第11話女領主、井伊直虎!

 かえでからの命令は、岡崎城からの物資の移動だった。

 正直、戦場で戦うことがなくて安心した――そんなことを言ったら利家さんに根性なしと言われそうだ。


 征士郎さんたちは曳馬城の周辺に陣を張って、連日攻めかかっている。

 かえでも前線に出ていて指示を飛ばしている。その様子は手が二本とは思えないほど、各所に命じていた。


 戦で手柄を立てたいわけではないので、僕はその命令を嬉々として承った。

 他の人にはそう見えないように振る舞ったけど、征士郎さんにはバレバレだった。


「油断するなよ。輸送は敵に狙われやすいのだから」


 釘を刺された気分だった。

 気を引き締めるけど、どこか自分の中で戦わなくていいことに安堵していた。

 良くないとは思う。だけどだらけてしまう僕もいる。


 それにかえでとの折り合いは悪いままだった。

 目を見て話をしてくれない。

 そう考えると前線にいるよりはマシだと思う。


 というわけで、輸送兵器である玄武と共に、僕は曳馬城へと向かっていた。

 ガラガラガラとキャタピラの音が周囲に響く。静かに移動ができないのは難点だけど、その分、多くの武器や兵糧を運べるのは魅力的だ。


 玄武の内部で、僕は次なる工作の準備をしていた。

 米を脱穀する際に出るゴミや藁クズをまとめて、敵の顔に当てると粉塵が舞うようにする、名づけて脱穀爆弾だ。目潰しに使えたらと思って開発している。実験はまだだけど怯ませることはできそうだ。


 子供の悪戯に近いけど、なるべく人を傷つけないようにしたい。

 かえであたりは軟弱者と言いそうだけど……僕にできることはやっておきたい。


「筑波殿。前方に女性が立っていますが」


 玄武を操っている人が僕に報告してきた。

 よく分からないまま、僕は玄武の前面に付けられた窓を見る。

 その先には堂々と立っている尼さんがいた。

 遠目だから分からないけど、こっちの進路を邪魔しているみたいだ。


「手前で止めてください。退くように言ってきますから」

「承知しました」


 玄武の原動力は馬だ。十数頭の馬で引っ張ることで動いている。

 その馬を止めて、僕は玄武から出て、尼さんのほうに歩いた。


「あのう。そこにいられると危ないですよ」


 相手が尼さんだから丁寧に話しかける。

 すると、尼さんは「……手前勝手な言い分ですね」と厳しい声で言う。

 よく見たら気の強そうな顔をしている。眉と目が吊り上がっていて、明らかに怒っていた。


「ここは井伊家の領地です。いくら三河国を治める諏訪家でも、義理とけじめは必要でしょう」

「井伊家って……この間降伏した?」


 僕の言葉に、井伊家の人間らしい尼さんは「降伏はしておりません」と答えた。

 毅然とした態度に僕は少し怯んでしまった。


「あくまでも遠江国を統一する手助けをしているだけです」

「はあ……」

「しかし、ここまで大型な兵器を動かすなんて常軌を逸しております。我が領民が困惑しています」


 地鳴りがするほどだもんなあ。もう少し重量を減らせたら良かったけど、構造上難しい相談だ。

 僕は「すみません」と頭を下げた。


「この玄武は大量の武器と兵糧を運ぶためのものでして。騒音や地鳴りはどうしても出てしまうんです」

「領民の恐れる気持ちを無視しろと?」

「そういうわけでは……」


 なんで市役所の役人みたいにクレーム対応しているんだろうか。

 僕が作った玄武だから、原因はこちらにあるけど……


「とにかく、我が領地を通ることを禁止させていただきたい」

「それは困ります。曳馬城への道のりが近いのは――」


 一方的な物言いだったので抗議しようとしたら、尼さんは「もし要求を無碍にするのなら」と低い声音で言う。


「私にも覚悟があります。その玄武を破壊し、あなたを打破するという覚悟がね」

「……どうして戦国時代の女性ってのは、なんというか、気が強くて我を通すんだ?」


 イライラしてきた僕は「できるならやってみるがいい」と言ってしまった。


「ただし、僕はそれを妨害しますよ。それでもできるものならすればいい」

「……言質は取りましたよ」


 尼さんは懐から荒魂を取り出した――えっ? この人も機神遣いなの!?

