――第五線――(七月七日)

 今日は数多の星が輝く天空で織姫と彦星が一年に一度の再会を果たす七夕、そんな特別な日もわたしに変わったことはなく、いつものように朝になり、昼が過ぎ、部活も終わり下校時間になった。

 

 中庭には生徒会主催で笹かざりが置かれ、願いを書かれた沢山の短冊達が校舎を吹き抜ける風でゆらゆらと揺れている。


 わたしもツカサと一緒に、午前中の休み時間に短冊を付けてきた。


 短冊に書いた願いは、互いのものを見ない事にした。


 ツカサは『見せて』って言ってきたけど……


 ツカサはどんな願いを書いたのだろう?


 気になる……。


 やっぱりお互いの願いを見せ合えば良かったかな?

  

 わたしは短冊に『ちょっとだけ勇気がでますように』って書いた。


 大したお願いではないけど、何となくツカサには見せたくなかった。変に誤解されたくなかったし。


 臆病なわたしはなかなか前に進めない。


 でも本当は前に進みたい。


 だからほんのちょっとだけでいいから勇気がほしい――


 あとは自分で頑張るから――


 昨日よく眠れたせいか、今朝わたしは寝坊をしてしまい、お弁当が間に合わず、お昼ご飯が購買部のメロンパンになった。


 ツカサがお弁当を分けてくれるって言ってたけど、ふたりで食べるにはちょっと少ないから遠慮した。

 

 お箸も一組しかないし……


 肝心の五線紙ノートは……まだ見ていない。


 困ったことに『ちょっとだけの勇気』はまだ私の中に湧いてこない。


 空の上から見下ろす織姫と彦星もさすがに私の臆病に呆れるかな。

 

 そんなことを考えている間も最終下校時間は迫っている。

 

 家に持って帰ってから五線譜ノートを見ようかな……。


 ダメだ……今この場で見ないと理由をつけてわたしはどんどん後回しにしてしまう。

 

 ちゃんと向き合おう、自分のために……そして五線譜のアナタのために


 西日の射す誰もいない教室で、覚悟を決めたわたしは、一度大きく深呼吸してから五線譜ノートをゆっくりと開く。

 

 目を閉じたまま指で折り目を探し、いつものページを開き、目を開ける。


 そこにはいつものように新しい文字が刻まれていた。

 


 『ハルは鈍感だよね』



 わたしは万感の想いに包まれ全ての言葉を失う。


 桜が舞う頃、わたしはこの学校でアナタと出会った。


 春に出会ったから「ハル」、アナタ……ツカサがくれたわたしのあだ名。


 他の友達が誰も使わないそれは、ツカサだけの特別な魔法でいつの間にかにわたしの心の扉をノックするようになった。

 

 ツカサはいつもわたしを困らせる。


 イタズラ好きのカノジョは今頃どこか笑っているかもしれない。


 たとえ笑われても、わたしは伝えないといけないことがある。

 

 だから……

 

 人気のない教室で、わたしは五線譜に刻む。



『すき』



 想いのカケラを、偽りのないたった二文字だけのアイの言葉を



 その時のわたしは知らない


 廊下側のドアが僅かに開いており、音を立てず静かに締まったことを……

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五線譜と静寂 ~Plugless Duet~♪ なつの夕凪 @Normaland_chaoticteaparty

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