第8話 生理的嫌悪感で気絶された王子「そんな潤んだ瞳で見つめるとは、さては俺のことが大好きだな?」





「き、今日の、分……?」


「そうだ! 君は言ったな。俺の視野の広さを証明すれば、俺の婚約者になると!」

「候補です!」

「婚約者……」

「候補」

「俺のッ……伴侶になると!」

「言ってません!!」


 ヴィヴィアン嬢は肩で息をしているが、そんな興奮した様子も可愛かった。頬が上気していて、すみれ色の瞳も潤んでいて、桃と葡萄を思わせる。食べたい。彼女をこの状態にしたのが自分だと思うと、なんだか嬉しい。素晴らしい!


「昨日、帰ってから気がついたんだ」

「その気づきは勘違いですよ」

「ふむなるほd……いやいやいやいやいや違うぞ勘違いではないッ! 君は昨日、俺と勝負をすると言ったな!」

「……それは、言いました」

「すごい嫌そう!! そ、それでだな、俺は気がついたのだ。――俺と君との勝負に、期間制限はなかった!!!」


 バァーン! とシンバルを鳴らすべきだっただろうか。

 我ながら素晴らしい理論だ!

 俺は仁王立ちで、シンバルの代わりに自分の胸を叩いた。


 ヴィヴィアン嬢はというと、食卓テーブルの前で立ったままワナワナと震えていた。


「そうかそうか、ヴィヴィアン嬢は震えるほど嬉しいか!」

「そんな訳ないです! そんな……屁理屈……ッ」

「わざと期限を切らないでいた君の想い! それに気がついた時の感動といったら!」

「ま、前向きすぎる……このっ、変態……っ」

「素直になるんだ我が妻よーッ!!」


 俺は、彼女に抱きつくために、突進した。


「大ッ嫌い!!!!」


 彼女は、平手打ちで出迎えた。

 俺は、彼女の恐るべき爆弾のような言葉に驚くとともに、彼女のフルスイングによって床に沈んだ。


「ファーッ!?」


 バチコーンと大音量がヴィレッジ侯爵家の食堂に鳴り響く。

 なお、俺は文化系なので、体力にはあまり自信がないのだ! 受け身など、当然とることができない。叫びながら、したたかに体を打ち付けるのみ!


 床に倒れ伏し、ピクピク動いている俺を見ながら、ヴィヴィアン嬢は肩で息をしていた。

 誰も言葉を発しなかった。

 一侯爵家の食堂に、何を発言しても炎上してしまいそうな、恐ろしく緊迫した空気が流れている。


 そして、ヴィヴィアン嬢は、興奮しすぎたのか、その場で真っ青になって気絶してしまった。


 俺は大騒ぎをした。

 もちろん、気配を消していた侯爵家の面々もだ。


 そして、半日後に目が覚めたヴィヴィアン嬢に、俺は大事なことを伝えた。


「ヴィヴィアン嬢、すまなかった。君の隠した想いをみなの前で暴くなど、配慮が……足りなかったな……っ」


 俺は、ヴィヴィアン嬢の右手をサスサスしながら、彼女に謝った。ヴィヴィアン嬢が気絶している時から、見舞いのため、俺は彼女の寝室にいるのだ。


 彼女はゆっくりと目を開け、視界に俺を入れた瞬間、目にも止まらぬ早さで俺の手を振り解いた。

 そして、青ざめた顔でこちらを見た。

 普段の生活ではなかなか見ることのない表情だ。ヴィヴィアン嬢は俺にいつも、新たな体験をさせてくれる。

 新鮮。刺激的! 素晴らしい!


「お父様は一体何故、この人をわたくしの部屋に通したの……!」

「ハッハッハ、俺が君のために権力を行使したからだな!」

「もう嫌……悪夢……っ、きらいきらい、大ッ嫌い!」

「我が妻よ……ツンデレも悪くはない……」

「妻扱いするなら二度と口を利きません」

「ヴィヴィアン嬢ごめんなさい」


 ヴィヴィアン嬢はパチクリと目を瞬く。


「意外と素直ですね」

「俺はいつも素直で素敵だぞ?」

「殿下は前向き事実改変体質なので、まともなことについては謝らないと思ってました」

「前向……え?」

「殿下は脳内事実改ざん王子なので謝らないと思ってました」

「やっぱり悪口!! も、もう誓約書の効果範囲じゃあないんだぞ! 10分は過ぎてるからな!?」

「ウォルフ殿下相手ですから、このくらいでいいんです」

「まだ酷いこと言う! 処刑だ処刑!」

「処刑されたら結婚できませんね」

「処刑の内容は、俺と結婚することだ」

「あなたとの結婚は罰則レベルなの!?」

「君が俺と結婚するなら、別にそれで問題はないなッ!」


 俺はまたしても胸を張る。

 彼女の寝台の横で、椅子に座ったまま、ドーンと背をそらした。


 彼女からは、反応がなかった。

 静まり返った室内に、俺は少しだけ、ほんの少しだけ! 不安に……いや、気になって、彼女の方を見る。


 彼女は、なんだか顔が夕焼け色に染まっていた。

 少し潤んだすみれ色の瞳が、どうにも色っぽい。艶々しい……良い……!


「どうしたヴィヴィアン嬢! 雰囲気が最高にセクシーだぞ!」

「さ、最低……大ッ嫌い……!」

「そのような顔で言っても説得力はないな! 俺のことが気になって仕方がないんだろう? それは恋だ! 愛かもしれないな、ハッハッハ。俺は君に勝つまで諦めないから、安心して愛しの俺の勝利を待つがいい!」

「……!」

「……ヴィヴィアン嬢?」


 いよいよ様子のおかしいヴィヴィアン嬢に、俺は触りたくて右手を伸ばす。


 バチンと大音量を立ててはたき落とされた。うん、やはりいつものヴィヴィアン嬢だ。気の強さは王妃級。流石は我が伴侶!


 俺が満足げに頷いていると、目の前の女神がフルフル震えていた。

 なぜか、頬を染め、瞳を揺らし、「クッ殺して……ッ」とでも言い出しそうな世にも悔しそうな顔でこちらを見ている。毎日この顔で見られたい。癖になりそうである。


「……が、ブサイクだったからです」

「え?」

「わたくしが倒れた理由です」


 俺が目を丸くすると、ヴィヴィアン嬢は赤く染まった顔を上げ、キッと涙目で俺の方を睨みつけてきた。

 一体何を言い出すのだろう。

 ヴィヴィアン嬢の気持ち。知りたい。聞きたい!


「わっ、わたくしがさっき倒れたのは! ウォルフ殿下の顔が、生理的に無理だったからですから! きらいきらい、大ッ嫌い!!」


 突然告げられた真実に、俺は目を剥いた。

 そして、その場で気絶した。


 鈴の音がなるような可愛らしい声の、悲鳴が上がった。



**** ****


第一王子は、大好きな侯爵令嬢に今日も会えて幸せいっぱいのようです。


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