第14話伊賀の里の忍び遊戯!
京から離れる前に、信長に浅井さんと戦うことになると言おうとしたができなかった。
二人きりになれるチャンスが無かったのもあるけど、浅井さんが傍にいるときにそんなことは言えなかった。
後ろ髪を引かれる思いではあったが、結局言わずに忍びがいる伊賀の里まで向かった。
かえでと征士郎さんとは途中で別れた。かえでは「忍びは武田家も使うから苦手」と言って、征士郎さんはかえでの護衛のためだった。
というわけで一人で伊賀の里に赴いたわけだけど、その道中がたいへんだった。
獣道を歩かなければならなかった。まあ舗装なんてされてないのは分かっていたけど、せっかく乗れるようになった馬を下りるのはなかなかつらかった。
それでも、利家さんに鍛えてもらったおかげで休み休み歩いて伊賀の里までやってきた……のだけれど。
「うわあ。すっごく変わったところだな……」
真っ先にその感想が出たのには理由がある。
家や屋敷の造りがとても奇妙だったのだ。
木の上に作られていたり、池の上に浮かんでいたり、周りが煌々と燃えているところに建てられていたり、家の周りにごみみたいなガラクタが多くあったりと珍妙過ぎた。
「ねえ。そこの君たち。頭領の百地三太夫さん、どこにいるのか分かる?」
比較的話しやすそうな、手裏剣の練習をしている子供たちに話しかける。
的に何枚も当てている子供の一人が「頭領の? お兄さん誰?」とやや警戒しつつ答えた。
「僕は筑波博。諏訪家の者だよ。頭領に話があって来たんだ」
「ふうん。頭領の家なら一番奥の一番小さな家だよ」
「えっ? 頭領なのに小さい家なの?」
すると別の子供が「大きい家だと掃除が面倒だって言ってた」と言う。
案外面倒くさがりなのかなと思いつつ、子供たちに礼を言って奥の方へ向かう。
そして見つけたのは小屋に近い家だった。
本当に頭領がいるのだろうか?
「ごめんください。頭領の百地三太夫さん、いらっしゃいますか?」
聞こえる程度に声を上げると「ああ、いますよ。どうぞ中へ」と返事があった。
不用心だなと思いつつ家の引き戸を開ける。
中は大きな部屋で、ワンルームマンションに近かった。
その奥の間で中年のおじさんが「どうも筑波殿」とにこやかに挨拶してきた。
「あ、どうも……って、なんで僕の名前を?」
「諏訪家の武将、筑波博殿がこの伊賀の里に訪れる。その程度の情報が耳に入らないわけはありませんよ」
うーん、油断ならない人だなと身構えてしまう。
多分、このおじさんが百地三太夫さんだとあたりを付けて、僕はいつの間にか用意されている座布団に座った。
僕と百地さんの距離は近くもなければ遠くもない。
話をするのに十分だろう。
僕は早速「百地三太夫さんに一つお願いがありまして」と言う。
「忍びを五十人ほど雇い入れたいのです」
「ほう。それは剛毅な話ですね。諏訪家はさほど儲かっている様子……確か、洗濯板ですな」
「……そこまで情報が入ってくるんですね。流石は伊賀の忍びです」
一応、褒めはするものの背筋が凍る思いだった。
かえでや征士郎さんが警戒するのも分かる。
百地さんは「ありがとうございます」と鷹揚に笑った。
「忍びを五十人となると大口の契約になりますね。期間と契約料はこれから話すとして、どのような目的でお使いになりますか?」
「そうですね。戦場でも活躍できる忍びがいいです」
「前面に立って戦う……わけではありませんよね?」
百地さんの疑問に対して、僕は「そうじゃないです」と首を横に振った。
「敵の陣地に忍び込んで物資を燃やすとか。後は……敵の兵器を使えなくするとか」
「諏訪家の敵となりますと武田家ですね。まさか鉄鋼騎馬兵を破壊するのですか?」
「破壊……まあそういうことになりますね」
百地さんは「我々でも鉄鋼騎馬兵を破壊するのは難しいです」と眉をひそめた。
