第12話繰り返してはならない!

 ばしんばしんと拳を打ちつけながら、井伊直虎は「私でも分かりますよ」と冷静に構えている。


「あなたがその手の武器の素人ぐらい、見抜けない私ではありませんよ」

「……だとしても、戦えない理由にはならないだろ!」


 殺気立っているけど、会話は成立するみたいだ。

 そこが付け入る隙なのかもしれない。

 僕は「戦う前に、いくつか訊きたいことがある」と手を挙げた。


「なんですか? 時間稼ぎだとしたら無意味ですよ」

「諏訪家と交渉しようとは思わないのか? 一応、協力関係にあるんだろう?」


 いくら猪突猛進な女性だとしても、取引をしない考えはない。

 現に、僕の申し出に揺らいだのか「交渉、ですって?」と首をかしげた。


「そうだ! この玄武が気に入らなければ話し合いでも解決できる!」

「ちなみに、あなたが考える解決方法はなんですか?」

「えっと、それは……」


 出まかせとまでは言わないけど、考えながら交渉しているので、ちょっと言い淀んでしまう。

 それを見た井伊直虎は拳を構える――


「待って! ちょっとだけ待って! ……ああ! 僕の技術で領民の暮らしを良くしてあげる! これならどうだ?」

「技術で領民の暮らしを?」


 興味を示した井伊直虎。

 僕は「例えば、農具の改良!」と自分の知る限りの知識を引き出した。


「効率的に畑仕事ができるような鍬や脱穀がしやすいような農具を僕は作れる!」

「その根拠は何ですか?」

「根拠はこの玄武だ! 凄い技術だろう?」


 僕は玄武を指さして必死にアピールした。

 井伊直虎は「まあ確かに凄いとは思いますが」と一応の納得を見せた。


「それとこれとは話が同じ、とは思えません」

「よく考えてくれ。ここで諏訪家を敵に回しても意味ないぞ? だって三河国を統一した大勢力に、あなたはたった一人で勝てるのか?」

「…………」

「僕を信じてくれ。頼む」


 誠意を込めて頭を下げると、井伊直虎は「まだ、あなたの名前を聞いていませんでしたね」と今更なことを言う。


「聞かせてください」

「ああ。僕の名前は筑波博だ」


 井伊直虎は少し考えて「我が領民の暮らしが良くなるのであれば」と僕に歩み寄ってきた。


「その玄武とやらの通行を許可するぐらいは――」


 そこまで言いかけたとき「なぁあああに、やってんだああああ!」と大声で怒鳴られた。

 あまりの大声に耳を塞いだ――井伊直虎の後ろに前田利家さんがいた。

 橙色の機神を纏っている。戦闘モードだ。


「と、利家さん! 何をしているんですか!?」

「博の到着が遅かったからな! 何かあったのかと見に来たのだ!」


 井伊直虎が僕を睨みつけ「くそ! 時間稼ぎだったのですね!」と拳を構えた。

 利家さんも「おうおう、元気な姉ちゃんだな」と槍を振り回す。


「待ってください! 今話がまとまって――」

「安心しろ、博! 俺の根性でこいつを倒す!」


 ああ、駄目だ。人の話を聞いていない!

 利家さんは燃える槍を振り回しながら井伊直虎に迫る!

 上段から放たれた一撃を交差した拳が受け止める!


「ほう。やるなあ。根性のある女だ!」

「くっ……! なんて馬鹿力なんだ……!」


 ああもう! 勝手にバトルしちゃっているし!

 話を聞かない馬鹿は始末に負えない!


