第17話 情報を整理しよう……

「三日目の朝……」

 ハート屋で手に入れたハート形の懐中時計を見る。こうして日数だけを教えられるとカウントダウンされているような気分だ。

 時計の蓋を閉じる。と、視界が少し揺らいだ気がした。まだ夢の中に片足を突っ込んでいるな。頭の端がぼやぼやする。

 体勢を立て直すべく、思考を巡らせる。

 情報を整理しよう。

 まず、僕が抱えている問題の核を捉えるんだ。

 禍魔の仮面。それを探して軽井沢に来た。

 そして子鬼。

 その正体はさておき、子鬼と呼ばれる存在が禍魔の仮面を手にしたらしいことはわかった。

 そして、その仮面をかぶった子鬼が僕とコンタクトを取った。時計塔で。あの時計塔で。

 探シテ……。

 子鬼は探してくれと言った。四人の友達を。

 みんなが知る友達、秘密の友達、未知の友達、誰にも見えない友達。

 北の屋敷で僕が見殺しにしてしまった子供は自分が「みんなが知る友達」だと言っていた。つまりあの子は子鬼なんだ。それに菅尚人も子供のことを「子鬼」と呼んでいた。きっと僕から手荷物を奪っていった子供たちはみんな子鬼で、それぞれがあの時計塔で会った禍魔の仮面をかぶった子鬼の友達なんだ。

 トモダチ、探シテ。

 それも四人。集めた先に何があるのかはわからない。

 しかし四人集めなければならない存在はもうひとつある。

 演奏師だ。四人の演奏師。


 四人の笛吹き 眠りの歌にて じわりじわりと死に至らしめる


 杏樹さんのフィアンセ、一彦さんが残したこの詩の意味はわからない。「四人の笛吹き」が演奏師を指しているのはわかる。「眠りの歌」がこの村に伝わる「月の子守唄」なのは間違いないだろう。だが最後がわからない。「じわりじわりと死に至らしめる」? これはこの世の終わりを暗示しているのか? 四人の演奏師が集結して時計塔で「月の子守唄」を演奏しなければ、月の目が開いてしまい世界が滅びるのだという。まぁ、伝承の真偽はさておき、「世界が滅びると錯覚してしまうような」何かは起こるのかもしれない。それが「死」を表している? いや、そんな単純な話でいいのか? もっと大事な……もっと重要な何かを、忘れていないか? 

 そういえば、四人の演奏師の一人である菅は屋敷で子供を……子鬼を探していた。そして見つけるや否や……殺した。

 もし、同じ理由で四人の演奏師が失踪したのだとしたら? 四人の演奏師は四人の子供を抹殺すべく動いているのだとしたら? 

 時計塔の子鬼が言った「探シテ」がどのレベルを指すのかはわからない。単に見つければいいのか、それとも連れてこなければならないのか、その辺りは指定がないからわからない。まぁ多分、連れてこいというニュアンスの方を強く感じるが、既に一人、「みんなが知る友達」は死んでしまったので取り返しがつかない。これではもう「連れていく」ことはできない。

 だが僕が状況を絶望視しない理由がひとつ、あった。

 ペンだ。

 僕は「みんなが知る友達」からペンを返してもらった。あの子鬼は僕にペンを渡すと嬉しそうにしていた。もし、あの四人のトモダチの目的が僕にだったとしたら? どうせ返すなら何故奪った、そういう疑問は確かに消えない。だがつもりだったのだとしたら? 失ったものを探す過程で僕に何か気付いてほしかったのだとしたら? 「四人を探して」はもしかしたら「四人から返してもらって」に繋がるのかもしれない。仮面の子鬼は僕に、何かに気づいてほしかったのかもしれない。

 故に、僕が盗まれた四つの品を他のトモダチから回収して、時計塔にいた仮面の子鬼に示すことができれば。あるいは何かが、解決するかもしれない。

 さらにこれに付随する僕個人の問題。

 大事なものを奪われた。ペン、ノート、本、栞。まず、ペンは……僕の大事な女性からもらったものだった。他の三つの品々にもそれぞれ思い出がある。だから大事なんだ。だから大切なんだ。肌身離さず持ち歩きたいんだ。

 まず、ペンは取り返した。残るはノート、本、栞。四人の子鬼の内の一人、「みんなが知る友達」が僕のペンを持っていたとなれば必然、他の子鬼……他のトモダチが残りを持っていることは想像に難くない。

 さて、ここで競争が発生する。

 四人の演奏師は子鬼を殺すべく動いている。そして、子鬼は僕の大事なものを持っている。この大事なものを四つ集めて仮面の子鬼にコンタクトを取るよう、僕は求められている。

 つまり。

 僕は僕個人の問題として手荷物を取り返す必要があり、そしてそのためには四人のトモダチを見つける必要があり、その四人のトモダチを見つけるに当たり四人の演奏師に先んじて動く必要がある。

