第16話 [おまけ前日譚] マリオの功罪
「マックス! 見つけたよ」
カレッジの構内を歩いていると、マリオが駆け寄ってくる。
「うちの嫁いだ姉がルシア嬢と知り合いだった。今晩の夜会で紹介できるよ」
「今晩?! 勿論、行くよ」
マクシミリアンが時計を見ると、既に午後六時を回っている。
「一時間後にナーヴァル侯爵邸。僕らと一緒に入ろう。馬車廻しで待ち合わせだ」
マリオに礼を言うと、急ぎ着替えに帰ることにした。
マリオたちがかなり遅れてきたために、侯爵邸に入ると、既にかなり混雑していた。
「見つかるかしら… 」
事情を聞いて、喜んでお節介を焼くマリオの姉のラウラは楽しそうだ。
マクシミリアンは早速、会場内に目を走らせる。
「右奥の壁際です。今、ルシア嬢とイネス嬢が並んで立っています。水色のドレスと、シルバーの光沢のドレスです」
発見の早さにマリオたちは驚いて笑っている。
「さすが!」
駆け寄りたい気持ちを抑えて、三人で移動してゆく。
「あ… ルシア嬢がダニエルと踊りに行った… 」
先を歩いているマリオが呟く。
肝心のイネスはと言うと、またディオゴと話している。幼馴染とは言え、仲が良過ぎではないか。
少し離れてルシアが戻って来るのを待っていると、ブルーノがイネスに近づいていく。ブルーノは幼馴染たちに受け入れられているというのだろうか。
ディオゴとイネスとブルーノが話しているのが見えるが、ブルーノは間もなく退散してゆく。やはり、あしらわれたようだ。
ブルーノが離れて行くと、ディオゴがイネスの耳元で何か囁く。イネスは口元を隠しながら、笑っているようだ。また、ブルーノがおかしな言動をしたのだろうか。
「さあ、行くわよ」
ルシアがイネスと合流したのを確認すると、ラウラに小突かれて、いよいよイネスの近くに移動する。
「ルシア様、ご機嫌よう」
「まあ!ラウラ様、ご無沙汰しています」
二人は、デビュー前の女性を集めた茶会で知り合った。歳上のラウラがルシアの世話係になったのが縁なのだとか。
二人の会話が済むと、マリオ、マクシミリアン、イネスの順に名乗る。ついに、である。
イネスの表情を観察するが、先日の花選びの話は全く覚えていないようだった。マクシミリアンはあの会話で、恋に落ちたというのに。ここに辿り着くまで、こんなに苦労したというのに。
やはり、
マクシミリアンは落胆する。
マリオとラウラは打ち合わせ通り、ルシアと会話する。マクシミリアンがイネスと存分に話せるように。
しかし、気落ちしたマクシミリアンには二人の助け船が欲しいぐらいだ。
「イネス嬢、
常套だとは言え、まずは装いを褒める。いつも見ているが、今日は特に素敵だと伝えなくては。
「まあ、ありがとうございます」
会話が続かない。
「おや、耳の上に挿しているのは?」
「スプレーマムという花です。ルシアとお揃いで、ルシアの兄君が用意してくれたんですの」
「あなたのは白、ルシア嬢はブラウンですか。素敵ですね」
褒め言葉の語彙が貧弱で情けない。
「これは、ルシアの兄が家の温室で育てたものだそうで、雑草ではないのですよ?」
「…あ… 」
イネスは覚えているのではないか。混乱して、言葉が見つからない。
「花言葉は、あなたを愛します、と。幼馴染にそんな花を貰ってもちっとも嬉しくないのに… 」
覚えていてくれましたか?などと陳腐な言葉を吐く前に、イネスが続けた。
「私からも…」
と、口に出し掛けて、前回も花を贈ろうと言ったくせに、手順にこだわるあまり、まだ贈ってないことに気づく。紹介が済んでいなかったにしろ、花ぐらい贈るべきだったのだ。
「… あなたは既に一度約束を違えているのでは?」
イネスが眉を吊り上げ、口元に笑みを浮かべる。
「待って、こうしてきみにたどり着くまで、いくつ海を越えたか知っていますか?」
慌てて言い訳すると、イネスは少し考えこむ。
「それは、how many
「数えていたの?」
「あなたは有名人だもの… 目立つから… 」
なるほど、彼女の目にも鑑賞用と映っていたのだろう。
「今度は必ず贈ります。きちんと、マナーブックに従って」
「では… あなたが、育てた花を贈ってくださる? この前のは季節の花というお題。今回は自分が育てた花、がお題」
笑いを噛み殺して、イネスが見上げてくる。
「勿論。花が咲くまで、待っていてくれますか?」
「ええ、気長に待ちます」
イネスは頷くと、笑顔で答えた。
その美しいまつ毛に見惚れてしまうが、ダンスに誘いたい。やっとマナーブック通りに紹介されたのだから、マクシミリアンがイネスを誘わない理由はない。
「あ、ごめんなさい。今日はもう失礼する時間なの。明日の朝は早いから… 」
彼女の手を握る間もなく、イネスは笑顔でするりと去って行った。
その後、シガールームで惚けていると、マリオが探しにやってきた。
「ここだったか… どうだった?」
「最高… でも、ダンスしそびれた。帰る時間だと… 」
「あ… 悪かったな… ラウラの支度があと10分早かったら、踊れたかもな… 」
「そうだった… 待ちぼうけしてたからな… 」
「まあ、次回の楽しみにとっておいてくれたまえ… な?」
学友はため息を吐くと、マクシミリアンの肩を抱いて慰めた。
皮肉屋令嬢のすれ違い婚約者探し 〜 猫はかぶりません!〜 細波ゆらり @yurarisazanami
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