第15話 [おまけ前日譚] マクシミリアンの苦悩
とある夜会。デビュタントを迎えた十六歳から二十歳頃の女性が多く集まる会に出席している。
「向こうのブロンド二人とブルネット一人の三人組は?」
「悪くないな、話しに行く?誰か知り合いはいる?」
「僕が紹介できる」
「その後、その隣のブルネット二人も…」
友人らがどの女性に声を掛けるか品定めしている。
マクシミリアンは隣国からこの国に留学して三年目。ここで婚約者探しをしたい訳ではなく、招待状に断りの返信を入れようとしていたところ、友人らに引っ張り出された次第だ。
男たちが金髪のいるグループから先に目をつけるのと同じように、女性たちから見ても金髪のマクシミリアンがいるこのグループは目につきやすい。それが、友人たちがマクシミリアンを誘う理由の一つでもある。
マクシミリアンは誰と知り合おうが関係ない。男友達とワイワイ楽しく喋り、時折目の保養になるような女性を眺められればよい。近く帰国する身としては誰かに深入りする気はない。
友達付き合いと息抜きを兼ねて出掛けてきているだけだ。
友人らと共に、狙いを定めた令嬢たちに近づく。しかし、ここでの
会話の中心に引き込まれないよう、一歩下がっていると、後ろの令嬢たちの会話が耳に入る。
「ルシア、ダニエルから花を贈られたんですって?」
「耳が早いわね… それが、自宅の花壇の花だって言うんだけれど… 雑草かしら、って花も混じっていて、ちょっとびっくり… 」
「花に疎いのね。でも使用人任せじゃないだけ好感が持てる」
「どういうこと?」
「ブルーノは、いつもセントラル通りの花屋の
「やだ、最悪!本人が買いに行ってたりしない?それ!」
「あるかも。何故、
他愛ない会話だが、楽しそうに話す二人の声音に思わず、ちらりとそちらを振り返る。
お喋りに集中していて、聞かれていると思わなかったのか、
「つまらない話をお聞かせしてごめんなさい」
マクシミリアンが口を開く前に、彼女が答える。
「いえ、
「あら、ご存知なかったのですか? この国のマナーブックの第三章にも載っていることですのよ」
彼女は開き直ったように、胸を張って答える。マナーブックという本は存在しない。マクシミリアンが異国人だとわかっていて、揶揄っているのだ。
「では、あなたにはどんな花を贈ったら喜んでもらえると、マナーブックに書かれているのでしょう?」
「季節折々の花を。ただし、野草の場合は、庭師の嫌う雑草以外で」
彼女の言葉を聞いて、隣の令嬢も吹き出してしまう。
「わかりました。お贈りしましょう。花選びのセンスについての講評も是非頂きたいですね」
「ええ、勿論」
その令嬢の屈託のない笑顔はまるでこの儀礼に満ちた夜会に似つかわしくない程に可憐で目を引いた。
「私は… 」
誰かの紹介なしに名乗るのは気が引ける。だが、彼女の名を知りたい。
マクシミリアンが名乗ろうとすると、彼女たちを呼びに来た紳士によって遮られ、彼女は一度振り返って微笑むと立ち去ってしまった。
それから何度目かの夜会。やっと彼女を見つけた。しかし、運の悪いことに、友人たちは誰も彼女を知らない。いや、正確には顔も名前も知っているが、紹介できるほどの面識がないという。
彼女の隣には、いつもルシアと呼ばれていた仲良しの令嬢がいる。たまに、
この前の様子だと、ブルーノは世間知らずか、使用人をうまく使いこなせない人物だ。彼女も彼との時間を楽しんでいるようには見えない。もう一度話せないものかと思うが、なかなか接点がない。
マクシミリアンは自覚している。この国の伯爵家以上の令嬢たちは、金髪の自分を
今晩もツテがない。
それとなく近づいてどんな楽しい話をしているのかうかがう。
「ディオは一体、何しに来てるの?」
彼女は愛称でその男を呼ぶ。誰なのだろう。
「それなりに、ご令嬢方と交流を図っているよ。
「まあ、お兄様、よく言う!」
