雨のプラント──

真塩セレーネ(魔法の書店L)短編小説

第1話 止まない雨

 ずっと雨が止まないこの世界──これは恵みか、それとも……罰か。


 苔の青緑と無機質な銀色の建物が溶け合い美しいと評された景色は、雨により艷やかな輝きが増す。


 元々農産業で栄えた街であり、当時は草木の新緑と青空、そして街を覆うスカイドームから計画的に設計された降雨量で街は活気ついていた。


 それが今では近くに大型農業の街が出来、衰退へ────よくある話で。次第に管理費用のコスト削減し、降雨量の故障が相次ぎ、雨が振り続け人々はこの街に見切りをつけ出て行ったきりらしい。


 ピピッ────


 不意に電子音が耳の後ろに付いている骨伝導式のイヤーカフに聴こえ、声に耳を傾ける。


「こちら第七区。降水量が多すぎる、応援を頼む、どうぞ」

「こちら第六区。同じく手一杯のため派遣出来ない、どうぞ」


 そこまで聞いて「スカイレイン・スタート」と電源を入れるために声を出した。すると首元のチョーカーから一つの電子音が響き応答を可能にする、今では少しダサいが作業中には有難い。


「こちら第三区、二人応援可能、すぐ向かう、どうぞ」

「こちら第七区、感謝する──」


 こうして日々、野外で降雨量の調節機械を直す作業が俺の仕事だ。────寂れた街に錆びれた機械、そして廃れた道具たち。


 人が少なく道具まで古いときた。ワイヤーで胴体を吊り建物の外から機械を直すことだって簡単にはいかない。この応答機だってハイテクのようでハイテクじゃない。


 不具合を見ていた手を中断し、内側の管理室にいる熟練の先輩を呼んで第七区へ向かう。


「今どき珍しい若者だな、お前。なんで最初の就職先をここに選んだ?」


 共に横で早歩きするのは今年60歳になる、声がハードボイルドな先輩。足元の作業着にも水飛沫がかかる中、大卒新卒で珍しかったらしく聞いてきた。


「……子供の頃、ここに来たことがあって雨がすごく綺麗な街だったので──」

「惚れちまったってことか。当時は良かったからなぁ、それでも卒業時には調べたろ。それでもか?」

「はい。整備士に憧れていたので、後悔はしてないですよ」


 即答すると、雨避けフードの透明な先部分から目を覗かせ、嬉しさと戸惑いのような複雑そうな表情をされた。


「そうか」

「管理費が少ないことには驚きましたけどね」

「ははっ、文句はあんだな」


 こうして軽口を叩いていると、あっという間に第七区だ。入ってまだ1週間だが、第三区では人数も少なく三人体制だったからか話すことも多かったためすぐ馴れた。


 区間の中央へ向かうにつれ、雨が大粒で強まっていく。音も大きく声も下手をすると掻き消されそうだ。


「こちら第三区から応援に……だめか。スカイレイン・スタート。こちら第三区から応援に来ました!」


 気づいてはくれたが不安定なため、結局首元のチョーカーでの通信となった。雨は激しい。


「すまない! 君は新人のレンだね。不測の事態が起きててな、まずは……避難に遅れた人が居るからそれだけ把握してくれ」


 駆けつけて近くまで寄り、チョーカーではなく口頭でやり取りをすると、データを腕の機器に急ぎ送信された為すぐ確認する。


「遅れ? おいマジか。自宅待機か高台へ避難のはずじゃなかったか」

「まあな。ジェイムズ、お前体調は大丈夫なのか」


 第七区の管理官の言葉が気になって俺も思わず顔を上げた。


「ああ、気にすんな大丈夫だ。──お前もだレン、いっちょ前に心配なんかしやがって、ほら行け!」

「はい」


 こうして肩を軽く叩かれる。ジェイムズさんは乱暴な物言いだけど、根は優しい人で顔が少し赤くなるんだ。そんな彼を微笑ましく思いながら歩き始めると……


「あ、そこの人! どいてーー!!」

「え」


 驚いて振り返ると荷台がこちらに転がってきた。


 厳密にいうと、銀色の建物から観光案内所の制服を着た女性が荷台を押して水飛沫をあげて滑りながらこちらに来ていた。


「ごめんなさーい。早く避難しなきゃですよね? あ、私も協力するので」


 なんとも緊張感の欠ける明るい声だが、彼女は避難に遅れている人の手助けをしていて協力してくれるという。


「危険レベル三とはいえ貴方も避難してください危険ですよ」

「大丈夫、私はガイド(案内人)だから」


 心配がよぎりつつ、彼女に強引に腕を引っ張られ荷台の持ち手を掴まされる。


「ちょ、っく」

「おお! クレアさんか。レン、君はクレアさんに付いてくれ、よろしくな」

「えっ、待っ」


 抗議しようとしたら第七区の管理官に言われ、固まる。止めてくれると思ったジェイムズさんは管理官と一緒に行ってしまった。


「私はクレア。貴方はレンっていうのねよろしく」


 荷台を押して、前を歩く彼女について行こうとすると不意に被っていた傘の隙間から見える荷台の中身。


「はぁ、よろしくお願いします。全くなんで……え?」














つづく。


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