第9話 女心の分からない溺愛鈍感王子「ヴィヴィのほっぺ、ぷにぷにだった!」 (終)
その後、俺はヴィレッジ侯爵家の客間の寝室で目が覚めた。
そして、目覚めた時には、寝台の脇にヴィヴィアン嬢がいたのだ!
寝台に突っ伏してスヤスヤ寝ている。
「ファーッ!?」と小さな声を上げた俺が、彼女の頭をサワサワ撫でたり、唇をツンツンつついていると、速攻で彼女の目が覚めてデコピンをくらった。結構痛かった。刺激大! 王妃級!
興奮している俺をよそに、ヴィヴィアン嬢は目を彷徨わせながら謝罪してきた。
「こ、今回は……、わたくしも悪かったので、許してあげます……」
「俺との結婚を許諾ッ!? じゃあ明日は簡易挙式!」
「わたくしに勝手に触っていたことを! 許してあげます!」
「つまり、好き放題に触る許可を与えると……ゴクリ」
「さっきの一回だけです!」
ヴィヴィアン嬢は、巧みな身のこなしで椅子ごと壁際まで離れていった。
その様は、まるで怯える子ウサギのようだった。可愛いから、よし!
「……週に一回までです」
「え?」
「勝負のことです」
「うん、よく聞こえないな! 耳元でゆっくり囁いてもらう必要がある!」
「じゃあもういいです」
「毎日勝負に来て欲しいんだな!」
「週に一回までです!」
「三日に一回」
「……」
「週一だな! 分かった毎週勝負しよう! では帰るか。ヴィヴィ、また明日な!」
「え?」
「え?」
俺とヴィヴィの間に、不思議な沈黙が流れる。
ここで俺はハッと気がついた。
「見つめ合う男女。これは恋人……ッ」
「気のせいです。明日は何をしに来るんですか?」
「ヴィヴィに会いに来る」
「愛称で呼ばないでください。わたくしに会って何をするんですか?」
「会うだけだが」
「なぜ」
「ヴィヴィの顔を見に」
「要りません」
「ハッハッハ、残念! ヴィヴィは知らなかったようだが、俺には必要なことなんだ!」
「禁止します」
「えっ、なんで」
「殿下が近くにいたらわたくし迷惑ですもの……」
ヴィヴィはそういうと、床に目を落とした。なぜか、前回同じ台詞を言った時とは様子が変わっている。どうしたのだろうか。そんなに不安なことが?
俺は文化系らしからぬ速度で彼女に近づいた。
椅子に座ったまま、壁際にいた彼女は、間近に距離を詰めた俺にギョッと目を剥いた。
そして、すぐさま逃げようとしたので、俺は両脇を手で塞ぐ。
「なっ、なっ……」
「ヴィヴィ」
「な、なんですか!?」
「こっちを見るといい」
ちょっと声が震えている彼女に、俺は優しく声をかける。
俺は小動物マスターなのだ。
こうして優しく声をかけ、毎日愛でることで、愛らしい小さな動物達は、心を開いてくれる。
目の前にいるのも、小さく可愛らしい天使だ。
優しく距離を詰めることが大切だ。
そうして慎重に近づく俺に、ヴィヴィは「なっ、なんで?」「だめです、そんな……」と呟きながら、頰を染め、瞳を揺らしている。
そんなヴィヴィに、俺は――。
「ほら! 近くに来ても迷惑でもないし困らなかっただろう! だから何も問題はないな!」
そう言って彼女にニカっと笑顔を見せた。
彼女は一瞬ポカンとした。
次いで顔を真っ赤にした。
そしてその後、スウっと半目になった。
半目になった?
「……ウォルフ殿下」
「はい」
「離れて」
「はい」
「そこに立って」
「はい」
「わたくしと、勝負をしましょう」
何故だろう。
彼女の後ろに鬼が見える。
修羅。
彼女は微笑んでいるだけだというのに。
不思議ー!
