【短編】赤ちゃんってどうやって生まれるの?

夏目くちびる

第1話

「また会ったね、お兄さん」



 誰もいない公園でポケーっとタバコを吸っていると、こんな遅い時間に何を考えているのか。

 近所の豪邸に住むガキンチョのクミちゃんが、パジャマなのかネグリジェなのかよく分からない服装で突然俺の目の前に現れて聞いてきた。



 多分、見た目的に小5くらいだと思う。詳しいことは知らない、別に大して仲良くもないしご両親と会ったこともない。俺と彼女とじゃ住む世界が違うからな。



 火を消そう。因みに、この公園は副流煙に気をつければ喫煙を許されている。



「こんばんは、クミちゃん」

「ねぇねぇ、今日も聞いていい?」

「いいですよ」



 クミちゃんは、会うと必ず俺に質問をしてくる。最初の頃は算数の宿題の答えだったが、そのうち質問は形を変えて前回は「どうして戦争は起こるの?」と深刻なモノになっていた。



 俺は、「畑から取れる飯が足りなくなった時が一つの理由になるんですよ」とアダム・スミスの国富論とカール・マルクスの共産党宣言を噛み砕いて説明した。

 小学生に理解出来るかどうかはさておき、好奇心旺盛な彼女の為に一人くらいは真剣に答えを教えてやれる大人がいてもいいと思ったのだ。



 彼女は、疑問が生まれたときにここへやって来るんだと思う。家柄に恵まれて、知性も高くて探究心もあって。きっと、世の中を変えてくれる天才とは彼女のような子なのだろうと、俺はちょっぴり期待しているのだった。



「赤ちゃんって、どうやったら生まれるの?」



 ……クミちゃんは、ニヤニヤしていた。



 いつも通り、ある程度の下調べをしているらしい。質問する前に調べてくるポイントも、俺的には非常に高評価だった。



 今回は例外だけどな。



「ねぇねぇ、お兄さん。赤ちゃんってどうやったら生まれるの? パパもママも先生も、コウノトリさんとかキャベツ畑とか意味分からない事言うんだよ? お兄さんなら知ってるよね?」



 どう考えたって、独身である俺より君のパパとママの方がよく知っていると思ったのだが。仕方あるまい、俺が教えてあげるとしよう。



「女の人の体の中にある卵に、男の人が種を入れます。そうすると、卵の中が変化して行って九ヶ月くらいで人の形になるんですよ」

「どうやって卵の中に種をいれるの?」



 普通、そこは「どうして卵の中が変化するの?」という質問をしてくるバズだが。さてはこのクソガキ、誂ってやがるな。



「ねぇねぇ、お兄さん♡」



 仕方あるまい。俺の知ってる限りの子づくりの方法を教えてあげよう。



「まず、キスをします」

「キスじゃ子供は出来ないよ? あたし、キスしたことあるもん」

「クミちゃんが知ってるのは子供のキスです。子供を為のキスは、お互いに口の中の気持ちいいところを舌で舐め合います。すると、腹の下あたりがキュッとなるようなゾクゾクする感覚を覚えるんです」

「……え?」

「この時、男は女の人の服を脱がせます。勝手に脱ぐ女の人もいますが、経験上は脱がせて欲しがる女の人が多いです」

「き、キスの話だよね?」 

「はい、これはキスの話です。言うなれば、お家の玄関みたいなモノです。玄関でおもてなしされると嬉しくなるように、キスが上手いとその後の子づくりにも期待が持てます」



 急に、クミちゃんはモジモジし始めた。クソ生意気に目の前に立って見下すような表情をしていたが、いつの間にか前のめりになって胸の前でギュッと拳を固めている。



「それで? その後は?」

「次に、性感帯を刺激し合います。いわゆる前戯です。慣れていたり何度も重ねている者同士ならスムーズですが、クミちゃんのようなクソガキはリードしてもらわないと痛くてイライラするかもしれません」

