YOUは何しに現代へ?(2)



灰田優は、ほかの二人に比べて運がいいタイプといえるだろう。

ハルカは、知らない土地で野放しにされても適当にやっていける器量と丈夫さがある。

一色蓮はというと、一人でいるとどうしても細かな不運に見舞われやすい傾向にあった。



「お兄さんこんなところで何してたの? 同じところぐるぐる回って」

「……他と違う造りの建物が珍しかったから」

「どう見ても交番じゃないの。お兄さんどこから来たの? 身分証何か持ってる?」



他の家ともビルとも違う、狭いカウンターが中にある小さな建物が一体何なのか不思議で観察していたところをお巡りさんに見つかった蓮。絶賛、職務質問中だ。

どうやら均整局の駐屯所のことをこちらでは交番というらしい。

身分証と言われて右手首を差し出すが、お巡りさんは行為の意味が分からずに首を傾げる。



「持ってない、ってことかな?」

「手首に……いや、そう。本しか持ってない」

「うーん困ったな。誰か知り合いの連絡先とか分かる? ところでお兄さん随分と体格いいねえ、バレーとかバスケ選手だったりする?」



手首にICチップが入っている。本来ならそれで金銭の支払いも身分証の確認も済む。

だが蓮はさっき古い駆動方法を用いた車を見て、ここは蓮のいた時代とは違うと仮決定したばかりだ。

ならICチップでの管理もされていないかもしれない。

駐屯所の職員も与太話を交えて情報を聞き出そうとしているが、酔っ払いでもない意識のはっきりした大人の迷子の扱いに本気で困っているようだ。


さて蓮の方もいよいよ困った。

携帯端末は持っていないし、あったとしても優やハルと連絡が取れる気がしない。

現在地の説明も難しい。

更には行く宛もない。というかICチップで決済できないとなれば実質現在一文無しということになるのでは?



