第8話 戸惑い


 池里くんはいつも昼休みにサッカーをしているけれど、そもそもサッカークラブだ。


 毎日……とは言わないけれど、放課後によく学校のグラウンドで練習しているのを見た事があるからそれは知っている。


 ――でも、サッカークラブって……人数多いんだよね。


 そして、サッカーのルールはあまり詳しくはないけれど、一つの試合に出られる人数も決まっているらしい。


 ――だからこそ、みんな試合に出たくて練習をがんばって……。


 池里くんの言う「レギュラー」は多分、その試合に出られる人の事を言っているのだろう。


「でも……外されたって。え、どう……して?」


 改めて聞くと、池里くんは首を小さくふる。


「分からない。なぜかキーホルダーを外したら次の練習試合で外された」

「……」


 ――なぜか。


 その理由は本人にもわからない。だから「なぜか」なのだろう。


 ――色々な事を試したかったから……なのかな?


 池里くんが外されたのは練習試合。公式の試合ではない……けれど。


 ――いきなり外されたら……ショックだよね。


「……悪い」

「え?」


 池里くんは私が何かを言う前にあやまった。


「こんなのただの言い訳だな。ただ、このキーホルダーをランドセルに付けてから周りが変わって戸惑った」


 確かに「キーホルダーを付けた」だけで突然女子の応援が増えたりレギュラーになったりすれば……。


 ――戸惑っちゃうのも仕方ない……かも。でも……。


「そ、それをどうして私に?」


 そう、それが疑問だった。


「何となく……だれにも言いたかったっていうのもある。ただ、それ以上にこのキーホルダーに気が付いてくれたから……だな」

「え? 気が付いてくれた人。いなかったの?」


 思わずそう聞いてしまうくらい、このキーホルダーはキーホルダーにしてはかなり大きい。


「ははは、不思議とな。休みの日にサッカーに行く時に使っているリュックにも同じ様な物を付けているけど……そっちも気づかれた事。ないなぁ」


 池里くんはそう言って笑う。


「そ、そうなんだ」


 笑う池里くんに、私は思わず顔をそらした。


 ――わ、分かってはいたけど……さすがに女子からキャーキャー言われるだけの事はある……かも。


 さっきまでは池里くんよりも少し遠くを見る事で何とかなっていたけれど、ふいうちの笑顔はさすがにどうしようもない。


 ――それにしても……これだけ大きいのに気が付かないって事。あるのかな? その場……いや、目の前にあるにも関わらず気が付かない……あれ? コレって……。


「……」


 そこでふと私の頭の中には「ようせいさん」が出て来た。


『ねぇ、コレって……』

『ああ。かもな』


 そんな時に聞こえた二人の声に耳をすますと、何やら話をしているみたい。


 ――ものすごく気になるけど……。


 ここで二人に話しかけたら「どうしたのだろう?」と思われてしまう。


 ――だって、池里くんは二人の姿は見えないはずだから……。


 それにも関わらず二人に話しかけたら、池里くんからは大きなひとり言を言っている「変なヤツ」だ。


 ――さすがにそれはイヤだな。


 ここで会ったのはぐうぜんで、これからも仲良く……とはいかなくても、せめてこの時だけでも「話し相手」ではいたい。


「どうした?」

「え……なんでも……ない。そ、そういえば今日はどうしてここに?」


 私はとりあえず話題を変えようと池里くんにたずねる。


 ――まぁ、気になるのは事実だし。


「ああ。また……作ろうと思って」

「また?」


「キーホルダー」


 そう言われて池里くんが持っている買い物カゴをチラッと見ると、確かにそこにはキーホルダーで使うであろう四角いフェルトが何枚か入っている。


「今の時期なら学校の人はだれもいないと思っていたんだけどな」

「え……と、ごめんなさい」


 ――そうだよね。まさかいるなんて思わないよね。


 それを思うと、少しもうしわけない。


「いや、悪い。そんなつもりで言ったんじゃない。ただ……ちょっと気まずくなると思っただけだ」

「?」


 どういう事なのだろう。


「いや、なんか……こう……男が手芸っていうのも……さ」

「え、それが……?」


 何か問題があるのだろうか。


「な、なんかイメージというか……さ」


 ――ああ、そういう事か。


「え、と。私は別に。その人がやりたいならやればいいし、作りたいと思うのならそれで……」


 ――だれかに迷惑をかけているワケでもないし。


 そう言うと、池里くんはどこかホッとした様子で「そうか」と答える。


「あ、でもここで会った事は……」

「大丈夫。だれにも言わない……というより、言う人がいない」

「それは大丈夫とは言わないと思うけどな」

「ううん、大丈夫。慣れているから」


 そう「慣れている」のだ。


 ここ二年ほどは周りに友達がいたけれど、その前はいなかった。ただ、そのころにもどるだけの話。


 ――まぁ、いた時間が短かったのもあるけど。


 途中から友達を作る事をあきらめていた私としては久しぶりの「一人」だ。面どうな事もあるけど決して不便ではない。


「……そうか」


 そんな私を見た池里くんは小さくそうつぶやき、目の前にあった黒い糸をカゴに入れた。


「じゃあ……また会ったら話そう。ここで」

「え」


「学校では難しいかも知れないけどな」

「またって……え? よく来ているの?」


「ああ!」


 どうやら池里くんは私が知らなかっただけでよくここに来ていたらしい。


「いつも大体この時間だから!」

「え、ちょっ!」


 チラッと時計を見た池里くんは、戸惑っている私をそのままにレジへと向かって行ってしまったのだった――。

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