第16話武田家の非情な政策!
とんでもない秘密を抱えてしまった。
初めの感想はそれだった。しかし何の根拠もない推察で、服部さんも半信半疑のようだった。僕だってあの織田信長を疑うのは恐ろしい。それでも僕は考えてしまう。
松平さんが僕に託してくれた荒魂。それをいち早く知って僕を保護したのは織田信長だった。まるで松平さんの死が分かっているような対応だった。
さらに言えば三河国の岡崎城の接収やそこをかえでに任せる決断も速かった。意図して計画したようだ。元々、松平さんと同盟を組もうとしていたはずなのに。
「我が主の死に、そんな計画が隠されていたとは……」
「まだ確定ではありません。全て僕の推察です」
忍び遊戯を終えて僕は服部さんの家で休んでいた。
一見、普通に見えるけどからくり仕掛けがあったりする。
そんな中、僕たちは今後の立ち回りを考えていた。
「とりあえず、我が主の死の真相は探らないようにしましょう」
「それで良いんですか? 服部さんは――」
「できるなら敵討ちをしたいのですが、それは叶わないでしょう。私一人挑んだところで織田信長は殺せない」
僕は「おそらく、信長は認めないでしょうね」と付け加えた。
「今まで秘密が明かされるどころか、そう推察した人もいないはずです。かなり優秀な噓つきですよ」
「だが秘密はいずれ真実の元に明かされます。俺たちが疑っているように。もしかすると他の松平家臣にも疑っている人はいるかもしれません」
忠勝や弥八郎さんみたいに諏訪家にいる家臣以外は今川家に走ったか、自ら命を絶っている。殉死という行ないらしい。
「いても少数で、本格的に疑っているのは僕たちだけかもしれないですよ」
「酒井殿や石川殿、大久保殿がいてくれたら何かしら動きができるのですが」
その三人は前に言ったとおりだ。
僕は「どうだろう。服部さん、僕と一緒に行動しませんか?」と提案してみる。
「忍び衆を五十人雇う以外に、あなたが一緒にいてくれたら心強いんですけど」
服部さんは口元を歪ませて「ええまあ。俺も同じことを考えていました」と頷いた。
「我が主の死の真相。それを探れるのは筑波殿の傍しかありませんし」
「助かります。僕も信用できる人がいてくれたら嬉しいです」
服部さんは怪訝な顔で「俺、荒魂盗んだんですよ?」と確認してきた。
僕は「でも返してくれたじゃないですか」と当たり前のように言う。
「きちんとルール……規則に沿って行なってくれましたし。むしろ子どもの忍びを使って申し訳ないと思っています」
「……あなたはお人よしというか、人が良いところがありますね」
呆れたように笑って、それから服部さんは「いいでしょう」と頷いた。
「俺は我が主の死の真相に関わること以外であなたを守りますよ」
「あはは。そう言っていただけると安心しました」
◆◇◆◇
服部さんを伴って遠江国の浜松城に帰り、忍びを五十人雇えたことを報告すると、征士郎さんは「よく雇えたな」と感心した。どうも僕がそこまで交渉できるとは思わなかったらしい。
「ひどいなあ。僕だって雇い入れることぐらいできますよ」
「何らかの条件付けられて断られると思ったんだ」
まあ服部さんに忍び遊戯をいきなりやられたので、その言葉は的を射ていた。
けれども征士郎さんは「素晴らしい働きだ」と最終的に褒めてくれた。
「それで、早速だがその忍びたちに調べてほしいことがある」
「駿河国のことですか?」
「ほう。先々まで見渡せるようになったじゃないか」
三河国や遠江国から攻め込めるのは信濃国と駿河国だが、山の多い信濃国は攻めづらい。
だから自然と駿河国から攻めるのだ――これは先ほど会った忠勝の教えだが、征士郎さんには言わないでおこう。
「駿河国の何を調べましょうか?」
「武田家の戦力もそうだが……民の様子も調べてほしい」
征士郎さんは少しだけ陰りを帯びた顔になっていた。
