第15話服部の疑問と筑波の推察!
「ほうら、筑波殿こちら、手の鳴るほうへ」
「くっそー! 待て、待てぇ! はあ、はあ……」
里の木を使って器用に飛び回りながら、服部さんは僕の手の届かない範囲でふざけている。
僕は全速力で走って捕まえようとしている――が、一流の忍びなんて機神のない僕には捕まえられない。
なんでこんな意地悪するんだろうと思いつつ、ようやく止まった服部さんの足元に辿り着く。ジャンプしても足裏にも触れない。
「服部さん、あなたの実力は分かりました! あなたの望む報酬を出しますから、荒魂を返してください!」
僕の必死の呼びかけに服部さんは「返す? おかしな話ですね」と木の幹に足を引っかけて、まるでコウモリのようにこちらを見下ろした。
「元々、我が主のものでしょう」
「それは、そうですけど……」
「あなたがこの荒魂を託された話は知っています。忍びの情報網が優れていますから。しかし、俺としては些か疑問に思うことがあります」
疑問? 見ず知らずの僕に松平さんが渡したことだろうか?
本来なら自分の大切な誰かに託したい。そういう気持ちは分かるけど……
「おそらく筑波殿が考えていることとは違います。俺が疑問に思うことは――どうして殿が殺されたのか、ですよ」
「それは……戦場だからじゃないんですか? 誰だって死ぬことはある……」
今までの戦いを思い出しながら、残酷だと思うことを言う僕。
しかしこれまた服部さんは首を横に振った。
「そもそも、誰が殿を殺したんです? 機神遣いの殿がわき腹を刺されて殺されるなんてありえない」
「…………」
「刀や槍ぐらい防げるでしょう」
機神の装甲は硬い。不意討ちでも痛いと思うだけで傷つきはしない。
つまり、服部さんが言いたいこととは――
「松平さんは、機神を解いたときに殺された?」
「そう推察できます。しかしそこでも疑問は残ります」
服部さんは器用にぐるりと身体を回して――木の幹に座り直した。
「殿が戦場において機神を解く。余程信頼している人間が傍にいなければ決してしない。そう考えると――殿はご自身が信頼している人間に殺された。そう推察できるのです」
この場の思いつきではないだろう。
桶狭間の戦いで松平さんが死んでから、服部さんはずっと考えていたんだ。
犯人は誰なのか。その可能性がある人間を――
「筑波殿。あなたは殿の最期の言葉を覚えていますね?」
考えもしなかった事実を突きつけられた僕は一瞬、反応が遅れた。
だけど言葉が少しずつ浸透してきて「ええ、覚えています」と答えた。
「覚えている範囲で教えてもらえませんか?」
「……教えたら荒魂を返してもらえませんか?」
「それとこれとは別ですね。ふふ、意地悪でした」
服部さんは「さあ。忍び遊戯の再開です」と座りながら足に力を入れる。
松平さんを殺した犯人。そのヒントが僕の覚えている松平さんの最期の言葉にある。それらのことが頭の中でごちゃごちゃしてきて――服部さんの逃走を許してしまった。
「……ああ、くそ! これも忍びの術なのかな」
いろいろ考えてしまう事柄を投げかけて僕に捕まえる気を失わせる。
いや、それこそ考え過ぎだ。あくまでもこれは忍び遊戯なのだから。
「ねえ、お兄さん。服部の兄ちゃんと遊んでいるの?」
呆然と立っていると、後ろに先ほど道を訊ねた子どもがいた。
その子の傍には五、六人の同じぐらいの年の子もいる。
「ああ。忍び遊戯をしているんだ」
「へえ。俺たちも遊びたいなあ」
子どもだから怖いもの知らずなのだろうか。
それでも仲間になってくれるのは嬉しい。
「僕の仲間になって、服部さんを捕まえてくれる?」
「うん、いいよー。みんな集めてくるね」
そう言うなり、仲間を集めに駆けだす子どもたち。
何人集まるか分からないけど、少しだけ光明が見えてきた。
「あ。そうだ。これ、使えるかも」
懐に入れていた子ども騙しの武器を取り出す。
後で子どもたちに配っておこう。
◆◇◆◇
「待て待てー! 服部の兄ちゃん、観念しろ!」
「……これは、予想外ですね」
里の外れに服部さんを誘導した僕と子どもたち。
この忍び遊戯のルールに『里の外に出ないこと』がある。
だから敢えて角の隅に追い詰めるように子どもたちに追わせている。
そうすることで服部さんの逃げられる範囲を失くしていく。