「ひとまずこれにお兄さんの名前と住所、連絡先を書いてもらって……」

「そこの。一色蓮か?」

「……?」



自分の名前を呼ばれ反射的に振り向く。

交番の入り口には和装で杖をついた初老の男が立っていた。

流石の蓮も、現れたその男を見て目を瞬かせる。

どうやら知り合いらしいと判断したお巡りさんが、まるで自分が助かったかのように安堵した。



「お連れ様ですか、ああ見つかってよかった!」

「いい大人が迷子とは。面倒をかけたな。ほれ、行くぞ」

「……ああ」



ひとまずここは、機会を利用させてもらい一緒に外に出る。


彼はやはり脚が悪いようで、杖をつきながらゆっくりと進んでいた。蓮もこれを急かすほどせっかちな性格はしていない。

しばらく歩いた後に、気になることをいくつか男に提示する。

どうにも蓮はこの男に既視感があったのだ。



「……名前、教えてほしい」

「私か? シグマだ」

「やっぱり」

「何だ、私のことを知っているのか?」



シグマ。剣と魔術に通ずる生粋の武人。

だが今目の前にいるシグマはよく似た別人。

蓮の知るシグマと比べると筋肉の付き方がまるで違うし、特筆すべきはやはり右脚か。

裾から覗く足首を観察する限り義足には見えない。



「立ち話も何だ、店に入るとしよう。この時間だとファミレスくらいしか開いておらんが」



二人は少し先に見えている明るい建物を目指すことにした。








すでに時刻は20時を過ぎている。

そんな遅い時間にやたらと高身長かつ体格もいい蓮が交番の周りを何周もしていたら、当たり前に声を掛けられるだろう。


ピークも過ぎて客も減ったが、煌々と明かりをつけた近くのファミレスにシグマが連れていく。

近くに来ればほのかに漂う食の香りに、昼から何も食べていなかった蓮も流石に空腹感を覚えた。

蓮はシグマの斜め後ろをついていくが、扉が近づけば蓮を振り向き少し煩わしそうな表情で扉を杖で指した。

開けろ、ということか。やけに隙間の多い扉だと思ったが、手動なのかこの扉。



「それで、俺よりも事情を知っているようだが一体……」

「まあ待て。色々聞きたいことも多かろうが、好きなものでも注文して待っていろ」

「……メニューは見つけた。注文パネルはどれだ?」

「そのボタンを押せば店員が来る。 …………ああ、カリン。それらしき男を見つけた。駅の近くのファミレスにいる、迎えに来い」

「カリンまでいるのか」



ピークも過ぎた時間。客席はいくらでも空いていたので、シグマが自分の使いやすいボックス席を選んだ。

蓮も同じブロックに入る。

質問したいことはたくさんあったが時間がないわけでもないので、シグマに従ってまずは食欲を優先させた。


だがボタンを押すとアナウンスで店中にチャイムが鳴ったことに驚き、シグマがおもむろに始めた通話の相手がカリンという更に見知った人物の名前で再び驚く。

時間をかけずにホールスタッフが直接メモにオーダーを取りに来たのも驚いた。

予想外のアナログさ、驚愕の連続に辟易した蓮は眉間を押さえて俯く。



「……こうも異文化を立て続けに体感するとしんどい」

「疲れた顔だな。今のうちは休んでおけ」

「ひとつだけ聞きたい。シグマ、その脚は生モノなのか?」

「……お前の知っている私とはどういう人生を送っているのか途端に興味が湧いたわ」



