HHH!

@_SMOG

現代パロディ(導入)

YOUは何しに現代へ?(1)



それはあまりにも突然だった。


時刻は午後2時を過ぎた辺り。

平日であるからにして、灰田 優は仕事中の時間。

小休憩も兼ねて、デスクを離れお花を摘みに。

ついでにドリンクサーバーからアイスティーを入れて、端末を弄りながら自席のあるエリアに戻る。



「………………、え?」



手元の端末に集中していたとはいえ、毎日使うような道を間違える筈もない。

部屋を区切る扉をくぐったその先は何故か屋外だった。


紛れもなく、外。

沢山の人たちが忙しなく道を行き交い、高さの違うビルが大きな交差点を囲む。

時折吹く風が顔の脇にある髪を動かし、近くの人たちの話し声が耳に入り、何より彼女の目を奪ったのは、



「……嘘」



たとえここが会社の外だったとして、それでも見えるはずがない。

ビル群の隙間から覗く、青々とした空色だった。



所持品:携帯端末、アイスティー






あまりの出来事に数分間その場で呆けてしまったが、いつまでもそうはしていられない。

パッと後ろを確認するが、あるはずの会社の廊下もなければ、後ろにあったのはコンビニに似た小さなストア。

周りの人には、優がここから出てきたように見えているのだろうか。


仕事中だったのもあり、スーツを着ていてドリンクと端末を手にしている、OLの基本のような状態。



「仕事……じゃない。まずここどこ……って、嘘でしょマップが開けない?」



端末で現在位置を確認しようとしたが、アプリがいくらタッチしても起動しない。

他のアプリや機能もそうだ。誰かにメッセージも送れないし、端末で確認できるのは時間だけ。



「どうなってるの……?」



他の人たちが着る服も、よく見れば何となく変だ。

個性的だが、機能的ではない。

自分と似たスーツらしき男性も居る。でもやはりクラシカルで、素材が知っているものと少し違うように見える。

お揃いのスカートとトップスにリボンをした学生くらいの年頃の女の子たちが楽し気に談笑している。


話す言語は大体同じ、そばにいるグループの会話はおおよそ分かる。

でも、こんな場所知らない。


ここは知らない場所で、蓮にもハルにも連絡ができない。

怖い。

さっと血の気が引いて、急に周りが真っ暗になったかのような感覚に襲われる。

実際は明るいのだが、孤独が見せる恐怖が彼女をドン底に押し込める。



「れ……蓮さん、ハル、さん、どこっ? やだ、ひとりこわい、蓮さん、ハルさん……」



目頭が熱くなる。

ギュッと目を瞑る、すると誰かに急に頭を鷲掴みされた。



「何ベソかいてんだチビ」

「あ、え、カリン……お師匠?」

「蓮かハルじゃなくて悪かったな」



作務衣、下駄、白髪交じりのオールバック。

指にタバコを挟んだカリンが、優を見下して不機嫌そうに鼻を鳴らした。






カリンに連れられて来た家、と呼んでいいのか分からないが、そこは少なくとも彼が隠れ家にしているいつものヘアサロンではなかった。

セーフハウスにしては随分明るいところにある。

木でできた平屋、床はツヤツヤツルツルとした木と畳を模したクッション。広いスペースが取られているその場所は、とても寝泊まり生活に向いているとは思えない。



「ねえお師匠、シグマさんは?」

「シグマぁ? 今日は会ってないし知らね」

「一緒に暮らしてるんだよね?」

「そりゃねェだろ、用がありゃしょっちゅう呼ばれるけどよ。あとそっち道場だから。茶ァ出してやっからこっち来い」



奥にさらにスペースがあるらしい。

確かについていけば何とも古めかしい簡素なダイニングのようなものがあった。その奥にもいくつか部屋があるらしい。そっちが生活用か?

変な家の間取りよりも気になることがある。カリンはシグマと一緒に暮らしてはいない、と言った。



「待って、カリン師匠で合ってるよね?」

「合ってる。だが多分お前の知ってる俺じゃねェ。なんだっけ、優つったか?」



2人分の緑茶を淹れて自分も行儀悪く座る。

ひと口啜り、唇を湿らせて目の前のカリンは説明してくれる。



「数日前、見たこともないお前の顔をふと……思い出したって言ったらいいのか? そん時は思い出した事すら分かっちゃいなかったが、今日よく似た嬢ちゃんを見かけたんで声かけたらビンゴってワケだ」

