第13話京の都に上洛!

 遠江国を手中に入れた諏訪家はこのままの勢いで隣の駿河国に攻め入る――そう考えていたが、生憎農繫期になってしまった。農兵が中心で軍勢を作っているので、人が集まらない。というわけで武田家との戦は一時的に中断となった。


 僕は三河国に戻り農具の開発に勤しんでいた。

 作ったものが皆の役に立つのは嬉しいことだった。

 人を殺すよりよっぽど良かった。

 また農具の他にもいろいろと便利なものを作った。


「筑波殿。先日の洗濯板、民の間で広く知れ渡るようになりました」


 岡崎城に宛がわれた、僕の部屋兼研究室。

 そう報告したのは元松平家の家臣で弥八郎さんだった。

 話していてとても賢い人だと分かる。

 僕は「開発した甲斐はあったね」と帳簿を見つつ言う。


「しかし、逆に粗悪品も出てきました。騙される者も多いです」

「うーん、それは予想しなかったな。それじゃ、正規品には諏訪家の家紋を焼印するのはどうだろう?」

「家紋を証にするのですか? それはいかがなものかと……」


 弥八郎さんが困った顔になってしまった。

 僕はしばらく考えて「正規品だと分かる証があればいいんだよね」と結論付けた。


「じゃあその証の模様を考えよう。それでしばらく被害は出ないと思う」

「分かりました。しかし、筑波殿。粗悪品が出たことで逆に我らの洗濯板の価値が上がります。多少値を上げてもいいのでは?」

「民が買えなくなるのは駄目だよ」

「いえ、買える範囲で上げるのです。さすれば民はおのずから粗悪品を排除するようになると思います」


 うーん、できることなら安くて便利なものを流行らせたかったけど。

 まあ経済に関して僕は素人だ。弥八郎さんのほうが詳しい。任せることにする。


「分かりました。それではお願いします」

「かしこまりました。模様と合わせて取り掛かります」


 弥八郎さんが部屋から出ようとする前に「模様はどのようなものをご所望ですか?」と訊ねてきた。

 少し考えて「花の模様が良いな」と答える。


「身近な模様のほうが親しみやすいだろう」

「承りました。さっそく職人に考えさせます」


 弥八郎さんが出ると、僕は次なる便利品を考え始めた。

 三河国を平定したとはいえ、まだ松平家の影響力は残っている。

 それを払拭するためには、民の人気を得なければならない。


「……自己満足なんだけどね」


 部屋の真ん中に寝転んで、だらしない姿勢になる。

 人を殺すより人を生かすことをしたい。

 戦国乱世の現実を知っていても、そう考えてしまう。


「とりあえず、頑張るしかないなあ」



◆◇◆◇



 それから数か月後。

 京を押さえて上洛とやらをした織田信長に呼ばれて、僕は京にやってきた。

 武田家との戦いを控えているが、まだ余裕はあった。


 それで、かえでと征士郎さんと一緒に京の都にやってきたんだけど、昔修学旅行で行った京都と違ってかなり荒れ果てていた。

 東寺など見覚えのある寺はあったけど、なんというか、活気がなかった。


「応仁の乱以来、京は戦乱に巻き込まれてきた。人々の生気がないのは当たり前だろう」


 征士郎さんの説明を聞いて、やっぱり戦乱は人の暮らしを酷くするんだなと思う。

 京の本圀寺というところで僕たちは信長と会った。


「よう、かえで。かなり思い詰めているようだな!」


 相変わらず不良のような喋り方をする信長。

 しかし、かえでが思い詰めているというのはどういうことだろう。

 道中、あまり話していないのもあって不思議だった。


「別に、思い詰めていません」

「強がるなよ。武田家との戦いが近いのに、てめえが何も思わないのはおかしいだろ」


 豪快に笑う信長に対し、無表情を貫くかえで。

 うーん。夢でなんとなく事情を知っているとはいえ、かえで本人からは何も聞いていないんだよな。

 だから因縁も何も知らない――あまり知りたくもない。


「まあいいや。てめえらに紹介したい野郎がいる――入ってこい」


 ぱあんと手を叩いて、奥の間から招いたのは、小太りの男だった。

 顔立ちは整っている優男。それでいて上流階級な感じを受ける。


「こいつは浅井長政だ。なかなかの器量人だから、知り合っておいたほうがいいと思ってな」

「……浅井備前守長政です。よろしくお願いします」


 浅井長政……あれ? 浅井って信長と姉川の戦いで戦った気がするんだけど、この時点では仲間だったのかな?