「いくぞ――女ぁ!」

「は、速い……!」


 利家さんの刺突を紙一重で躱す井伊直虎。

 リーチが違うせいか、防戦一方になっている。


 ここで僕は考える。

 利家さんが井伊直虎を倒してしまえば問題は解決する。

 いくらなんでも、二度と歯向かう気は無くなる……


 だけど、僕の中で良くない気がした。

 このまま力づくでなんとかしてしまうのは、おかしな気がしたんだ。

 自分の中で良くないと思う気持ちを考えてみると、浮かんだのは――太一となたねだった。


「女だてらによくも頑張れたものだ」


 後ろに倒れてしまった井伊直虎に槍先を向ける利家さん。


「くそ! 殺すなら殺せばいい!」

「覚悟はできているようだな。なら――」


 利家さんが槍を突こうとして――僕は持っていた刀を投げた。

 ひゅんひゅんと回転したそれは利家さんに当たる前に、槍で叩き落された。


「うん? どうした博。狙いが甘いぞ?」

「……いいえ。狙い通りです。僕は戦いを止めるために、投げたのですから」


 ゆっくりと井伊直虎に近づく僕。

 そして二人に対して頭を下げた。


「どうか。戦いをやめてください」

「……おかしな話だな。こいつはお前を殺そうとしたんじゃないのか?」


 利家さんが不思議そうに訊ねる。

 僕は「このまま、繰り返してはいけないと思うんです」と言う。


「奪ったり、奪われたり。そんなのもうごめんです。僕は、僕たちは、絶対に繰り返しちゃいけないんです。だってそうでしょう? そんなのを繰り返しているから、太一となたねは死んだ……」


 井伊直虎は僕が何を言っているのか分からないだろう。

 利家さんはなんとなく知っているので口を挟まない。


「僕たちは与えたり、分け合ったりできるはずなんです。人を殺したりするなんてしなくても解決できるはずです」

「……綺麗事ですね。現にあなたはその玄武で領民の暮らしを阻害した」

「分かっています。それでも、僕は言い続ける。良くないことは当然やめて、自分で考えた良いことをし続けたい」


 そうじゃなくちゃ、戦国乱世は終わらないし、僕だってこんな世界を生きたくない。

 もう戻れないと分かってるから。

 もう帰れないと諦めているから。

 せめて、生きやすいように国を変えていきたい。


「井伊直虎さん。さっきの話は、まだ有効ですか?」

「領民の暮らしを良くするという話、ですか?」


 僕は機神を解いた。

 そして地面に手をついて「お願いします」と懇願した。


「井伊直虎さんがよろしければ、話を進めたい」

「…………」

「劇的に良くなるって保証はできないですけど、それでもやってみたいんです」


 そして利家さんに「これでこの勝負、終わりにしてくれませんか?」と問う。


「まあいいだろう。博なりに根性を見せているんだからな」

「ありがとうございます」

「……交渉を持ちかけたり、時間稼ぎをされたり、いろいろと滅茶苦茶ですが」


 井伊直虎さんは「いいでしょう。いえ、この言い方は駄目ですね」と笑った。


「私のほうからもよろしくお願いします」

「井伊直虎さんも、ありがとうございます――」



◆◇◆◇



「というわけで、農具の改良をしたいんだ」


 僕はかえでと征士郎さんに事情を説明した。


「無駄ではないけど、機神遣いのあなたが戦線を抜けるのは、あまりよろしくないわ」


 かえでが苦言を呈したけど、征士郎さんが「領民を手なづける良策だと思う」と珍しく褒めてくれた。


「それに農地の拡大や生産量の増大は今後の税収を増やすのに有効だ」

「……それもそうね。それで、試案はできているの?」


 僕は小姓に運んできてもらった農具を見せた。

 従来の鍬と違って、刃が三本に分かれている、いわゆる備中ぐわと脱穀をしやすくする千歯扱きだ。このくらいなら歴史の授業で習っていて、原理も知っている。


「まずはこの二つを使わせる。一度にたくさんのものを流行らせると良くないしね」

「ふうん。なかなかやるじゃない……」


 僕は口をあんぐりと開けた。

 かえでも、自分が僕を褒めたことに気づき顔をそむけた。


「ふふふ。かえでが博を褒めるとはな」

「征士郎! うるさいわよ!」


 なんだか気恥ずかしい気分になってしまう。

 二人の許可が得らえたので、さっそく三河国と井伊直虎の領地で使うことになった。

 まあ未来の技術なのでかなり成果は出た。


 嫌なことは押し付けない。

 そして繰り返してはならない。

 そういう気持ちが僕の中に芽生えていた。


 さて。玄武の輸送も上手くいったことで、曳馬城は落城した。

 かえでは岡崎城から曳馬城を改築した浜松城へ移った。

 つまり、隣の駿河国を手中に入れている、武田家との戦いが近いことを表していた。

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