雨と雨の間には

 それは────────────おばあさんだった。


 時が止まったかのような世界で自分の心臓の鼓動だけが響く。そんな中、おばあさんと目が合っている。


 目を疑いながらも息を詰め、前を歩くクレアさんを覗き見る。彼女は腕の上部に現れる端末を操作していてこちらに気づいていない。


 荷台の中に触れるべきか、触れないべきか────あらゆる可能性を考え荷台を押す手が緊張で力む。


「あっ! そうそうレンくん。その人、そこのビルで降ろすからね」

「あ……はい…………」


 良いのだろか、このままで。葛藤が胸に渦巻き妙な汗も出てくる。人間を運んでいるのはどうして……避難ならこんな狭い場所に入れないはず。


「……この子、顔色悪いわ」

「「えっ」」


 唐突におばあさんが喋り、驚きの声をあげ足を止める。同じく驚いたのかクレアさんも声をあげていて、思わず二人で顔を合わしてしまった。


「もしかしてレンくん体調悪いの? もー、無理しちゃダメよ」

「クレアちゃん、やっぱり私歩くわ」

「ダメよ春子さん。悪化しちゃう、避難所までは乗せてくから」


 自分を心配してくれる彼女に緊張していたが、おばあさんとの会話を聞いていると……緊張が和らいでくる。


「……あの、おばあさん、どこか悪いんですか?」

「春子さんは足を治療中なの」


 春子さんが足が悪いと分かり、先程考えていた事は杞憂だと分かり胸を撫で下ろす。


「そうでしたか。てっきり────いや」

「てっきり何よ?」

「クレアさんが人攫いかと……」


 疑ったことを誤魔化そうとしたが、素早い指摘に応えざる得ない。


「は!? どう見てもこんな可愛い服着た子が犯罪するわけないでしょ」

「犯罪に可愛い服だの関係無いんで」

「あーいえば、こう言う」


 彼女は胸元の大きなリボンを摘んで不満げだ。


「仲良しねぇ」


 空気が華やぐ春子さんの呟きと微笑みに、もう何でも良いかと思えてくる。


「あ……雨が」


 いつのまにか小雨になり上がりつつある雨。雲の隙間から光が差し込んで反射する地面が美しく街を映す。


 そこからは荷台に掛けた傘を片付け、耳から聞こえる『降雨量の調整装置の修理を完了した』との報告に安堵しながら、穏やかに三人で話しながら避難所のビルへ向かった。


 避難所に着いて別れ際。クレアさんが出迎えの人の方に向かうのを見届けていると春子さんは呟いた。


「貴方みたいな若い子が来て安心だわ」

「え」

「この街はクレアちゃんくらいしか若い子居ないでしょ? 仲良くしてあげてね」

「まあ……はい」


 応えると微笑まれ、そして願いを託された。


「クレアちゃんをどうか、お願いね…………」


 それがどういう意味なのか、聞こうとして俺は口をつぐんだ。クレアさんが近づいていたからだ。


「レンくんありがとうね! さ、春子さん行こう」

「ええ、そうね」

「息子さんも心配して、7番プラントから連絡きてましたよ。迎えも早めるから荷物の整理しておいて欲しいそうです」

「そう…………慣れ親しんだ街を出ていくのは何だか寂しいわ」


 二人に軽く会釈し見送り、腕の端末を開き情報を確認しようとして彼女たちの会話に興味が湧いて耳を傾けた。


「大きな病院もあって安心ですし、寂しくなったら、オンラインでお茶会しましょう! 見送った人に定期的に連絡してるんですよ。春子さんも是非!」

「そうね──────あら虹だわ」


 その言葉で空を見上げると、すっかり晴れて虹が出ていた。大きな虹が円を描き、光が濡れた地面と木々、ビルの無機質を輝かせる。


 俺は幼い頃見たこの街の本当の美しさを思い出した。


「綺麗だ…………」

「でしょう! 雨と雨の間のこの瞬間が尊いのよ。ね、春子さん」


 振り返ってそう自慢気に話す彼女が輝いて見えたのは、きっとこの街の美しさに共感したからだ。


「ふふ、そうね。昔を思い出すわ……クレアちゃん、引っ越しまでよろしくね」

「もちろん」


 春子さんが乗った荷台を押して行くクレアに、曇りのない眩しさを感じて再び見送った。


「レンくーん! この街のことなら何でも聞いてね。私はこの街のガイドだから。じゃあ、またね!」


 遠くから大きな声と共に大きく手を振ってくれた笑顔の彼女に、返答の代わりに、普段あまりしない手を軽くあげて振り返した。


 雨が止み静かな空間の中、電子音が鳴り「スカイレイン・スタート」と応答する。


「こちらジェームズ。レン、こっちは終わったから一度第七区の管理室まで来てくれ」


 そちらに向かいますと伝えてビル群から離れて歩き、こうして日常へと戻っていく。


 廃れたこの街から出ていく人が多い、けれど春子さんのように寂しさを抱えながら出て行かなきゃならない事情の人もいる。人が減っていくこのプラントが今後どうなるかは俺にも分からない。


 管理費も少なくなり降雨量が調整できず、雨で発展した街への罰なのかと思うくらい不安も襲う。


 けど、そんな不安も抱えながら雨の止まないプラントで、僕らは今日も生きている。


 人が少なくなっても生きていく──────────この美しい雨の中で。


 雨と雨の間には七色の希望が見えるはずだから。















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