ルシアの兄のようだ。
「さっき、サダヴァル家のジュリア様から手紙に返事がない、と」
「ナーヴァル家のマリア様からは約束をすっぽかされた、と。不名誉な行いばかり耳に入ってくるじゃない!」
ルシアと彼女が責め立てている。
「返答に困るような自分語りの手紙には、答えないよ。それから、約束なんて誰ともしていないから、それは濡れ衣かな… 」
ディオはのらりくらりとかわしている。
「あちこちのご令嬢方の気を引くだけ引いて、後始末をしないのだから、その内、夜道で襲われるわよ」
「そうよ。兄様と踊ったことのない令嬢はもういないって言われてるのよ」
「紹介される都度、社交辞令で踊っているとそうなるかな… 」
「もうちょっと真摯に対応した方がいいわよ」
「そうよ!」
紹介の都度と言うと、相当律儀か、ダンス好きか、女好きか、考えなし、かのどれかだろう。
「まあまあ、二人ともそんなに熱くならないで… 最終的には一人としか結婚しないのだから、問題はないさ」
「そういうところよ!薄情者」
「本当。顔がいいからって胡座をかいていたら、誰にも見向きされなくなるわよ」
なるほど、そんなに美青年なのか。ディオと呼ばれる青年の顔を見たいが、振り返るわけにはいかない。
「イネスはどうなの? 今年デビューは遅すぎだろう。ルシアを待つ必要はなかったよ。結構、とうが立ってると思うけど?」
「失礼ね。まだ十九よ」
「今日みたいなベビーピンクのドレスを着るには、貫禄が出すぎだよ」
道理で落ち着いているわけだ。しかし、今日の装いは彼女の美しさを引き立たせているように感じた。もう一度、眺めたいが、それなら、少し離れなければまずいだろう。
今、振り返って『先日、花の選び方の話をしましたね…』と言ったら、それとなく会話に入れるだろうか。
誰かわからない、という反応をされたら、その次はないだろう。そんな賭けには出られない。
「おい、マックス、ぼうっとしてるけど大丈夫か?」
友人のマリオに声を掛けられ、我に返る。
「ああ… すまない… 」
マリオを連れて、居た場所から少し離れる。
「最近、付き合いが良くてありがたいけど、疲れてるなら無理するなよ」
マリオが新しいグラスを差し出す。
「ありがとう。実は、イネス嬢と話したいんだ。何とかツテを作ってくれないか?」
「おぉ… マックスがそう言う話をするとは思わなかった… イネス嬢は交友範囲が狭いからな… 」
「知ってるよ」
「普通に声を掛ければ?」
「下心が見え見えじゃないか? 勘繰られて、不審がられて、避けられるのがオチだよ」
「まあな… きちんと手順を踏むべきだろうね、彼女の場合… 」
「どういう意味?」
「彼女とルシア嬢には四人の目付役がいるからな… 幼馴染の六人グループで、彼女らの兄だよ。よく一緒にいるだろう?」
「確かに…」
「どちらの親が厳しいのかわからないけど、エチケットを守っていないと牽制されるよ」
「夜会の女主人に頼めば?」
「名指しで頼んだら、すぐ噂になるだろう…」
「確かに… それなら、メンデス子爵夫人は?顔が広いからな。あとは、目付役と仲良くなるとか?」
「きみは目付け役の誰かと面識ある?」
「ルシア嬢の長兄のレナート殿なら… しかし、一番厳しい目付役だからな… 外国人の君では紹介されないかもしれない。ところで、結構… 本気?」
「わからない… 気になってはいるけれど、外国人だからな、こちらは」
「ほお… 君は外国人でも問題ない、と?」
「… 軽い気持ちで声を掛けられない程度には…」
マクシミリアンがため息を吐く。
「名乗らずに話したあの晩に戻ってやり直したい… 自然な出会いだったのに… 」
「人気の金髪君にも、そんないじらしい悩みがあるんだな…」
学友はため息を吐くと、マクシミリアンの肩を抱いて慰めた。
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