 唖然とする中、尼さんは「申し遅れましたが」と怒りを湛えた目をした。


「私の名は、井伊直虎――井伊家の当主です」


 そして、機神を起動させた――井伊直虎。

 その機神は白い機体に赤の紋様が刻まれた、細身なシルエットを持っていた。

 特筆すべきは機神の両手だろう。トゲのついた鉄球をパンチンググローブのように嵌めている。その手で攻撃しているのは目に見えて分かった。


 井伊直虎はまるでボクサーのような構えをした。

 慌てて僕も機神を発動する――


「ほう。あなたも機神遣いですか。これは楽しめそうですね」

「楽しむ気持ちなんて、僕にはないよ!」


 僕は右腕を構えて――井伊直虎を撃つ。

 井伊直虎は両手の鉄球で銃弾を跳ね返す――トゲがあるからどこに跳弾するのか分からない。玄武や僕に当たるとヤバい!

 そう考えて回転式連弾銃を撃つのをやめる――井伊直虎はその機を逃さずに接近してくる!


「――手加減はしませんよ!」


 井伊直虎の拳が、僕の腹部目がけて迫ってくる!

 僕は腕を交差させて防御する――躱せば良かったと後悔する。

 宙に浮いた僕の身体。アッパー気味に殴られたのだから当然だ。

 そのまま後ろに吹き飛ぶ僕。口から胃液と血を吐いてしまう。


「うぐ、が、は……」


 呼吸が上手くできない。

 腹パンなんて、ここに来る前にも受けたことない。

 ガードしても、それを突き抜けるようにダメージが来る。


「そのまま動かないでください。無駄な殺生はしたくありません」


 尼さんらしい台詞だけど、やっていることは尼さんらしくない。

 そのままゆっくりと玄武に近づいていく井伊直虎――


「待て……待て! そ、それ以上、近づくな……!」


 よろよろと、ゆっくりと立ち上がる僕。

 井伊直虎はそんな僕を見下していた。

 僕は必死になって井伊直虎に説明した。


「それを作るのに、どれだけ時間がかかったのか、分からないだろう……それを作るために、どれだけ苦労したのか、分からないだろう!」

「知りたくもない。こんな領民を困らせる存在など――無価値だ!」


 井伊直虎は最後に大きく喚いて、再び僕の元へ迫る。

 銃は撃てない僕は、井伊直虎の拳を避けるしかない。

 くそ、忠勝のときといい、どうして僕の相手は銃が通用しない奴らばかりなんだ!


 けれども、不幸中の幸いというべきか、井伊直虎の動きは緩慢で、今の僕なら簡単に避けられた。いくら機神とはいえ相手は女性だ。もしも男だったら危ういところだけど、拳に鋭さや速さがない以上、躱すのは楽だった。


「はあ、はあ。逃げるな卑怯者!」

「逃げるに決まっているだろ! 危ないなあ!」


 避けることはできるけど、こっちから攻撃するのは難しい。

 使える武器がない以上、僕も徒手空拳で戦うしかないけど、武術の心得がない僕では焼け石に水になりそうだ。


「筑波殿、こちらをお使いください!」


 後ろから出てきた、玄武を操っている一人が僕に刀を渡そうとする。

 井伊直虎の猛攻を避けながら、急いでその人のところへ走る僕。


「はあ、はあ、はあ……刀を使うのですか!」

「べ、別に卑怯じゃないし!」


 非難めいたことを言う井伊直虎に、何故か言い訳じみたことを言う僕。

 刀を受け取って、すらりと抜いた。


「ふん。そんな細身の刀、すぐに折ってやりますよ!」

「や、やれるものなら、やってみろ!」


 とりあえず中段に構えて、僕は頭の中で考える。

 井伊直虎に啖呵を切ったのはまだいい。

 だけどどうしよう、刀なんて使ったことないぞ……?

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