第18話牛鬼の馬場信春、推参!
いつからだろう、戦場に来ても震えなくなったのは。
直虎さんのときは僕一人だったから必死じゃなければ生き残れなかった。
一向宗のときは怒りで支配されていて気がついたら機仏を破壊していた。
忠勝のときは生きるか死ぬかの戦いだったから震えている暇はなかった。
よく考えてみると、最初に突然やってきた戦場以外は怯えたり震えたりしなかった気がする。三河国に来てからも征士郎さんとの勝負のときも臆したりしなかった。元々、僕は臆病な人間なのに――
愛と勇気で戦う勇者じゃないのだから、怖がるのは当たり前だ。
勇敢な人間だったらもっと自分の立ち回りを考えてもいいはずだ。
それなのに今、大嫌いな上司のために戦場にいる。
お互いに嫌っている関係のかえでのために戦っている――
「筑波! そっちに数人いったぞ!」
「はい――任せてください」
利家さんが馬上ですれ違いざまに数人の兵士を打ち倒す――そこをすり抜けた兵士に向かって僕は銃を撃つ。一点ではなく多面を狙って。すると血飛沫を出しながら数人の騎馬兵が落馬する。
僕たちは今、馬に乗って戦場である三方ヶ原の中央にいた。
四方八方から敵がやってくる。
こっちは機神を纏っているのに、関係ないと言わんばかりだ。
「どうしますか。まだ時間を稼ぎますか?」
「いいや、十分だろう。ここから東へ向かう。かえで殿を追撃している武田家を挟み撃ちできるかもしれない」
利家さんは機を見るのに敏い。根性が口癖の根性馬鹿だけど、戦場の全体が見えている。
僕は「ええ。結構かく乱させましたから」と馬を利家さんの横に並べた。
「それじゃ、一気に戦場を抜けるぞ。根性のある死兵と化せ」
「ええ、行きましょう――誰か来ます!」
圧倒的な覇気を感じた僕は、振り返ってその方向を見る。
鉄鋼騎馬にまたがった大柄の男――しかも機神を纏っている。
牛もしくは鬼、あるいは牛鬼を模した兜が印象的である。
武田家の武将らしく朱色に染められた機体に家紋が描かれていた。
かなりの重量があると思われる――つまり防御力も計り知れない。
その機神を纏った男は「名のある武将と見えた」と意外と聞こえやすいよく通る美声で指摘した。
「貴様ら何者ぞ?」
「俺は前田又左衛門利家。こっちは筑波博だ」
なんであっさりと名乗ったんだ――と最初は思ったけど、利家さんは槍を握り直していた。相手が強敵だと確信しているのだろう。だから余計な神経を使わないように素早く答えたんだ。
「槍の又左の名は聞いているが、そちらの筑波殿の名は聞いたことがない。初耳だ」
「……あなたは誰ですか? 武田家でも名のある武将だと分かりますが」
牛鬼の機神遣いは「馬場信春という」と言って自分の得物であるマサカリを空中から精製した。
利家さんが「あの四名臣の一人か」と驚いた声を出した。
四名臣とは武田家の武将の中で特別優れた四人の総称だ。
「重臣が雑兵だらけの戦場にいていいのか?」
「重臣だからこそ先頭に立って戦う必要があるのだ」
馬場の背後に続々と鉄鋼騎馬兵団が集まってきている。
自分だけ先行してきたのか。なんて度胸だ。
「それにだ。諏訪家の機神遣いを二人獲れるのなら、好機だと思わないか?」
「大した自信だな。いや、血気盛んというべきか……」
利家さんが馬を移動し始めた。
それに合わせるように馬場もゆっくりと動きだす。
そして両者の間合いぎりぎりでぴたりと止まる。
「言い残すことはないか?」
「……随分と余裕だな。根性が据わっている」
「貴様ほどの達人だと手加減ができない」
二人は何の気負いもなく――互いの間合いに入った。
激突する槍とマサカリ。鈍い金属音と鋭い衝撃音が大地と空気、戦場を揺らす。
「さて、どのくらい持つかな?」
「……お前がな!」
利家さんは燃える槍を繰り出した。
しかし面の多いマサカリに防御される――それどころか、槍の炎が無くなり氷漬けにされそうになる!