「私の知ってるお師匠じゃないっていうのは?」

「俺は今日までお前に会ったことなかったんだぞ。挨拶はハジメマシテだろ」



混乱してきた。


目の前にいるカリンは知っているカリンと同一人物に見える。

だが何と言うべきか、細かい癖が確かに違う気がした。

優を見る目線は初対面の人物を観察するような、慣れた人物に対するものではない。

タバコは付き合い程度の頻度だと聞いていたが、このカリンは吸うペースこそ早くはないものの日常的に喫煙している様子がうかがえる。



「つうか俺もお前もなんかお互い知ってたからこうしてるがな、知らねえオッサンにホイホイ着いてくんのもどうかと思うぜ。女なんだから気ィつけろ」

「え、はい……」

「んじゃ、次はお前の番だ」



女だから。そんな理由で彼に心配されたのは初めてで、驚きに声が詰まる。


話し手を交代……といっても、まだ状況が把握しきれていない。

何から話したらいいのかすら決まらないので、自分の中での確認も含めて朝からの行動をひとつずつ振り返る。


いつも通り、朝起きて朝食を適当に済ませ準備をして本社へ。

いつも通りルーティンとなっているシステムの保守や点検、調整やその他細かな仕事を片付けつつ……



「そう、気分転換にアイスティーいれて、自分のデスクに戻ろうとして、気づいたらあそこに居たの」

「なんて会社だ?」

「イヅナ精密電子、I.P.E.だよ。聞いたことあるでしょ?」

「いーや全く」



そんな馬鹿な。國に生きていてI.P.E.を知らない人なんて生まれたての赤子くらいのものだ。

大人から子供まで、下層街区の支援をしている一大企業という認識は最低限しているはず。


……そういえばここに来る前、目を奪われるほど明るく鮮烈な青い天井を見た。

あんな場所がどこのリージョンにあるのだろう。



「急に知らない場所にいたって、一時期流行った異世界転生の話みてえだな」

「異世界? そもそも、ここってどこなの?」

「それどのくらいの規模の回答を求めてんだ? 日本だぞ」

「に……?」



嘘だろお前、と小馬鹿にする顔でカリンが机に肘をつき頬を乗せた。

日本、という名称は歴史の勉強をするときに出てくる旧國の名称のはずだ。

カリンとの食い違いによって浮き彫りになってきた事実に、若干の眩暈を覚える。



「……端末、使えなくなっちゃったの。これ時間あってる?」

「なんだそれスマホか。随分派手だから別の機械かと思ったわ。あー……」



カリンが卓上にあった老眼鏡をかけて壁にかかっているアナログ時計と見比べる。

こちらのカリンも老眼が大層進んでいるのは同じなようでほんの少し安心した。

老眼鏡を額に上げて端末を返してくれる。



「時間はあってるし、日付もあってるな」

「日付?」

「西暦と月日出てんだろ、下に」



返された端末が大きくデジタル表示で時間を示すその下に、カリンが言う通り年月日も表示されている。

先ほどはマップを開けなかったことに気を取られて気が回らなかったが、その表示にもきちんと目を向けてみる。

すると確かに、その西暦は馴染みある年数とは遥かにかけ離れた過去の数字が表示されていた。








それはあまりにも突然だった。


しかしこの男には、”突然起こる出来事”というものと大層相性が悪い。



「…………ん?」



一色 蓮は最近、休日に出かけた先の古物商で手に入れた小説を愛読していた。

今も仕事から帰り邪魔な装備だけを脱いで、気になる続きを読むために椅子に座り本を手に取ったところ。

時刻は午後3時から半刻ほど過ぎている。


食い入るように文字を追っていた意識をふとした違和感が引き戻す。

小説から顔を上げた蓮が見たのは、本物の草木、地面、鉄製の遊具。蓮が座っているのは木と鉄であしらわれた横に長いベンチ。

小説でよく描かれる、公園という広場の描写によく似ていた。



「現実、か? ここは……」



一体何が起こった?

