第22話 四日目
「四人の友達」と僕の関係性についてはわかった……。
僕は頭の中を整理した。
子鬼にとっての四人の友達。あれは僕にとっての何かでもある。みんなが知る友達、秘密の友達、未知の友達、誰も知らない友達。それぞれが僕にとっての、大切な概念なんだろう。
「みんなが知る」が消えると僕と周りの共通認識が崩れた。
「秘密」が消えると僕の固有情報が削除された。
じゃあ「未知」と「誰も知らない」は? そもそも何だこの四分類。どこかで知っている気はするんだが、どこで?
気になることはまだある。
「秘密の友達」が殺されたことで僕固有の情報がなくなった。だが完全にはなくならなかった。こうして僕は『ジェーンと奇妙なサーカス団』について思い出せたし、ノートも完全に真っ白になったわけではない。
そして、何より……。
〈安心して 守っておくから〉
この記載。
誰かが僕の味方をしている。誰かが僕を助けてくれている。
誰だ。誰が僕を? そもそも守られているということは攻撃されているんだな? 誰だ。誰に攻撃されている?
思考を巡らせる。
四人の演奏師が子鬼を殺そうとしている。
子鬼は僕にとっての大切な「何か」である。
このことから、演奏師は僕の敵であることが明らかになったと言えるだろう。僕にとっての大切な「何か」を破壊しにかかっているのだから。だが何でそんなことをする? 演奏師は赤の他人だ。僕にとっての大切な「何か」を……しかもまだ僕から見てでさえ「何か」としか形容できないものを壊しにくるなんて、一体何がしたいんだ?
攻撃の目標が明確ではない。攻撃の目的もわかっていない。唯一判明しているのは、演奏師は子供を物理的に殺しているということだけ。ハサミで刺す。バットで殴る。次は何だ? 次はどんな手で?
記憶の糸を手繰り寄せる。
待てよ、ハサミは……杏樹さんが持たせてくれた。
バットは? 杏樹さんかどうかはさておき、この宿のこの部屋に置かれていた。
じゃあこの部屋から持ち出される何かが凶器になるのか? でもその凶器も僕が持ち出したものだからな。僕が持ち出しさえしなければ子供は無事なのか? 丸腰で行けばいいのか?
残りは東の砦と南の学校だ。その二カ所に子供がいる。
ミッションを整理する。
禍魔の仮面をかぶった子鬼は僕に「四人のトモダチを探してきて」と言った。その友達はそれぞれ東西南北にある建物の中にいることが明らかになっている。友達は僕にとって大切なものを持っている。四人の演奏師が友達=子鬼を殺そうと躍起になっている。僕は友達=子鬼を四人の演奏師から守る必要が……ある?
「守る必要がある」ならミッションはもう失敗だ。二人死んでいる。ゲームオーバーになるはずだが、少なくとも僕はまだ生きているし、大事なものが失われる気配こそあれまだ正常な心でいられている。
仮にミッションが「一人でも守り切れればいい」ならまだ希望はある。四人中一人守れればいいなら残り二人、死ぬ気で守ればいい。
それにそもそも「守る」とは何なのかという話もある。仮に「友達から僕の大切なものたちを取り返す」ことが「守る」行為に直結するなら、僕はまだワンアウトもとられていない。状況は僕に
気になることはまだある。
「四人の演奏師を揃えて月の子守唄を奏でさせ、世界を破滅から守る」という話はどうなった? いや、この「世界の破滅」というのが大風呂敷すぎてイマイチ想像が及んでいないのだが、これはどういう……?
しかしまぁ、一応の解釈は入れられるか。
まず、四人の演奏師は僕にとって敵であることは明らかにいなっている。この演奏師たちの目的、つまり「月の子守唄を奏で世界を破滅から守る」は敵の目的になるため、これを阻止すればこちらに分があることになる。「世界を破滅から守る」ことの対義は「世界を破滅させる」ことだ。僕はこの世界の破壊者になればいい。だが世界を破滅させるって何だ? 結局この問題に行きつく。破滅って何だ? 僕は何を壊せばいい?