「うおおおおおおお! 根性全開!」
利家さんは炎を再燃させて氷を溶かした。
水蒸気が辺り一面広がる――だがその中でも槍とマサカリの応酬が続く。
視界が晴れないのに、相手の動きを予想しつつ攻撃しているんだ。
「うらぁあ!」
「くっ――」
水蒸気の霧から出てきたのは利家さんだった。
正確言えば馬ごと弾き飛ばされた――結果落馬して地面に倒れ伏す。
そこへ馬場が突進してくる。鉄鋼騎馬を走らせて一直線に利家さんを斬ろうと――
「――させない!」
僕は素早く銃を構え、馬場目がけて撃った。
銃弾は機神と鉄鋼騎馬に弾かれたが、動きを止めることに成功した。
その間に利家さんは立ち上がれた。
だけど満身創痍なようで身体がふらついている。
「……一騎打ち、のはずだったが?」
「生憎、言葉や文字にしていない敵との約束を守るほど、僕は人間できてないんで」
僕は利家さんに近づいて馬を下りて手綱を渡した。
怪訝な表情で「何を?」と短く問う利家さん。
「馬、必要でしょう? 馬場との戦いはまだ決着が着いていませんから」
「はっ。てっきりこれで逃げろと言われるのかと思った」
「もし、そうでしたらどうなりました?」
「根性なしと罵倒して殴るところだ」
利家さんは全身を震わせながら馬に乗った。
うん、おそらくこのままじゃ勝てない。さっきの戦いで重傷を負ったようだ。
だから――これで良いんだ。
「――行け! 戦場から離れるんだ!」
僕は自分にできうる機神の出力を上げて――大砲並の大音量を出した。
すると利家さんの乗っている馬は驚いて戦場の東へ駆け出していく。
「なあ!? 筑波! てめえ、この野郎!」
凄まじい速度で戦場から逃走する利家さんは、馬上から僕に「ふざけるなよ!」と怒鳴りつけた。
「俺は、こういうことをしてほしくないから、お前を鍛えたんじゃない――」
遠ざかっていく利家さんの背中を見送りながら僕は一人「これで良いんです」と笑った。
周りを鉄鋼騎馬兵団に囲まれようとしているのに、僕は笑えてきた。
「あははは……さてと、お待たせしましたね」
「……解せぬな。二人でも逃げ切れるやり方はあっただろう」
マサカリを僕に向けながら馬場は困惑していた。
僕は「二人で逃げたら追いつかれる」と言う。
「結局、僕が残って足止めするしかないんです」
「敢えて傲慢と言っておこう。この私と鉄鋼騎馬兵団をたった一人で止められるのか?」
僕は緊張をほぐすように、大きく深呼吸して、それから馬場のほうを見た。
たった一発。
それだけが僕の狙いだった。
「この距離なら、僕のほうが速い――」
両腕を合わせて――
『電磁砲、発射準備開始』
――照準を馬場に合わせた。
「――っ!? くそ!」
短く悪態をついた馬場は馬を走らせる。
だけどもう遅い。
『伍、肆、参、弐――壱、零』
光が一気に収束していき――そのまま馬場へ一直線に放たれた。
しかし残念ながら馬場には当たらなかった。
こちらの攻撃が遠距離だと分かっていたので、僕が電磁砲を放った瞬間、馬からわざと落ちて難を逃れた。
流石は四名臣。戦場の経験が違う。
馬場は電磁砲を撃って疲労困憊している僕に近づいて「よくもやってくれたな」と睨みつける。
「あははは。よくぞやってくれたな、の聞き間違いかな?」
「貴様は危うい。だからここで殺す」
もうやれることはやり終えた。
だけど、まだ死ねない。
僕は死ぬわけにはいかない。こんな理不尽な戦場で死ぬなんて絶対に嫌だ。
「……降伏する」
「なんだと?」
「僕は武田家に降伏する」
馬場は信じられないという顔をしているだろう。牛鬼の兜からそんな雰囲気が伝わる。
まあ戦国時代において恥のある行為だから仕方がない。
「機神遣いの僕が降伏すると言っているんだ。さあ、どことなりとも連れてってくれ」
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