「クソガキじゃないよ!」

「力加減が重要です。特に、女の人は男が思っている以上にデリケートです。クミちゃんも、相手が無茶をしようとしたらちゃんと『優しくして』と言ってください」

「う、うん」

「決して挑発しないでください、男だって怖いんです。雑にされるのが好きになるのも、もっと慣れてからの方が賢明です」

「雑ってなに?」

「有り体に言えば、『物扱いされる』ということです。肉便器とか、肉棒とか。そういう言葉が当てはまります。無論、俺以外の人の前で口にするのはダメですよ」



 クミちゃんは、自分のスマホで検索をかけて黙り込んだ。後でママに検索履歴を調べられないことを願っておこう。



「そうやって、互いに性器のコンディションを整えたらいよいよ子づくりです。女の人の性器に、男が性器を入れます。女の人が男に性器を入れることはありません。必ず、男が女の人に入れます」



 ゴクリ。生唾を飲み込む音。



「体の内側というのはとても敏感です。そこに互いの性器を擦り合うワケですから、多くはとても心地よい快感を伴います。これがセックスです」

「せ、せっくすですか」



 クミちゃんは、俺の隣に座って目線を俺から外した。暗くて分かりにくいが、どうやら赤面しているらしい。俯いて誤魔化していた。



「快感を増幅させたいなら、性器を擦り合わせながらキスや前戯で使った刺激なども混ぜ合わせるのも効果的です。甘い言葉を使うのもいいでしょう」

「甘い言葉ってなんでしょうか」

「『好き』だとか『気持ちいい』だとか。とにかく、下手くそで気持ちよくなくて、それで嫌われるということを人は恐れがちです。なので、互いに安心出来るように男は女の人に、女の人は男に自信をつけさせて上げることが重要です」

「……も、もう一回なんて言えばいいか教えてください」

「『好き』、です」



 すると、クミちゃんは俺の肩に寄りかかって匂いを嗅ぎ始めた。発情しているらしい、ムラムラしているらしい。聞くまでもなく、興味を持ってしまったのが手に取るように分かった。



 俺は、どちらかといえば相手の気持ちに敏感な方なのだ。



「ここまでくれば、行為も終盤です。互いに体を重ね、オーガズムに達すれば男の性器から種である精子が出ます。これが女の人の体の中を泳ぎ、いくつものファクターを得て卵に辿り着いたとき」

「とき……?」

「おめでとうございます、赤ちゃんが生まれる準備が整いました。あとは、家族が増える幸福に身を委ねながら死ぬ気で働くなり優しく気遣うなりすればいいと思います。その辺の事は、俺は知りません」

「あ、あの、お兄さん。女のおーがずむ? は、どうなんでしょうか」

「女の人がオーガズムに達するだけでは、赤ちゃんを作る要素にはなりません。しかし、本人は気持ちがいいでしょうし、男もそんな相手を見て興奮したり愛おしくなったりするでしょうから重要ではあります」



 そして、俺はタバコを咥えた。しかし、草むらに立てられた「副流煙に注意!」の看板を見て火をつけず、再び箱に戻してため息をついた。



「お兄さんは、何でも知ってるね」

「そうでもありません、他愛のない取り柄です」

「でも、言葉だけじゃ分からないよ」

「相手を見つけてください。クミちゃんがどうなろうと知ったことではありませんが、個人的には倫理観や将来を考えられる高校生以降に初体験をするのが無難かと思います」

「小学生はダメ?」

「ダメではありません、あなたの人生です。しかし、それで不幸になっている女の人を俺は何人が知っています。オススメはしません」



 すると、クミちゃんは俺の腕に抱き着いて額をゴシゴシした。俺は、「もうこの公園には来れないな」と思った。



「それでは、さようなら。俺は帰ります」

「ま、また来るよね?」



 俺は、その言葉を無視して公園から出た。そろそろ夏に差し掛かった、生暖かい星空の下の出来事だった。



 ……数年後。



 俺は、偶然その公園の前を通りかかった。終電に乗り遅れて、最短距離を真っ直ぐ歩いて帰ることになったからだ。



「ん」



 ふと目を向けると、あのベンチにはパジャマだかネグリジェだか分からない服を来た高校生くらいの少女が一人。ポツンと寂しそうな様子で、ボーッと星空を見上げていた。



 俺は、公園に入らず家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】赤ちゃんってどうやって生まれるの? 夏目くちびる @kuchiviru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