第5話 チハル
白雪姫みたいに綺麗なその人は「私はトモハルじゃないよ」と言った。
僕が自慢するみたいに喫茶店に連れ帰ると、ちょっと酔ってる人もいたのかな、お客さんと、お店のおばさんは「おめでとう」と拍手して喜んでくれた。
話を聞いたら、おばさんとは顔見知りだったらしい。同じ商店街で花屋さんをしているんだって。
それで、トモハルくんがお花屋さんって意外だなあ、と言いながら二階席に着いたのに、当の本人が人違いだとか言い出すのだ。
「嘘だ」と僕はきっぱり言った。「あなたはトモハルくんだよ。すぐに電話ボックスを出てきたし、僕を見て慌てて逃げたもの」
「……でも、トモハルは男だよ。私は女だから違うでしょう」
「それもそうだ」僕は自分で言っていてどんどん不安になってきた。「じゃ、あなた誰ですか?」
彼女は少し考えるようにしてから答えた。
「私はチハル。トモハルは……なんだろう、昔の友達というか」
「でも、じゃあ、トモハルくんはどこにいるの? 僕、会いたくてずっと待ってたのに」
チハルさんは答えず、ホットコーヒーのカップにミルクを全部入れてスプーンで混ぜた。
コーヒーの色がすっかり変わってしまうと、やっと僕の顔を見た。
「かわいそうだけど、トモハルはもう、君の前には現れないよ」
「どうして? トモハルくんは今どこにいるの。僕、会いに行くよ」
「……会いに行けないよ。遠くにいるんだだから」
「どこ?」
明日から冬休みだ。こうなったらどこでも行ってやる、と、僕が食い下がると、チハルさんはまた黙り込んだ。しばらくしてやっと「外国の刑務所」と答えた。僕はびっくりした。
「刑務所!?」
「そう。トモハルくんは不健全でろくでもないやつだから、サギで捕まったんだ。私はそれを教えるためにここに来たんだよ。だから、あんな大ウソつきのことは、君も早く忘れたほうがいい」
「でも、昨日までノートで僕とやりとりしてたのに。トモハルくんはいつ外国に行ったの」
「……つまり、外国から警察が来て今日捕まったのね。それからすぐしょっぴかれていってしまったので、もうトモハルくんは日本にはいません」
「そんな……」
ショックを受けた僕を、チハルさんは気の毒そうに見た。
「でも君のことは、とても心配しているみたいだったよ」
「……トモハルくん、僕のこと何か言ってた?」
チハルさんはマグカップの取っ手を、指先で確かめるように撫でた。
指の形はとても綺麗だけど、手は荒れている。
お花屋さんをしていると下の階で聞いたことを、僕はなんとなく思い出した。
「そうだね。学校に行くのをやめるか、親にちゃんと相談しろって言ってたよ」
僕は吹き出した。トモハルくんが言いそうなことだと思った。
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