 これほどの美しい光景のどこかに、禍鬼まがつきが息を潜めて虎視眈々こしたんたんと狙っている。


 その事実を今一度噛みしめて先行しようとした雷志を、ミノルが慌てた様子で引き留める。相変わらず彼女の顔からは血の気が引いて青白い。



「ちょ、ちょっと待ってください雷志さん!」


「どうかしたのか?」


「こ、ここ! 以前来た時と全然違います!」


「なに?」


「こんなの……今まで一度だってありませんよ。ダンジョンの構造は基本変わらないんです。それなのに、ここまでがらりと変わってしまうなんて……」


「……他の“けぇちゅうばぁ”の配信の時でもなかったのか?」



 こういう時こそのコメント欄だ。


 リスナーは雷志がこの時代に来るよりもずっと前から、配信を目にしている。


 その知識や情報量ならば断然彼らの方が上だ。


 何か有力な情報が得られるかもしれない、と淡い期待をする雷志だったが結果は淡いままに終わった。



『いやいやいや! こんなのありえないでしょ!?』

『ダンジョン構成変わるとかはじめてじゃね?』

『二人とも危なかったらすぐに逃げてー!』

『これ、前代未聞すぎるだろ……(゚Д゚;)』



 同接者数5000人がいる中でも、一つとして有益な情報はない。


 あまりの不測の事態を前に激しく狼狽するミノルだが、対照的に雷志はその口元をわずかに緩める。


 この状況を誰よりも楽しんでいる彼に、ミノルの視線はひどく訝し気だ。


 何故緊急事態とも言うべき状況下でそうも笑っていられるのか、と。


 そう問いかける彼女の視線は至極当然とも言えるもので、しかし雷志の顔は不敵な笑みを浮かべたままだ。



 ――毎日状況が変わる……。

 ――それはそれで、面白そうだな。

 ――同じ構成、同じ敵ばっかりじゃあ俺も視聴してる奴らも飽き飽きしてしまうだろうし。

 ――それに、こっちの方がより戦場らしくていい。



 おもしろいことになってきたな、と雷志はそう思った。


 寺へと進む雷志の背後より、ミノルが吼えるように口火を切る。



「え? ちょ、ちょっと雷志さん!? どこにいくんですか!?」


「どこにって、そんなの決まってるだろ。あんなにも堂々と存在を主張してるんだ。だったら行かないと駄目だろ」


「そ、そうですけど……」


「どんな状況だろうと“けぇちゅうばぁ”になったんだったら、やるべきことは変わらない。いつもと状況が違うというのならば尚更、調査しておいて損はないだろ」


「それは……」


「幸い、今回は俺とお前の二人だ。もし不測の事態が起きたとしても、お前さえ生きていれば他の奴らにすぐに知らせにいける。何かあったらお前だけでもさっさと逃げろ」


「そ、それはできません! 逃げる時は雷志さんも一緒ですから!」


「……それじゃあ、行くか」



 果たして出るのは鬼か蛇か。


 昂る魂を理性でどうにか抑えつつ、雷志は不敵な笑みと共に件の寺へと向かった。

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