質問は後からまとめて受け付けようとしていたシグマもこれには片眉を上げて興味を示した。


だがやはりその反応から察するに、蓮のよく知るシグマと目の前にいるシグマは同一人物ではないらしい。

自分が斬り落とした脚を再び生身で生やされたとしたら、いくら蓮といえどもどういう気持ちが湧くかわからない。それもそうだ。


蓮は運ばれてきた料理を、シグマは蓮に淹れてこさせたコーヒーを嗜みながら時間を過ごす。

シグマが壁にかかっている時計を一瞥して口を開いた。



「私もカリンから大まかにしか聞いてなくてな。お前を探している者がいると言っていたが、しばらくすれば来るだろうから……」

「ちょい、おま、転けんぞ落ちつ、っあー言わんこっちゃない」

「い、いたい……」



店内に雪崩れ込むような勢いで入ってきた忙しない音に振り向くが、入口の微妙な段差に引っかかったのか誰かが転んで席のパーテーションでちょうど見えなくなった。

だがこの絶妙なおっちょこちょい。一瞬見えた髪。

思い当たる人物が脳裏をよぎる。


転んだ拍子の荒れた髪の流れもそのままに、ドタバタと彼女は蓮の目の前で急停止して机に手をついた。

こちらで初めてシグマを見たときは、それが本当にシグマであるのか自信がなかった。

だが彼女は不思議と腑に落ちる。彼女は間違いなく、



「……優?」

「れ……れんさんだあ゛……!!」

「ん、危ない」

「夜だってのに騒がしいやつだな。おーそんなに嬉しいのか、よかったなァ」



優にも腑に落ちる感覚があったのか、蓮が自分の知る蓮であると気づいた瞬間、目に零れそうなほどの涙を溜めて座っている蓮にしがみついてきた。

非力な彼女の筋力での締め付けに痛みはないのだが、テーブルの上の料理の皿を勢いで引っかけそうだったのでなるべく範囲外へと逃がす。

感極まった彼女の行動をマイペースに追ってきたカリン……と思われし初老の男が眺めていた。



「ひっぐ、れんさ゛ん、もう会えなくなったらどうしようかとおもっだ……」

「まさか優までいるとは思ってなかった」



よしよしと蓮にしがみついた優を撫でて落ち着かせながら、片手では器用に食事を再開する蓮。

自力での推論だった蓮にとってそもそも彼女もタイムトラベルに巻き込まれているとまでは考えが至らず、優ほど深刻に考えていなかったのが大きな要因だろうか。

ヒステリック気味の彼女を膝に乗せながらいまだ満ちぬ空腹感を優先するあべこべな状況を演出していた。

隣に座ったカリンにシグマは温度差も体格差もすごい二人を見ながら尋ねる。



「……親子か?」

「カレカノだってよ。ちっこい方はああ見えて成人してんだと」

「両極端なサイズだな」



シグマがカリンから聞いていたのは見つけたら連絡してほしい人物の特徴。

一人は、黒髪で身長の高い体格オバケ、ちょっと不器用で絶妙に不憫な男。

もう一人は、金髪褐色肌で両耳にピアスをしている、典型的な不良スタイル。

カリンから連絡が回ってきた順番は最後の方だったし、すでに時間も遅かった。

それにカリンの情報網は広い。反対にシグマは行動できる範囲が狭い故に、もし見つけたら~程度の軽い連絡だったはずのだろうが、その電話を受けている最中目の前の交番で該当しそうな人物を見つけてしまったのは一体なんの因果というのか。