わからない。わからないことが多すぎる。僕が書くミステリーでもこんな謎だらけにはしないぞ。ここまで風呂敷を広げたら本気で回収が難しくなる。今まで挙げられたこと全てに論理的理由をつけられるか? NOだろう。
くそっ、考えれば考えるほどドツボに嵌る。抜け出せない。こういう時は動くしかない。小説でも次の展開に困ったらとにかく主人公を動かすことだ。僕も動くしかない。
幸いにも、今この部屋に武器になりそうなものは、置かれていない。
子鬼を攻撃する手段はない。四人の演奏師が子鬼を狙う時に使う道具がないことになる。まぁ、あっても肌身離さなければいいだけのことだが、みんなが知っている友達の時の一件もある。菅の奴は僕の尻ポケットからわざわざハサミを抜き取って使った。そうだ。凶器と僕の関係性についてもう一個わかることがあった。
ハサミ、バット。
いずれも僕の思い出に紐づいているものだ。ハサミは僕と深月先輩が心中に使った道具。バットは深月先輩の元彼が持っていた道具。他には何だ? 深月先輩と僕との関係性を持つ道具で、人殺しに使えそうなもの……。
思いつく限り、ない……。
と、思った時だった。脳裏に浮かんだ。
『My Little Mare ~私の小さな夢魔~』。
僕が子供に盗まれた本だ。
この本には文庫版と完全版とがある。僕が持っているのは文庫版だが完全版はハードカバーでまぁまぁ大きい。そしてそう、本を使った殺人トリックと言えば。
僕が深月先輩に初めて読んでもらった小説、『夢追い人』では、広辞苑にネクタイを巻きつけ、ハンマー投げのハンマーのようにして振り回し、遠心力で殴り殺すというトリックがある。高校生が考えたトリックなので穴だらけ、「本当にそれで人が死ぬのか?」というネタだが、成人には効きそうにない殺人方法でも子供の頭にはきついだろう。最悪頭蓋骨が陥没しなくても頸椎が折れて致命傷になる。これはあり得る。これは注意しないといけない。
そして、この殺人方法がとれそうな場所と言えば。
砦と本はイマイチ繋がりが薄い。学校だ。南の学校にはおそらく図書室がある。その図書室の中にはハードカバーの本の一つや二つ、場合によっては僕が作中で使った広辞苑くらい置いてあるだろう。この状況はまずいと言える。
僕の本を持っている=本を凶器にできる=本がある場所は危険。これは一応は成り立つだろう。
以上、推論するに、僕の本を持ったトモダチが南の学校にいる可能性が高い。助け出さなねば。そして本を受け取らなければ。
そうと決まれば。
僕は急いで部屋を出る。
階段を下りて、フロントの前を通ろうとした時に食堂からあのコックが出てきた。手には相変わらず肉切り包丁。こいつ包丁がないと人前に出られない呪いにでもかかっているのか? 僕が宿から出ようとすると、コックが背後から声を飛ばしてきた。
「お客さん、飯は食っていかねぇんですかい」
「ああ、悪い。ちょっと急用ができて……」
と、言いかけた時だった。振り返った先。丸々と太ったコックが胸の高さに包丁を構えて、笑っていた。
「食わねぇんですかい」
……NOと言いにくい。まるで断ったら包丁で突き刺してやるとでも言わんばかりだ。
僕は考える。ここでトラブルを起こしても仕方がないだろう。
「わかった。食べていくよ」
何にせよ、腹が減っては戦はできぬ。
僕は素直に食堂へ向かう。テーブルに着くとコックがすぐさま皿を持ってきた。やっぱり、そこには。
丸々と大きな、ロールキャベツ。
*
半ば脅されるようにして食べた朝食は何とも気分が悪かったが、まぁ美味いには美味かった。味のよく染みたロールキャベツは胃を温めて力をくれた。
食堂を占拠していたサーカス団たちはとっくにいなくなっていた。僕はコックに訊ねた。
「南の方に学校があるらしいね。どうやって行けばいい?」
するとコックは顔をしかめた。
「お客さん何だってそんなところに」
子鬼を探しに……と、言いかけてやめた。コックは村人だ。村人に協力を求めようと思ったら、村人の利益になることを言った方がいい。
「行方不明になった演奏師を探しにね」
目下、演奏師に関する発言は村人の利になる。
「演奏師の方、あんなところにいるんですかい。あそこは廃校ですぜ」
なるほど。廃校舎で、子鬼探し。さながらかくれんぼだな。
「フクロウの噴水がある広場はわかりましょう? そこからは四つ通路が伸びてやすが、ロバの銅像がある通路が南につながる道です。そこを真っ直ぐ行きゃあ、学校まですぐでさ」
「図書室はあるかい」
僕が訊くとコックは頷いた。
「俺ぁ、あの学校の出ですが、ちっこいのが一部屋ありますよ。図書室っていうより空いた部屋に本棚置きましたみたいなのですが」
「それは学校のどこにある?」
僕が訊くとコックはぼんやりと天井を見た。それからつぶやく。
「四階だったかな。一番上の階だったことは確かですね」
「ありがとう」
今度は何も武器を持たずに行く。
そう決心してからコックを見ると、何だかおかしかった。
こいつ、本当にいつでも包丁持ってやがるな……。
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