蓮は確実に自分の部屋へ戻り、本を手にした。だから今手元には目的の本がある。

本を持ったまま外に出るなどという行動はしていないし、こんな場所が近隣にあるなんて聞いたこともない。

現状の理解をするべく調べなくてはならない。


だがしかし、別の誘惑にも苛まれていた。

読んでいる小説の展開が佳境を迎えている。



「……もう少しだけ」



見える範囲に危険になりそうな障害は見当たらない。

考えなければならなそうな問題を思考の端に除け、蓮は再び手にしている小説のページをめくる。

もしこれが神のいたずらだとしたら、神の完全敗北とも言える瞬間であった。






なんとか、いや結局、蓮が誘惑から抜け出せず最後まで読み切る頃には手元の文字を追うことが怪しくなるくらい暗くなった時間だった。

脳内で物語の余韻に浸り解釈と考察を重ねる傍ら、流石にマズイと自分の置かれた状況の解明を急ぐ。



「ARじゃない。全部、本物の木か」



実際に触れる木や土の感触全て、どう見てもリアルワールド。

しかし國内にこのような場所があるとは聞いたことがない。

公園の外にある住宅はどれも大きく、ひとつひとつが一定以上の間隔を開けて建てられている。しかし空間的なデッドスペースが随分多い。

どうにも、蓮の知っている時代とは違う気がした。

ひとまず場所を移動する。


マップを開こうにも端末は持っていない。蓮の所持品は小説一冊のみ。

知り合いに連絡をとることもできず、人に道を尋ねようにも時間のせいか外に人は見えない。

あてずっぽうに歩みを進めながら蓮もふと首を上に向ける。



「上部に建物がないのは、最上層だからか?」



それにしてはおかしな点も多い。

整然とした道路をどれほどか歩き進み、大きな通りへ出たときに蓮はようやく察した。


古いデザイン、けたたましい駆動音。何より鼻を突いた燃料の匂い。

通りを何台も通過する車たちは、蓮の時代のものではない。ガソリン燃料なんて非効率だ。

もう何度もこれが夢であるかどうかの検証はしている。

否定の可能性も捨てきれないがこれは、過去へのタイムトラベルをしたという非現実的な思考でしか処理できるものではない。

蓮はひとまず目の前の現実を受け入れることにした。








優はひとまず間借りしているカリンの住処、客間の隅っこで膝を抱えていた。

様子を見に来たカリンが覗く。



「うおちっさ。どこいんのかと思った」

「……帰れるんじゃないかなって思ってね、一回目を閉じてみたの。ちょっとだけ寝られたけど、ダメみたい」

「そんなに帰りてェのか?」



膝を抱いたコンパクトな体勢のまま、優の身体がぱたりと横に倒れる。

蚊の鳴くような声でなにか言っている。

聞き取れないのでカリンは近づいて傍にしゃがんでようやく言語を聞き取れた。



「蓮さんとハルさんに会いたい……会えなくなるの、やだぁ……」

「そいつらそんなに大事なのか? はーん」



優の様子に多少なりとも彼女が言う二人のことが大切で心の支えになっているらしいことは伝わった。

しょぼくれる姿が捨てられた子猫のようで、思わずカリンは小指のない左手で髪を混ぜるように撫でる。


家までつい連れてきてしまったものの、いつまでも置いておくつもりはない。

引き渡し先があるなら早々に探すべきだろう。

幸い、探し物は得意だ。

どれほど得意かというと得意な事柄を並べたときに上から3番目に入るくらいには。



「そいつら、見つけてやろうか」

「……え?」



しゃがんだ自分の脚に肘を置いて頬杖をつき優を見下ろしているカリン。

彼の発言を冗談かと思って顔を見るが、それはよく知るカリン特有の表情だ。


優は知っている。

この表情をしている彼は”嘘をつかない”。

堂々と情報を。約束を。彼は”商品”として並べて見せる。



「嘘じゃねェぞ。俺ァ約束は守るタチだ」

「うん、知ってる」

「へェ? 知ってる、ね。ならお前は、」

「「対価として何を提供する?」」



カリンが驚いたように僅かに目を見開く。

同時に、優がカリンを知っているというのは本当のことらしいと合点もいった。


多分、この人とは切っても切れない縁となるのだろう。

状況的にも仕方のないことだ。

優はここでようやく覚悟を決めて彼の手を取った。








それはあまりにも突然だった、ように思う。


今日はオフ。

となれば女の子、もしくはバイク、それか吹っ掛けられた喧嘩の買取査定中。

それがこのハルカという男の日常だ。


しかし今この瞬間だけは珍しくどれにも該当することがなかった。



「くあ……ねみィ」



前日仕事で苦手な作業が故に溜め込んでいた、提出期限ギリギリの報告書や始末書の数々をオフに入る前になんとか片付けたハル。オフの日に仕事の連絡が来るのは心底勘弁だ。


その反動か、買った缶コーヒー片手に道端の適当な段差に腰を落ち着けたところで心地よい微睡みに包まれる。

薄っすらとした意識で帰ろうか、このまま休憩して夜に繰り出そうかという選択肢を思い浮かべた。

思い浮かべるだけで決定までできるほどの意識は既にない。

気持ちいい微睡み、ポカポカと温かいのは柔らかな日差しの心地。



「んぁ……? 日差し?」



柔らかく素肌を撫でる日差しの感覚。

たまに好きでリージョンの外縁部に出かけて日光浴を楽しむハルだが、そんな場所にまで遠出した記憶はない。

わざわざ行かねばお目見えできないような場所で普段は生活しているのだから。


寝ぼけながらも気づいた違和感が覚醒を促す。

身体に降り注ぐ日差し、照らされた腕や身体を見て、その答え合わせに首を上げた。



「マジだ。……おー?」



目が合ったのは紛れもなく太陽。

眩しさにキュッと目を細め、周りを見渡し見慣れた景色ではないことを把握した。


小汚いどこかの路地の隙間。今この短い時間限定で日差しが入る、そんな場所。

転がる空き缶、くしゃくしゃに潰れたボトル、ビニール素材のゴミ、ひとつ隣の明るそうな道には人のいる気配があった。

ハルはそんな人々に忘れられたかのような路地に居る。



「へェ? どうなってんだこりゃ。面白そうじゃん」



ハルは直観で自分が普段と違うどこかに居ると思った。

優や蓮であればそれは違和感を推理して導き出す解答だが、ハルは推理を後付けしていくタイプ。

現状をどうにかするにはまず行動。

ハルは人が居そうな方へと路地を出て行った。



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