第17話 名前


『あなた以外? そうね』

「……」


 長が思い出そうとしているその間も手袋をぬっている手は休めない様にする。


 ――それにしても、意外に覚えているなぁ。


 この『かぎ針』をおばあちゃんから教えてもらっている時は、なかなかうまくいかなくて時には泣いてしまった事もあった。けれど、何度も繰り返し練習した事で手が覚えているのか、意外とスムーズにぬえている。


 ――覚えてしまえば後は簡単なんだけど。


 その覚えるまでが大変で、気を抜くとぬう順番を間違えてしまう事もある。だからこそ、注意が必要なのだけど……。


 ――なんでおばちゃん。あんなに早くぬえたんだろう。


 思わずそう思ってしまうほど、おばあちゃんはぬうスピードが速く、それでいて正確だった。


 ――しかも、針と糸に関してはあまり手元を見てなくてもぬえてたし。


 でも、おばあちゃん曰く「結局は慣れ」なのだそう。


 ――あそこまで行くのに私はどれだけかかるのかなぁ?


 なんて思わず遠い目をしていると、 長は何か思い出したのか「ああ」とちいさくうなずいた。


『少し前のことだったかしら。橋の下でね。ほとんど毎日練習をしている男の子がいたのよ』

「男の子」


 そう言うと、長は「ええ」とその時の事を思い出しているのかまたおだやかに笑う。


『あまりにも一生懸命にしている練習してたモノだから……つい応援してあげたいと思ったのよ』


 照れた様に答える長は、どことなく私と変わらない様にも見えた。


「……そうですか」


 ――かわいいな。


 私なんかよりずっともえらい人のはずなのに、どことなく話しやすい。それがこの人が長である理由なのかも知れない。


「……?」


 ――でも、なんだろう。


 少し、むねがざわついた気がした。


 ――気のせい?


『でもね』


 ここで長が言葉を続けた事で私はハッとして長の方を見る。


『私に出来る事なんて少ないでしょ? それに、彼に私の姿は見えない事は分かっていたから、どうしようと考えて……ね』

「それで……キーホルダーを作る時に?」


『学校の授業? だったかしら。これでも長い間。人間の事は見てきたつもりだったから……大体何をしているのか知っているから』

「じゃ、じゃあ。あなたが力を貸したのは純粋に応援をしたいという気持ちから」


 そうたずねると、長は少しだけもうしわけなさそうに。


『ちょっとだけあなたに気づいてもらえたらって気持ちがなかったワケではないけどね』


 そう言っていたずらっぽく笑う。


『あきれた……かしら?』

「……いえ」


 確かに、ちょっとズルをしようと思ったのなら、言いたい事はあるけれど、こうして手袋を作っているのだから、結果オーライというヤツだろう。


「……出来ました」


 最後にハサミでパチンと毛糸を切ると――。


『ありがとう……。実はね。この手に関しては正直、あきらめていたところがあったの』

「え」


 長はそう言ってそっと手袋に触れる。


『もう……ずい分と昔に汚れてしまったから』

「……」


 さっきのようせいさんが言っていた事が本当だとしたら、彼女のこのケガはそのまま種族のようせいたちの悲しみだろう。


 ――そのケガが増えるたび……きっと悲しむのだろうな。


 多分、このケガは完全に治るモノではないだろう。


 ――でも、私こうしてちりょうする事によって少しでもいやしてあげられるのなら……出来る限りの事はしてあげたい。


 そううれしそうに見ている長を見ながら思ったのだった――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「――ありがとう」


 長が帰った後。私はすぐに二人にお礼を言った。


『ん?』

『何がだ』


 ただ二人は何のことを言っているのか分からないのか、キョトンとしている。


 ――本当に分かっていないのかな?


 そう思うと少し笑いそうになる。


「――助けてくれて」

『ああ! 気にしないで!』

『まぁ、色んなヤツから聞いてはいたからな』


「え、聞いていた?」


 そういえば、さっき長も似た様な事を言っていた。


『ああ。人間をきらっているヤツがあやしい行動をしているってな』

『私は多分、それがこの子じゃないかって聞いたんだけど……』


 そこで女の子の表情が暗くなった。


「どうしたの?」


『実はその話を聞いた時にはすでにその子があなたの元に向かったって別の子から聞いて……』

『ああ。それを聞いた時はさすがにきもが冷えたな。でもまぁ。長が自分たちの種族の行動を知らないワケは……なかったな』


 どうやら二人が急いで私の元に向かっている途中で長たちの一行と会ったらしい。


「え。長って、自分の種族の行動を全部知っているの?」

『全てを……とは言わないけど、結構分かるみたい』

『しかも、今回お前にやみまほうを仕かけてきたヤツは種族の中でも結構上の位だったからな』


「そ、そうなの?」


『まぁ、上の位にいるからこそ、自分たちの長が人間と関わるのを避けたかったんだろ』

『相手がいやし手の話を知っていても……ね』


 ――それくらい、ようせいさんたちにとって人間は悪い存在とされているんだ……。


 それを思うと、さみしい。


「あ、そういえば……」

『ん?』


「あなたたち。名前って?」

『え? わたしたちに名前はないよ?』


「そ、そうなの?」

『まぁ、なくてもこまらないからな』


 ――それは……そうかも知れない。


 そんな事を思ってしまうのは……全く気にせず笑っている二人を見ているからなのだろうか。

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