第7話 少しいびつなキーホルダー


 ――こ、このまま何も言わずに立ち去るのも……。


 むしろ変な印象を与えてしまうかも知れない。いや、その印象しか与えないだろう。


 ――変な人と思われたくはないなぁ。あ、でもちょっと待って。


 今の私はランドセルを持っていない。しかも、私は一方的に彼の事を知っているけど、逆に彼が私を知っているとは限らないのではないだろうか。


 ――体育とか実験とかくらいの移動教室でしか教室から出ないのだから……。


 それほど交流がなければもしかすると同じ学年だという事すら知らない可能性もある。


「……」


 ――それはそれでちょっと悲しいな。


 でも、今はむしろそっちの方がありがたい。


 ――こんなマンガやアニメなどの物語のように「ひょんな事がきっかけで」なんて事はない! 結局は……。


 学校で「こんなヤツに会った」とか話されて……ううん、そもそも記憶にすら残らないかも知れない。


 ――記憶にすら残らない方がいいけど……。


 でも、学校で笑い者にされるのもイヤだ。傷つきたくはない。でも、面どうな事にも巻き込まれたくもない。


 ――だって……目立つ人といるという事は、その近くにいる私も目立ってしまうという事だよね。


 ただ、今の状態は上手くいけば「友達を作れるチャンス」とも言える。


「……」


 ――いや! ない!


 そもそもこんなだれにでも注目される様な人が私に話しかけきて、しかも友達に……なんて事はない。


 ――それこそマンガとかだよね。


 なんて事を頭の中でグルグルと考えていたら……。


「なぁ」

「は、はい!」

「そんなにびっくりしなくてもいいだろ」

「いや、あはは」


 ――いきなりだったから……。


「確か、いつも教室でさいほうをしている……よな?」


 彼はさっきの無表情ではなく、ニコリと小さく笑って普通に話してきた。


「あ……う、うん」


 こういった場合。どういったリアクションをするのが正解なのだろう。


 ――かわいらしく「そうだよ?」とか言うべきだった?


 そんな事を答えた瞬間に思ったけど、そもそも男子と話をするのは「ようせいさん」の男の子以外ではほとんどきおくにない。


 ――学校でもプリントをもらった時とか返事をしないといけない時以外はしない……かも。


「……」


 なんて、今はどうでもいい事を考えていると……。


「……そっか」


 池里くんはそれだけ答え、糸を持っている私の隣に座った。


「……」

「……?」


 ――ど、どうしたんだろう……。


 せっかく話しかけてくれたのにも関わらず再びの沈黙。でも「何か話した方がいいのかな?」とか「どうしてわざわざ隣に?」とかいろいろと私の頭の中はさらにパニック状態になった時。


 ――ん?


 ふと隣にしゃがむ様に座った池里くんのランドセルにフェルトで作られた少し丸の形がいびつなサッカーボールのキーホルダーが目に入った。


「……」


 ――なんか、光って……る?


 サッカーボール全体が……というよりもぬい目がところどころキラキラと光って見え、私は思わず……。


「それ……」


 そう声に出してしまっていた。


「ん?」

「あ、えと……」


 ――し、しまった! 思わず……。


 でも、私が見た限り『糸』が光って見えるけど、特に光に当たって光っている様にも見えない。


「ああ、コレか?」

「う、うん。自分で作ったのかなぁ……って」


 光っている糸については聞かずにたずねたけれど……。


『おい、目が泳いでいるぞ』


 池里くんにキーホルダーを差して聞き返され、何となく思ったことを言った時。ふいに男の子の声が聞こえた。


 ――そ、そんな事言われたって……。


 ただでさえ「男子と話す」のに緊張しているのに「隣に学校一のモテ男の池里くんがいる」という状態だ。


「……」


ちょっと横を見ると目が合う……なんて状態で「緊張するな」という方が無理だ。


 ――いや、男の子ならだれが来ても緊張するけど!


 それくらい経験がない。


「コレは……家庭科の時に自分で作って……」


 なぜか小さな声で答えると、突然池里くんは暗く表情になった。


「ど、どうしたの?」


 ――まさか、あまり聞かれたくなかった……とか?


 でも、見た限り池里くんのキーホルダーは少なくとも私が最初に作った物よりも全然出来がいい。


 ――私が作った時なんて……丸を作ったはずなのに丸じゃなかったし。


「ああ悪い。実は……なんでかこのキーホルダーをつける様になってから、やたらと女子が集まる様になって……驚いた」

「え」


 ――コレを……付ける様になってから?


 この話は意外だった。


 ――でも、言われてみたら……確かにそうだったかも。


 ある日いきなり……ではなかったけれど、最初は少なった女子の応援も、気が付いたら今の人数になった。


「一回外した」

「うん」

「そしたら女子の数は……確かに減った……が」

「が?」


「外した途端にレギュラーを外された」


 その時の事を思い出しているのか、池里くんは遠くを見る様な目で小さくそう言った。

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