このシグマも蓮たちに見覚えはない。

さりとて不思議と懐かしさを覚えるような、長く面倒を見ることになりそうな、そんな気がする。

奇妙な縁があったものだ、と感心していた。










「俄かには信じがたいが、お前たちが未来人だということは理解した。我々と同名の空似した人物も知っているとも」

「お前らの知ってるカリンとシグマっての、めちゃくちゃ気になるなァ」

「うーん、それを話すのは全然構わないんだけど……」



追加注文したファミレス定番のポテトフライをつまみながら、優は眉間を寄せる。鼻先はまだ赤いがヒステリックからは立ち直っていた。


ようやく腰も落ち着けたことだし色々話そうかとしていたカリンだが、優はまだ現状に思うところがあるらしい。

彼女の窺うような意味深な視線を受けて蓮も片眉を上げる。



「……もしハルまでこっちに来ているなら、一人にしておくのは少し不安がある」

「だよね。ハルさんを知らないところで放っておくのはちょっと怖いというか、博打的というか」

「年長なんだろォ? いい大人なんだから多少放っておいたところで死にゃしねーよ」



そこかしこで事件が起きる治安の悪い国でもない。

優も蓮も昼間の大通りの様子や暮らしている人たちの顔や雰囲気を実際に見ている。自分たちのいた未来より随分と平和で緩やかな時間が流れているような気がした。

ならばカリンの言う通り、自分たちの不安は杞憂で済むだろうか。


いい大人、と言われれば確かにそれもそうだ。

ハルは少々沸点が低いところがあるもののれっきとした大人であり、ハルの大人らしい立ち回りや機転に助けられたことは一度や二度ではない。

心配のしすぎもよくないな、と肩の力を抜いたところで、さっきからカリンの作務衣の腰元を凝視していたシグマが口を挟む。



「うーん、そうだよね。ハルさんのことだし女の子ナンパして適当に過ごしたりとか……」

「おいカリン、さっきから携帯か何か鳴ってないか」

「あン? お、気づかなかった。……おう、俺だ」

「……こっちのカリンも老眼酷いんだな」



シンプルな小型タブレット……こちらでは携帯電話とかスマートフォンと言うんだったか。

それをポケットから出して、かなり大きく表示されているはずの画面を更に遠目に離して操作し通話を繋げた。

こちらのカリンの酷い老眼に安心感を覚えたのは優だけではなかったようで嬉しく思う。失礼な話だ。


通話が繋がりカリンが耳元に当てようとした瞬間、何かを殴ったのか衝突したような鈍い音が聞こえた。音に驚いたカリンが一瞬耳から遠ざけ、再び耳を付ける。



「俺だ。おいどうした」

『すいませっ、カリンさん! 金髪褐色肌の男の方が見つかりました!』



漏れ聞こえる会話からは、やっぱり悪い方の予想通りどうしても明るい展開が想像できない。優は両手で顔を覆いしくしくと悲しむように蓮の身体に凭れかかった。







喧嘩慣れしたハルだからこその持論なのだが。


喧嘩においてまず互いの力量が完全に釣り合うことはまずない。

そうなると勿論、強い方が手加減をしなくてはならない。

つまりこの場合はハルが手加減している側である。

しかし手加減にも限度というものがある。



「つっまんねー。テメェらこれ本気か? そりゃ嘘だろ」

「おい連絡したのか!? ずっとは足止めしてらんないぞ!」



今現在何人かに囲まれているが、囲むだけで積極的に手を出してこない。

構図的にはただ1匹の恐竜を囲んで抑えようとする逆ジュラシックワールド的な状況である。

ろくに喧嘩らしい喧嘩もできずどこに行く宛もない。比較的人通りの多い通りに出てきたものの、イマイチ目を引く女の子もいない。

ちょっとイイな、と思った女の子に声をかけても怖がられて逃げられてしまう。

ハルの機嫌は斜め下向きだ。



「なァ鬱陶しいから。人の周りでちょこまかすんなよぶっ飛ばすぞ」

「すんません探してたんすよ、"ハルカ"さんですよね!?」



プチ。


ハルはハルカというファーストネームのみで、ファミリーネームは持っていない。そして彼は過去散々バカにされたおかげでフルネーム呼びを嫌っている。

いつもなら初対面の人間から初回なら大人の対応サービスで見逃しているが、不機嫌なところに爆弾の投下。

あ、に濁点がつくほど低い声が喉から漏れて取り巻きが怯える。



「俺を怒らせるのが上手いじゃねェか。今更売った喧嘩が非売品だなんて言ってくれンなよ? なァ」

「ぜっ、全員で囲め! 押さえろー!」



目の色が変わった彼はまるで肉食獣に見えた、とモブくんは後に語った。







「この時代ですごく悪いことしたらどこに飛ばされるんだろ……砂漠ないみたいだし、海に捨てられたりとかするの?」

「流石のカリンもそこまではしてないと思ったが、一体何の話だ?」

「おいシグマァ、いっぺん聞きてェんだが俺のこと何だと思ってんだ?」



カリンの運転で探し人であるハルの情報があった場所へ向かう車内。

後部座席に座った優の不安を興味深げに助手席のシグマが拾う。

蓮は優の隣で静かにしている、と思いきや車内構造やカリンの運転を観察している。少なくとも暇ではなさそうだ。


こういう掛け合いを見るに、同居まではしていないもののこちらのカリンとシグマも仲が良さそうだ。高頻度で顔を合わせるようだし、そういった意味ではもといた時代の二人と大きく差はないだろう。