僕はよく分からないまま「かしこまりました」と頷いた。
「かえでには報告したのか?」
「忍びが嫌いなんでしょ? それに僕のことが大嫌いですから」
「……仲良くしろとは言わない。だが少しは……いや、お前には酷な話だったな。俺から報告しておく」
征士郎さんは僕の肩を叩いてその場を去った。
僕はしばらくぼんやりと立っていた。
それから服部さんのところへ向かう。先の調査を依頼するためだ。
◆◇◆◇
武田家の内情、というより悲惨な政策を知ることができたのは、それから三日のことだった。
忍び五十人いればほとんどの情報が手に入る――そう確信してしまうほど情報量の多い報告を受け取った僕は浜松城にある征士郎さんの部屋に赴いて説明する。
甲斐国は山々に囲まれており、田畑を開墾する用地が少ない。また釜無川の氾濫が多く、そのため信玄堤と呼ばれる堤防などが作られている。それらの貧しさと治水から、信濃国などに戦を仕掛けて他国から資源を奪う方法を取っていた。
だが、それでも足りないであろう内政や外征を行なう銭や米はどこから徴収していたのか――答えは領民から搾り取っていたのだ。
棟別銭――人や家にかける税金のことだ――が春と秋に百文ずつ、年間で計二百文支払わされていた。他国では五十文から百文が相場で、しかも臨時に取り立てる場合が多いのが通例だ。これだけでも重税というのが分かる。
また甲州法度次第では以下のように定められていた。
逃亡、もしくは死亡した者が居れば、その者が暮らしていた郷村のものがすみやかに棟別銭を代わりに納めること。
他所へ引っ越す者が居れば、追って棟別銭を徴収すること。
家屋を捨てたり売却して何も仕事をしていない者には、どこまでも追って棟別銭を徴収せよ。ただし、本人に銭が無い場合は、その家屋を所有している者が代わりに納めること。
棟別銭の免除は一切ない。ただし、死去または逃亡などで納税が二倍になった場合は申し出ること。
簡単に言えば死んでも税金を払えということだ。
征士郎さんに報告する前に忍びたちに聞いていたが、背筋が凍るほどだった。
これは甲斐国だけではなく、信濃国や駿河国にも適応されている。
戦国最強と呼ばれる軍団を作り上げるには、こうした苛烈なやり方しかないのだろうか?
「そうか……ご苦労だったな」
征士郎さんは報告を聞き終えた後、酷く疲れた顔になった。
連日の激務もあるだろうけど、自分の故郷である信濃国の諏訪も同じ目に遭っていると思うと苦しくてつらいのだろう。
「なあ博。武田家は滅ぶべきだと思うのだが……お前はどう思う?」
僕が部屋から退出する前に征士郎さんが訊ねてきた。
その目には決意があった。
「僕はかえでや征士郎さんのように恨みがあるわけではありません。だけど、今の報告を聞いて……嫌な気分になりました」
「…………」
「もし武田家が天下を取ったら、悲しい目に遭う国が増える。苦しい目に遭う民が増える。そう考えると――倒したほうがいいのかもしれません」
本音を込めた意見に対し「これでようやく、お前にも理由ができたな」と征士郎さんは無表情で言う。
「太一となたねのような子どもたちがいなくなるためには、武田家を滅ぼすしかないんだ」
ちくりと僕の心の弱いところを刺す征士郎さん。
分かっている、分かっていた。
本当に分かっていた?
「博、武田家との前哨戦は一か月後に行なわれる」
「随分と急ですね」
「一気に駿河国を獲る。そのための戦だ」
征士郎さんは「覚悟しておけ」と最後に言った。
僕は部屋を出て、しばらく廊下を歩いてから、やはり松平さんの最期は話せないと思った。
かえでもそうだけど、征士郎さんは神経を張り詰めていたから。
その理由は何となく分かるけど。
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