「一週間。わたくしとゲームをして、勝てたら勝負の日以外に会いに来てもいいですよ」
その言葉に、今度は俺の方が目を瞬いた。
(一週間、毎日勝負!)
(要するに毎日、侯爵家に通っていいと!)
(なるほどヴィヴィはそんなに俺に毎日会いたかったんだな! いじらしい!)
(でもそれを今、口に出したらいけない気がする! 不思議ー!!)
直立笑顔で固まっている俺に、ヴィヴィは冷たい笑顔で宣告した。
「絶対に許さない」
俺はこのとき、知らなかったのだ。
ゲーム大好き侯爵令嬢ヴィヴィアン=ヴィレッジが、死ぬほど負けず嫌いなことを、知らなかった。
この後一週間、俺はありとあらゆるゲームでヴィヴィにボッコボコのグッチャグチャに負かされ、毎日のように泣きながら帰宅することとなった。
****
「うぇぅ……うぅっ、グスッ……」
「殿下、最終日です。もう諦めてください」
「グスッ……いやだ……」
一週間後の夕方、俺はヴィヴィと共にショウギ盤とやらを囲んでいた。
ショウギというのは、チェスに似たゲームで、ヴィヴィの前世の世界で流行っていたものらしい。大きく違うのは、相手のコマを取ると、自分のコマとして使えるようになるところだ。
俺はショウギ盤の王のコマを動かす。
何故王のコマなのかって?
王以外の他のコマは全て、ヴィヴィのものだからだ!
「この『角』のコマ! 我が軍の『角』ではないか、裏切り者は処刑だ……ッ!」
「処刑というのは下手人がいてこそ成り立つのですよ。あら、そちらは王様しかいませんわね……」
「王、自らが! 動く必要があるときも! あるのだッ……うぅっ……!」
「……投了しませんの?」
コテンと首を傾げる可愛らしいヴィヴィに、俺は歯を食いしばった。
「だって……勝てなかったら……、会いにこれなくなる……」
俺がエグエグ心の汗を流していると、ヴィヴィの手が止まった。
ヴィヴィの手番なのにどうしたことかと顔を上げると、ヴィヴィの頬がほんのり桃色に染まっている。
「ヴィヴィ?」
「……婚約、しないなら、大丈夫かしら」
「……?」
ヴィヴィは、ゆっくりと、王のコマを進めた。
俺も、王のコマを進める。
ヴィヴィも、王のコマを進める。
二つのコマは、ショウギ盤の中央で向かい合った。
「……あの」
「婚約はしません」
「ええと」
「婚約はしません」
「ヴィヴィ」
「婚約はしませんから。良いですね」
俺はヴィヴィの王のコマを取った。
「やはり婚約を飛ばして結婚だな、我が妻よーッ!」
「友達からです!!」
こうして、俺は感動のあまりヴィヴィに抱きついて頬にキスをした。
そして彼女のフルスイングを受けた。
それだけでなく、ヴィレッジ侯爵家を一ヶ月出禁になった。
そして、一ヶ月後以降、俺はヴィヴィの元に足繁く通い、彼女もなんだかんだ出迎えてくれるようになったのだ。
こうして、ヴィヴィは俺の未来の妻、兼、婚約者候補の候補、兼、友達になったのである!
「そういえば、わたくし、殿下に謝らないといけないと思っていて……」
「え?」
「わたくし、殿下のこと、ブサイクとは思っていないです。ごめんなさい。あ、でも婚約はできません」
「婚約できないのかよ!」
――『ブサイクとは思っていないです、格好良いです。でも婚約はできません』と言ってもらわなければ溜飲が下がらない!――
俺はようやく、振り出しに辿り着いたようである。
〜終わり〜
**** ****
これにて完結です。
ご愛読ありがとうございました!
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一目惚れ王子は悪役令嬢に掌コロコロされる 〜第一王子は空気が読めない〜 黒猫かりん@「訳あり伯爵様」コミカライズ @kuroneko-rinrin
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