「ハルカっていったか。お前らの中では年長だとは聞いたが、実際どんなヤツなんだよ」

「……ハルのことをハルカとフルネームで呼ぶのはやめた方がいい。何度も呼ぶと手が付けられなくなる」

「怒りっぽいとは違うけど、はっきりした人だよ。お師匠は好きだと思うな」



会ったこともない男と自分が近しいと言われてもまるで想像がつかない。

二人が言うには、もとの時代に居たカリンとこれから出会うハルというのは因縁の深い間柄だったようだ。

まあそんなことも会えばわかる。


聞いた場所が近づけば、なにやら道の隅に人が集まっていた。恐らくあれだろう。

適当なスペースに車を置いて、真っ先に降りた優はハル(と被害者たち)の安否を確認するため人を掻きわけて行った。



「ハルさん! 喧嘩はだめ……って、あれ?」

「おー、優じゃん。お前も飛ばされてたのか。っつーことは蓮も来てンのか?」

「居る。……杞憂だったなら良かった」

「キユー? 何が?」



二人の顔を見たハルはさも偶然出かけた先で会ったかのような自然さで声をかけた。

優はカリンの電話口の様子からさぞ見つけたハルは猛り狂い、手当たり次第に器物破損と傷害で怪獣のごとく暴れているものだと思っていた。

なのにそこにいたのはいつもの(?)大人しい時のハル。



「お前ら知ってたか? 俺たちの時代より200年以上前なんだってさ」

「それは……知らなかった」

「リージョンの上じゃなくて、地表に直接建物作るんだよ。人口もスゲー多いし、好き勝手海超えて人が出入り出来るらしいぜ」



ホイホイ勝手には出入り出来ないですよ〜とハルを囲んでいる人たちのうち一人のお兄さんが面白そうに笑って教えてくれる。

彼を囲んでいるお兄さんたち、中にはお姉さんもいるし年齢層にもバラつきがあるが、みんな同じような和気あいあい仲良しらしい雰囲気だ。

めっちゃ未来人設定引きずるじゃんとか、現れた蓮と優を指して未来人仲間だ、とか言われながらもすごく自然にこの時代の人たちと溶け込んでいた。

確かにハルはコミュニケーションのとり方が上手いとは思っていたものの、まさかこんなところで。ハルが堅実に役立つ情報を入手していることに優は唖然としていた。


シグマの降車を手伝っていたカリンがようやくグループに顔を見せる。

彼もこのわいわいとした雰囲気は予想していなかったのか、呆気にとられた顔をした。



「なんだオメェら、もうソイツと仲良くなったのか?」

「カリンさん、この人面白いですよ。話聞いてやってください」

「ハァ? カリン?」



優や蓮はこのカリンに出会ってしばらく行動を共にしているので、自分たちがよく知るカリンと今一緒に居るカリンの相違を分かっている。

だがそもそも二人が知るカリンとの関係は、ハルとカリンの関係の長さに比べれば大したものではない。

みんなからカリンと呼ばれたその人を見て、ハルは怪訝な顔をする。

それもそうだ。ハルだからこそ、優たちよりも目の前にいるカリンに強い違和感を覚えるのだろう。


だから。

ハルは自らが最も得意な方法でその人カリンを確かめる。

自身の重心を相手より低い位置に落とす左足の踏み込み。

腰の高さで固く握った拳。


今まで自分たちと仲良さげに談笑していたハルの急激な動きを細かに認識できた人は多くない。

左手指の付け根で挟んだタバコを口元に当てていたカリンは唯一の特等席ポジションで見られた人だろうか。


ハルの拳が打ち込まれる直前に、ハルは割り込んできた人物に顔からぶつかり勢いが殺された。



「ぶへっ」

「っ、ハル、ここでは止めろ」

「びっくりした……やっぱり暴力沙汰になっちゃうのかと」

「チッ! じゃあ後でもいいから説明しろよ」



わかったけど後でと優に宥められて、勢いづく前に蓮に抑えられた拳をほどいて下がる。

その時タバコを口元に当てている手で隠された唇が弧を描いていた、それが見えたのはシグマだけだった。



「カリン、お前」

「さァて嬢ちゃん。お前が言った二人を見つけてやるっつう取引はこれで成立だ。そうだろ?」

「ん……そうだね。無事に二人とも見つかったし、感謝してる」



カリンはシグマの言葉に被せるように前に出た。

優の肩が掴まれる。日常的に喫煙するカリンの手に沁みついた香りに、優は僅かに眉を寄せた。


誰が見ても悪い顔をしているカリンの表情に、意味まではわからずとも蓮は内心焦る。