さらに服部さんが呟いたように、僕も予想外だったけど、服部さんを追う子どもの人数が五十を超えていた。理由は服部さんが穏やかで優しい忍び頭だったからだ。普段から子どもに優しいらしい。その人徳のせいで自身を追い詰めるとは、ある意味皮肉だ。
「みんな、一斉に食らわせるよ! 脱穀爆弾!」
「……くっ!?」
普段子どもたちは手裏剣で練習しているおかげで、服部さんに次々と命中する脱穀爆弾。
機神遣いの井伊直虎さんには効かないから使わなかったけど、有効だと知れて良かった。
単純な目潰しだけど服部さんの足を止めることができた。
「――今だ! みんな、服部さんに引っ付け!」
足を止めて、目を瞑っている服部さんに子どもたちがどんどん抱き着いていく。
相手が子どもなので暴力を振るうこともできず、服部さんは重さに負けてどたんと倒れてしまう。
「服部さん、僕の勝ちですね」
「……忍び遊戯に子どもを使うとは。卑怯ですね」
服部さんの身体に手を触れて「捕まえた」と宣言した。
観念したらしく、服部さんは「懐に荒魂はあります」と言う。
子どもたちに離れるように言って、みんなで勝利を祝った後、僕と服部さんは里の外れで話すことにした。
手の中にある荒魂。
僕に託された兵器。
そして、服部さんの主の遺品――
「松平さんの最期の言葉、覚えている範囲で話します」
「良いんですか? 俺はあなたに意地悪をしたんですよ」
「分かっています。でも、僕だって疑問に思うことがあるんです」
服部さんの推察を聞いて、僕にもよく分からない感情が芽生えてきた。
僕なんかが今も生きてこられているのは、松平さんのおかげだと思う。
もしあのとき、荒魂を託してくれなかったら――足軽に殺されてしまっただろう。
それに、死の淵にいるとはいえ――僕なんかに荒魂をくれるのは、控えめに言っても度量が深い。おそらく適合したことが理由だろうけど、それでも自分の宝というべきものを見ず知らずの者に渡すだろうか?
僕にはそんな度量もないし、器量もない。
改めて松平さんの器の大きさを知ることができた。
だからこそ、僕は――
「どうして松平さんが死んだのか。知る必要がある」
「……筑波殿は殿に感謝しているのですね」
服部さんは寂しそうに笑った。
大切な人の思い出を振り返っているようだった。
僕は服部さんに詳しく松平さんの最期を語った。
だいぶ昔のことだけど、強烈に印象に残っていた。
初めて人の死に目にあったから――というのもある。
「……筑波殿の話を聞いても、下手人のことは分かりませんでした」
服部さんは悲しげにそう答えた。
僕も残念な気持ちだった。
僅かでもヒントがあれば良かったのに。
「殿は筑波殿を危険な目に遭わせたくなかったのです。だから犯人のことを伏せた」
「……自分が死ぬというときに、そう考えられるのでしょうか」
「ええ。我が主はそういう方でした。それに筑波殿は家臣ではない。敵討ちの義理などありません」
服部さんは「本当に素晴らしい主でしたよ」と何気なく言う。
「三河国の主、松平『元康』様は――」
一瞬、服部さんが何を言っているのか分からなかった。
だけど次の瞬間、僕は深く息を飲んだ。
「うん? どうかしましたか?」
「松平さんの名前……元康と言うのですか?」
「ええ。今川義元公と先々代の松平清康公の名を……」
「松平元信、という名ではないのですか?」
服部さんは「それは改名する前の名ですね」と答えた。
「初名です。しかしすぐに変えられました」
「……僕はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」
服部さんが怪訝な表情をする中、僕の頭の中は目まぐるしく回っていた。
死の淵にいる人間が、自分の名前を間違えるわけがない。
意図して初名とやらを名乗ったのだ。
「僕には元信の名を名乗っていた……」
「……どういうことでしょう?」
「決まっています。松平さんを殺した犯人を示すんですよ」
松平さんを殺して一番得をした人物。
三河国をかえでや征士郎さんに任せ、自分は上洛への道を突き進んでいる。
服部さんの顔がかなり引きつっている。
「元々、松平家と敵対していましたし、理由なんていくらでもあります」
「まさか……あの男がそこまで計算して動いていたんですか!?」
「ええ。あのとき、松平さんは――」
元信、信、のぶ。
それが示すのは――
「――織田信長に殺されたんです」
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