 再びハート形の懐中時計を見る。〈三日目の朝〉。時間がない。

 演奏師たちは三日後のカーニバルまでにすべての子鬼を殺す気だろう。そうなる前に僕が動いて、(最悪子鬼の命は守れなかったにしても)四つの品だけは回収しなければならない。

 さて、ここで子鬼の安全はどの程度守らなければならないのか? という問題が発生する。

 色々考えたが、僕は一旦「子鬼の安全は考慮しなくていい」と結論付けることにした。だって鬼だ。子鬼とはいえ鬼だ。人じゃない。もしかしたら高いバルコニーから谷底に落とされても死なないかもしれない。裁ちバサミで胸を一突きされても死なないかもしれない。

 ハサミ。

 ふと、手首の傷がうずいた気がした。ちくちく、ひりひりする。右手に一か所、左手に三カ所。先輩と一緒に左手を三回切ってその後に確実に後を追うために右手も切った。左手で切ったから上手くいかず、結局傷跡が残るくらい深くえぐれたのは一か所だけ。今でも血を見ると思い出す。あの日の絶望、あの日の憎悪、あの日感じた、死の匂い……。



 一度、鎌延屋の部屋に戻る。

 杏樹さんはフロントにいなかった。食堂の方は気配すらない。微かな記憶を頼りにすると、僕がこの宿を出た時も誰もいなかったように思う。そもそも僕は何でフロントに……と考えて思い出す。変な夢を見たんだ。そう、フロントの後ろの壁に僕がこの村出身であるかのような切り抜き記事が……。

 通り抜けようとしたフロントの前で立ち止まり、首だけ引く。壁を見る。新聞は、ない。

 一息つく。が、馬鹿馬鹿しくなる。何を心配しているんだ。夢だ夢。何も気にすることはない。

 階段を上る。すぐに、あのオカマたちが泊っている部屋の前を通った。微かに、聞こえてくる。

「もう大丈夫……大丈夫だから」

「でも、でも……」

「大丈夫。ほらこっち見て」

 沈黙。

「愛してる」

「ぐぶっ」

 急に、吐きそうになった。胃が痙攣している。食道がうねっている。僕は口元を押さえてその場を去った。早く部屋に戻らなければ。

 脳裏で、ちらつく。


 ――お前なんかもうおしまいだ! 

 ――飯田家の恥晒しだ。

 ――お願い。私を悲しませないで。

 ――またおかしなこと言って。



 中学から高校時代にかけて、僕の家庭環境は最悪だった。

 兄の大学受験から大学生活、そして姉の高校生活から大学受験と被っていたので、とにかく家に金がなかった。姉は私立高校、兄も私立大学だったので学費がとんでもないことになっていた。

 そこに来て僕ともなれば、当然公立高校への進学を期待される。そしてそれに応えたとしても、当たり前だ、出来て当然だ、という顔をされる。ただでさえ適当に扱われがちな末っ子で、頑張りも正当に評価してもらえないともなれば、そりゃ反抗的な気分にもなる。

 僕が小説家なんて難儀な職業を目指したのも、父、母、兄、姉と、家族が敷いたレールの上では生きないという反抗心が生んだ結果なのかもしれない。

 僕が「小説家になりたいから大学には行かない」と宣言したのも高校三年生の頃で、このタイミングでカミングアウトすれば親を最大限に不安にさせるに違いないと思ったからだ。実際のところは、僕は深月先輩と同じ大学に行きたかったからほぼ毎日勉強漬けではあったのだが、僕は意識的に家では勉強していない体を装っていた。これらの工作は、後にミステリーを書く時に「徹底的に手がかりを消す」という犯人目線での行動を組み立てる時に役立つことになるのだが、それはさておき、僕の一貫した態度を見て父も母も大いに慌てた。そしてこの頃よく言われた。


 ――そんなやくざな仕事になんか就けると思うな。

 ――お願いだからまともに生きて。

 ――そんなのになったらお前はおしまいだ! 

 ――もう困らせないで。


 何がおしまいだ。今まで何も評価しなかったくせに、いざ口を開けば「おしまい」だなんて抜かすのか。

 困らせるな? これまでいい子でいただろう。一回わがままを言った程度で、何でこんな絶望的な態度をとられないといけないのかわからない。

 まぁ、実際のところ僕は行きたい大学があったのでかなり不毛な親子喧嘩ではあった。最終的に僕が折れたような形で受験を進めることになったのだが、両親が抱えた心労はそれなりに大きかったようだ。

 そこに来てトドメの心中未遂だ。両親はいよいよ僕のことを腫物みたいに扱うようになった。

「愛してる」

 少し時間は遡って、高校時代ど真ん中。僕が家族と折り合いが悪いと知った時の深月先輩の言葉だ。あの時先輩は僕の目を見てハッキリ言った。愛してる。愛してる。


 ――もう大丈夫。大丈夫だから。


 先輩がかけてくれた優しい言葉。ぬくもり。愛情。

 今でも大事な、僕の羅針盤。

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