これまでずっと彼女の傍にいた蓮が、ハルを止めるために離れたこのタイミングを狙われたような気がするからだ。

蓮が彼女に近寄ろうと踏み出した一歩をカリンは諫めるような視線で制したのがその証左に思える。

クッ、と吊り上がった口端も見てしまえば懸念は確信へと変わる。


それはハルも同じ感じ方をしたようで、おいテメェと詰め寄った。

だがその彼を止めたのは優の方だった。



「待って。本当に感謝してるんだよ、この人が声かけてくれなかったら私どうしていいか分からなかったから」

「いいねェ、義理堅いヤツは好みだぜ? んじゃぁ約束通り、お前の……」

「だから私は、あなたにより良い提案をしたい」



肩からカリンの手を滑り落とすように身体の向きを180度変え、向き合う。

これは逃げるための行為ではないと、掴まれたまま繋がっている右手が示していた。

当初の予定と違うことにカリンは浮かべていた笑みを消し、しかし彼女の言葉を待った。



「こう言っちゃなんだけど、見た目通り私って肉体労働は専門外だし、結構身体も弱いんだよね」

「だろうな」

「勿論、私にできる協力なら是非任せてほしい。とはいえ、こんなへなちょこな私を使うよりももっと頑丈でへこたれない、そんな人材の方がお力になれるんじゃなくて?」



彼女がその小さな背を向けた側、背中を預けるように、またそれを守るように、二人の姿がそこに見えた。

一瞬だけカリンの言葉が詰まる。



「……、テメェ」

「フ、ククッ。カリン、その小娘の勝ちだ。素直に認めろ」

「ああ゛? ざっけんなコイツこの期に及んで……!」

「今の間、頭で勘定したんだろう。お前とその娘の取り決めは知らんが、娘の言う代替案の方が価値が高いと値踏んだな」



まさか彼よりも随分と若年の女子に言い負かされるカリンなど。

これは久しぶりに珍しく面白いものを見た、と言わんばかりに笑いながらシグマは口を挟んだ。


カリンには考えていたプランが勿論初めからあった。だが言う通り選択肢の増えた優の提示した条件は元のプランより扱いやすそうだとも思ってしまった。

追い詰めた獲物に思いもよらぬ方法で逃げられたような。試合には勝ったが勝負に負けたような。

久方ぶりに味わわされた、他人の筋書を歩まされる屈辱。



「こンのガキ……」

「本心だってば、そんな怖い顔しないでよ。ちなみにオススメはハルさんの方です。少しくらいの無理も無茶もへっちゃらだし要領の良さはダントツ」

「よくわかんねェけど俺は売られたって認識でいいのかコレ」



コホン、とわざとらしい咳払いと背けられた視線にハルが片眉を上げて察する。

詳しい話は明日以降にする、と不機嫌を顔に乗せたカリンがこの場を切った。

解かれた緊迫に、すかさず蓮は優の傍に寄る。



「トンズラしようとは考えるなよ。分かってると思うが俺は人探しが得意なんだ」

「まさか! むしろこれから沢山お世話になりますとも」

「はァ? なんで俺が面倒まで見なきゃいけねんだよ、三匹も」

「せっかく異郷の地で集まったのだ、再び離れる気はないのだろう? カリン、集まった者たちを解散させておくように」



拾ったのはお前だ、とシグマにまであちら側につかれてはカリンも手を上げるしかなかった。

お手上げのカリンがタバコを吸いに離れ、談笑していた皆を集合させこちらから離れたところで、今度の話し手はシグマに代わる。

先ほどカリンが言い負かされたのを見てから大層上機嫌だ。



「あやつはああ言っているがな、よほど不自由なことにはならん。そこまでマメな性格でもないからな」

「性格までソックリさんかよ。さっき蓮が止めなけりゃヤれたのに」

「……周りの反応からして日常的に不祥事に慣れている人ばかりとは思えない。あまり注目を集めない方がいい」

「賢明だな。さて、礼といってはなんだがお前たち。行く宛はないのだろう? ならば私が身元保証をしてやらんでもない」

「シグマさんが? ……乗り掛かった舟がドロ舟じゃないといいんだけど」



ここまで来て拒否権などない。

優は訝し気に眉を顰め、蓮はただ首を傾げ、ハルは既に興味なさそうな欠伸を零す。

ただ三人は知らなかっただけである。

こちらの世界のシグマという人物が、好々爺と笑みを浮かべることができるのだということを。




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