第4話 待ち伏せ
と言っても、トモハルくんの性格を考えると、ノートに馬鹿正直に『会ってみたいです』と書いて『いいよ』と返してくれるとはとても思えない。
僕は待ち伏せすることにした。
商店街の入り口近くに、『サファイア』という喫茶店がある。
立て看板によると昼過ぎから夜遅くまで営業しているらしい。二階席の窓からはちょうど電話ボックスも見えそうで、おあつらえ向きだった。
目当ての席に座れるかはちょっと心配だったけど「友達と待ち合わせしていて、来たところをすぐ見たいんです」と言ったら、お店の人はちょっと笑って二階に案内してくれた。
このおばさんは、学校の先生よりよっぽど出来ている人だと思う!
なぜって、僕がメロンソーダ一杯で夜中まで粘っても、いやな顔ひとつしなかったから。
たまにお水のお替りを持って来てくれたけど、子供の僕のこともちゃんとした人間並みに扱ってくれるのだ。今度お母さんにも連れて来てもらうように頼もうと思った。
お母さんには、終業式の後に友達の家で遊ぶと言ってある。
誰と遊ぶのかしつこく聞かれて、仕方なくトモハルくんだと言ったら、しばらく考え込んでいた。
そんな名前のクラスメイトに覚えがなかったのだろう。
慌てて「塾の友達なんだ」と適当に言うと、ちょっと納得したようだ。僕のお母さんは、有名進学塾に通うような頭のいい子は、悪さなんてしないと思い込んでいるところがある。本当はそんなこと全然ないんだけど。
クリスマス近くでもあった。プレゼント代にしなさいとお小遣いまでもらえて、僕はホクホクだった。
お母さんも少し嬉しかったんじゃないのかな。
友達と遊ぶなんて言ったのは初めてだったから。
まあ、トモハルくんと友達になれるかどうかはこれから決まるんだけど。
喫茶店に入る前に、ノートに『いま、喫茶店からあなたを見ています』と書いて来た。これで、電話ボックスから慌てて出てきたやつがトモハルくんということになる。
まあ、あの汚い電話ボックスに入るようなやつは間違いなくトモハルくんだと思うけど。ひょっとしたら本当に電話を使う目的で入る気の毒な人もいるかもしれないからね。
メロンソーダを飲み終わって、手持無沙汰でしていた宿題も片づけて、すっかり日も落ちたというのに、トモハルくんは全然現れなかった。
僕はトイレにも行かずにずっと見張っていたけど、電話ボックスには誰も近寄ろうともしなかった。
そのうち、僕はあくびをして、少しの間うとうとしていたみたい。
はっと気がついて顔を上げると、まさに、電話ボックスに人影が入っていくのが見えた。それを確認したとたん、僕はもう階段を駆け下りた。おばさんがレジでびっくりした顔をしている。
僕はドアをうすく開けて電話ボックスを見た。
いつの間にか雪が降っていたらしい。
昼よりも明るいような銀世界で、電話ボックスのドアが再び開く。
目が合った。
そう確信した僕は「トモハルくん! トモハルくんでしょ!」めちゃくちゃな雄叫びを上げて、その人影に駆け寄った。
トモハルくんは逃げる。僕は追いかける。
ここで捕まえなければ、また夢になっちゃうと思った。
本当に夢の中にいるみたいに体はポカポカしていて、でも全身に突き刺さる冷気は間違いなく現実で、僕はとうとうトモハルくんの腰にしがみついた。
「行かないで! ねえ僕、会いたくてずっと待ってたんだよ!」
グレーのコートを羽織ったトモハルくんが、ゆっくりと振り向く。僕はびっくりした。こんなに綺麗な顔の女の人を、僕は生まれてこのかた見たことがなかったのだ。
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