「あれは火でも刀でも壊すことはかないませんよ」
「そこはちょっとした考えがあります。上手くいくかどうかは分かりませんが、やってみる価値はあります」
「ほう。その方法とは?」
「今は言えません。不確かですし、きちんと通用するのかも不明ですから」
僕は諏訪湖の水が石油もしくはガソリンと同じなら、おそらく効果はあると考えていた。
だけど鉄鋼騎馬兵が武田家にある以上、試すことはできなさそうだ。
百地さんは「ならば破壊工作が得意な者を用意しましょう」と請け負ってくれた。
「かの者たちならば十全に指令をこなせると思います」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ。それではまず、忍び頭を紹介しましょう。半蔵、こちらへ」
ぱあんと百地さんが手を叩くと、僕の後ろから「頭領、何か御用ですか?」と誰かが入ってきた。振り返ると険しい顔をした細身で小柄な男の人がそこにいた。
清潔感はあるけど、平凡な顔つきをしている人だった。この人が半蔵か。
「筑波殿は三河国の武将でございますから、お分かりになると思います。服部半蔵です」
服部半蔵……名前は聞いたことがある。有名な忍者だ。
服部さんは軽く頭を下げて「どうも」と短く応じた。
「この者は松平家に仕えておりましたが、ご存じのように桶狭間で主君が討たれてしまいましてね。以来、伊賀の里に戻り鍛錬を積んでまいりました」
「はあ。松平さんの……」
僕の呟きに「主君、松平公は立派なお方でした」と服部さんが懐かしそうに言う。
「聞けば筑波殿は、我が主君から荒魂を譲られたと聞きます」
「ええ。大切に使わせていただいております」
「見せていただけませんか? 拝ませていただきたいのです」
僕が懐から荒魂を取り出すと服部さんは手を合わせた。
主君を悼む武将のようだった。
僕は「本多忠勝も仲間ですよ」と言う。
「おお。本多殿。懐かしい名前を聞けました」
「これからよろしくお願いします」
僕は頭を下げた――次の瞬間、服部さんは僕の手から荒魂を奪い取った。
何が何だか分からないまま、服部さんは素早く僕から間合いを取った。
「はあ!? 何を!?」
「油断し過ぎですよ。これでは我が主君があなたに託した意味がない」
服部さんは「筑波殿、忍び遊戯を行ないましょう」と言う。
「今日の日が落ちるまでに、俺を捕らえることができれば荒魂をお返ししましょう」
「……できなかったら?」
「荒魂は返しません。それどころか俺たち忍び五十人は諦めてください」
意味が分からない。そんなことに僕のメリットがない!
助けを求めて百地さんを見るといつの間にかお茶を飲んでいる。
「も、百地さん! どういうことですか!」
「半蔵の戯れですな。ま、忍び遊戯ですから、大人しく遊んでやってください」
そんな無茶苦茶な!
僕は改めて服部さんを見る――荒魂を懐に仕舞って、手には別の玉を持っていた。
「ご安心を。里の外には出ませんから。それでは、遊戯開始です」
そして玉を床に叩きつけた――ばあんと音が鳴ったと思ったら、もくもくと黒い煙が部屋中に充満した!
「ごっほごほ! なにこれ!?」
「煙玉ですな。ほっほっほ」
何笑ってんだと苛立ちながら煙が晴れるのを待つ。
しばらくして煙は無くなった。服部さんもいなくなった。
「……百地さん。服部さんって忍びとして優秀ですか?」
「そうでなければ、忍び頭は務まりませんね」
「僕が一生懸命追っても無駄ですか?」
「それはどうでしょう……と言いたいところですが、難しいですね」
あーもう! どうして僕は面倒なことに巻き込まれるんだ!
三河国に帰ったら厄払いしてもらおう!
絶対に悪い運気になっているはずだから!
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