沈重する通学路

@gnogno

第1話 会釈

柚月はスーっと空気を吸い込み、新鮮な冷たい風を自分の肺へと満たしていく。明け方6時半に最寄駅からの高校まで、約二時間の道のりを進んでいく。通勤の大人は静かに朝の車両に乗り込んで行き、先に乗っていた乗客はコクコクと頭を揺らしている。「大人になると、見えていたものが見えなくなる。」ふと、どこかで聞いたようなセリフが脳裏をよぎり橋本柚月は電車の吊り革に揺られながら電車の窓に視線を向けた。トンネルに電車が入る度に車窓には濃緑色のセーラー服の自分が現れ、自然と背筋を伸ばしてしまう。入学から一週間が経つが高校生になったという実感は全く湧かない。自分が中学生だった頃は、高校生のことをずっと大人だと感じていたが、実際に高校に入ってみると『なんだ、こんなものか』と思ったよりも呆気のない感じだった。当時感じていた「高校生」のイメージに自分がまるで当てはまっていない。強いて言えば、変わったのは制服の種類と通学先くらいのものだ。

 柚月は地元の中学からは十駅離れた高校を選んだ。学校のレベルもそこそこの進学校で、あまり勉強が得意ではなかった柚月の両親は進学先を知った時には喜び、進学塾にも通わせてもらうことができた。地元の学校に行くという選択肢は一切無かった。何か、違う場所で、ここにいる人とは違う場所に行きたいという気持ちが漠然とあった。友人や家族との不仲はなく、ただ不思議と、別の場所に行きたいという気持ちが漠然とあったのだ。

高校の通学路で、最近は気になる学生を見かける。髪は肩より少し伸ばし、肌も目も、髪の色素も薄いスラッとした女の子だ。同じ歳くらいのその子はいつも綺麗目な私服で高校の最寄駅付近ですれ違う。もしかしたら大学生かもしれないけれど、どこか幼さの残る顔はすれ違う人全てを振り向かせるような、不思議な魅力があった。彼女の少し後ろを歩き、学校に着く頃には彼女の姿は消えている。柚月の高校は私服登校が可能だが、他のクラスを覗いても彼女の姿は見つからず、やはり別の学校の生徒なのかな、とあまり気にしないように意識するが、そうするほど気になってしまう。いつも目で追っていたからか、いつからそうしていたのか、一ヶ月ほどして私は軽い会釈を彼女にするようになった。向こうも、ただ軽い会釈をして、サッと横を通り過ぎていく。ただ過ぎゆく通行人の人々と変わらないようで、何か新鮮な、少し特別なそんな彼女との挨拶が日課になった。

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