ブラック→ホワイト

藤原くう

第1話

 腐臭たちのぼるBL漫画をどけたら真っ黒な球が出てきた。


 大きさはザボンとかソフトボールくらい。縫い目とかへこみとかはなくて、のっぺりとしている。まるで、股間に貼り付けられた海苔みたい。


 スマホのライトを近づけても、マットな質感に変化はない。べた塗りされてるみたいなのに、光を反射することもなくて、まるで、光を飲み込んでいるかのよう。そういえば、そんな塗料があるとかないとか聞いたことがある。でも、同人作家のわたしが持ってると思う?


 ぐるりと部屋を見渡してみる。改めて見ると、ひどい部屋。ものがいたるところに散乱している。別に地震があったわけじゃなくて、ただ単に片付けてないだけ。


 足の踏み場のない汚部屋を片付けようという気になったのは、先日、グミを踏んづけてしまったから。その感触といったら、ひどかった。今まで本とか画びょうとか踏んでしまったことは数あれど、あんなぺたぺたひんやりした感触は二度と味わいたくない。あと、綿毛のように伸びた白カビも見たくない。


 そういうわけで、掃除をする気になったの。両親には、明日は雪が降るわね、なんて言われたけど、んなわけあるかって話。今は夏だぞ。


 で、掃除をしていたら、真っ黒なボールが出てきてしまったわけなんですけども。


 わたしはその漆黒の球体へと指を近づける。ツンツンつつこうかと思っていたんだけど、吸い込まれるような感覚があってやめた。


 例えるなら、掃除機に指を突っ込んだときみたいな。


 でも、風の音は聞こえないし……。


 その辺にあった高校の時の答案用紙を放りこんでみることにする。


 ノーコンピッチャーこと、わたしの手から投じられた紙くずは、放物線を描いて黒い物体の脇を通り過ぎていく。――最初はそう思われたけど、球体に近づくにつれ、くしゃくしゃの紙は吸い寄せられるようにその進路を変えていき、そして飲み込まれた。


「え」


 まばたきを何度してみても、わたしの赤点答案用紙はどこにもない。球体の後ろを見ても、前を見てもどこにもない。


 球に吸い込まれていったように見えた。けど、本当に?


 わたしは頬を叩いてみる。痛い。夢じゃなかった。


 じゃあ、これが現実だとして、あれはいったい何なのだろう。


 真っ黒で、物体を吸い込んで――。


 理科だか科学だかが1だったわたしでも、思いつくものがあった。


 あれってブラックホールじゃね?



 まずはティッシュ。その次、いつかもらった木彫りの熊。ちょっとずつ、大きくて重いものを突っ込んでみる。


 それでわかったことだけど、黒い球と同じくらいの大きさのものなら、たいていは入っていくみたい。ソフトボールくらいって言ったけど、例えば本棚は入らなかった。でも、入るものならどんなものでも入っていく。食べ物でも失くした課題でも、なんでもかんでも。


 あ、これを使えば、掃除もらくちんじゃん。


 ぽいぽいぽいっと。


 部屋に転がっているゴミたちを放り込んでいく。楽かと思ったけどそんなことはなく、その辺にあった下敷きでブラックホール(仮)へと押し込む。


 入れても入れても、吸引力に変わりはない。


 黒い球を見ていると、つぶつぶが浮かんでいるのに気が付いた。びよーんと伸ばされたそれをまじまじ見つめてみれば、先ほど押し込んだゴミだった。


 ゴミと辛うじてわかるのは、赤いぺけがあったから。最初に押し込んだやつだ。完全に消えてしまったというわけではないらしい。


 例えるなら、無間地獄に落ちている人を上から見たような感じ。……言ってるわたしにもわかんないけど、とにかくそんな感じなの。


 真っ黒な球体にたくさんのミサイルが殺到してるような光景が、目の前には広がっている。神秘的であり、なんだか怖くもある。


 ホントの本気でブラックホールかもしれない。


 そんなもんが、どうしてわたしの部屋に?


 『ブラックホール 作り方』


 検索したけどちんぷんかんぷん。大きくて重いものを圧縮すればいいらしいけど、そんなことしてない。ちょっと、グミくらいなら踏んだことあるかもしれないけどさ、そんなのじゃできないよね……?


 恐る恐る、でも、ごみは突っ込んでいく。いきなり爆発するんじゃないかって気が気じゃないよ。だけど、こうした方がゴミ袋に入れて一階まで下りるのよりは楽だし……。


 せっせと押し込んでいく。


 幸いなことに、爆発したりわたしが吸い込まれたりなどはなく、部屋のゴミはあらかた黒い球の彼方へと消えていった。



 そうして、わたしは掃除を終えたのでした。


 ちゃんちゃん。


 これで、話を終えてもいいんだけど、実はまだ続きがあったり。



 後日。


 友達の家に行く機会があった。その子によれば、掃除を手伝ってほしいんだと。わたしみたいなこと言うじゃん。部屋を汚くするようなタイプじゃなかったんだけどなあ。


 部屋に入った途端、わたしはびっくりした。わたしの眼球を見たら、まんまるになっていたに違いない。


 数日前のわたしの部屋みたいだった。


 汚部屋が広がっていた。


 唖然としているわたしの前で、友達がため息交じりにこう言った。


「突然白い球? が出てきたと思ったらさあ、ごみが雪崩のごとく出てきたのよ」


「へ、へえ。それは大変だねえ」


 逃げ出そうとしたけども、首根っこを掴まれてしまった。


 恐る恐る友達を見れば、その目は爛々と輝いていた。うわ、お金を貸して、ってお願いしたときよりもずっと怒ってる。


 わたしを掴んでいる方ではない手には、くしゃくしゃとなった紙。


 無数の赤いぺけ。


 わたしの名前。


 黒い球の中に投げ込んだはずなのに。


「これ、いったいどういうことか、説明してもらおうじゃない」


「あ、あはは」


 頭をかきながら、わたしは考える。どうやったら、この窮地を脱することができるかな……。

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