 うーん、戦国時代の流れをよく分かっていないから確かじゃないんだよなあ。


「諏訪かえでと申します。こちらは一ノ瀬征士郎。そして筑波博です」

「ご丁寧にどうも。織田殿、ご紹介ありがとうございます」

「いいってことよ。それに織田殿はやめろ。義兄上と呼べ」


 仲が良いのは微笑ましいけど、いずれ戦うことになる……そういえば、姉川の戦いでもう一人と戦うはずだけど、誰だっけ……


「あ。そうだ。朝倉だ」

「あん? 朝倉がどうかしたのか?」

「い、いえ。何でもありません」


 征士郎さんが咳払いして僕を注意する。

 信長は気にせず「俺の当面の目標は畿内の制圧だ」と言う。


「三好家を追い出し、堺を手に入れる。そこからの矢銭で織田家を発展させていく。そうりゃあ足利家の天下を取り戻せるだろう」

「それで織田様。私たちをここに呼んだのはいかなる理由ですか?」


 戦略を発表するだけじゃないだろうと、かえでは予想したらしい。

 信長は「無論、武田家対策のためだ」とにやりと笑う。


「あいつら、鉄鋼騎馬兵を抱えている。並の軍勢じゃ太刀打ちできねえぞ」

「存じております。山々の多い信濃国での戦でも脅威でした。平地の遠江国や三河国では甚大の被害を与えるでしょう」

「その対策はできているのか?」


 信長の問いに「いえ、できておりません」とかえでははっきりと答えた。

 鉄鋼騎馬兵ってなんだろうかと征士郎さんを横目で見た。


「……鉄でできた馬に乗った兵を相手取るには、搦め手が必要かと思います」


 僕にも分かりやすいように発言してくれた征士郎さん。

 ……鉄でできた馬か。燃料とかどうなっているんだろうか?


「なあ博。てめえならどうする?」

「僕ですか? あのう、その鉄鋼騎馬兵が鉄の馬だと分かるんですけど、どうやって動いているのか分からないです」


 信長はかえでを見ながら「諏訪家は元々、信濃国の一族だ」と説明し出した。


「その諏訪家が代々守ってきた黒い湖――諏訪湖の水を飲むと鉄の馬は動く。そうだよな?」

「ええ、そのとおりです」


 黒い湖……石油か何かだろうか?

 だとしたら、何とかなるかもしれない。


「その鉄の馬を動かなくする方法はあります」

「ああん? マジか? てか直ぐに思いついたな」

「僕の知っている知識があっていれば、ですが……」


 するとそこで「織田殿……いえ、義兄上」と浅井さんが話に入ってきた。


「この者は何者ですか? 鉄鋼騎馬兵を知らぬのに、動かなくする方法を知っているとは……」

「おう長政。実は俺もよく知らねえんだ。ま、どうでもいいだろ」


 信長は僕を見つめて「俺ぁてめえが何者だろうがどうでもいい」と言い放った。


「俺の味方であるうちはな」

「……お殿様を敵に回すほど恐ろしいことはありませんよ」

「けっ。言いやがる。それで、どうやって動かなくする?」


 僕がその方法を言うと「へえ。その可能性があるのか」と信長は感心した。


「だけどよ。それを実行する手の者がいねえ。違うか?」

「まあそうですけど」

「なら話は早え。すぐに伊賀の里へ行け」


 信長の言葉にかえでと征士郎さん、そして浅井さんは大層驚いた。

 どうして驚いているのか分からないまま、信長は僕に命じた。


「伊賀の里に行って、忍軍を雇ってこい。なるべく腕のいい男たちをな」

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