第10話博、玄武を作る!
三河国を統一してすぐのことだった。
東にある国――遠江国を攻めるとかえでは言い出した。
治めている領主、今川氏真には力がなく、もはや滅びは確定的らしい。
「よっしゃあ! 根性見せるぜ!」
「身体が鈍っていたところだ……」
利家さんや忠勝は張り切っていたけど、僕は気乗りしなかった。
他の国に攻め込むということは人を大勢殺すことと同じだ。
また太一やなたねのように戦で死ぬ子供が増えるかもしれない。
だから僕は人が死なないように、自分にできることをしようと思った。
前の戦で戦った一向宗の兵器、機仏の下部部分は岡崎城に接収してあった。
僕はそれを使って――兵糧の輸送に使えないか考えていた。
「……よし。このキャタピラは使えるな」
これでも科学部の一員である。どういう仕組みで動くのか、理解できた。
加えて工作はプラモデルや科学部の課題などで慣れていたので不便はない。
もちろん、自分一人では手が足らないので、城の人たちにも手伝ってもらった。
「ほう。機仏を再利用しているのか」
岡崎城の広い庭で工作をしていると、征士郎さんが珍しいものを見るような目でこっちにやってきた。
僕は工具を置いて「ええ。そうです」と答えた。
「馬に引かせるようにしています。人の命を使わなくても動けます」
「内部に兵糧を入れられるのか?」
「むき出しで運ぶと火矢などで燃やされますから」
この頃は戦国の知識が増えてきた僕。
征士郎さんは感心するように「よく考えてあるな」と顎に手を添えた。
「ところでかえでとは相談したのか?」
「いいえ。口を利いてくれませんから」
「ま、俺から伝えておこう」
「これで輸送する兵の犠牲が無くなればいいんですけど」
戦場で人が人を殺すのは仕方がない。
だけど、それ以外で死ぬのは犬死にだ。
だからこそ、僕は――
「ただの機神遣いだとは思っていなかった。貴様の本来の役割はこれだな」
「急にどうしたんですか?」
「俺にはできない発想だよ。まさか敵の兵器を流用するなんてな」
遠回しに褒めていることに気づいた僕は「ありがとうございます」と礼を言った。
征士郎さんは手を振って「仕事に行ってくる」と場を後にした。
「さてと……皆さん、もう少し出来上がります。ご協力お願いします」
僕の言葉に作業している人たちは「承知しました」と声を揃えた。
そうして出来上がったのは亀のような輸送兵器――『玄武』である。
銃弾を弾くように、障子紙を重ねて作ったカーボンで表面を覆った。
馬はそれなりに必要だけど機動性は抜群だ。
中に収容できるのは兵糧だけではなく、武具や兵器も可能だ。
元々あったものを応用しただけなので早く作れたが、量産は難しいだろう。
征士郎さんにそう伝えると「一つだけでも十分だ」と言ってくれた。
それで満足としよう。
◆◇◆◇
「おうおうおう! 三河国を統一したそうじゃあねえか! 褒めてやるよ博!」
砕けた口調は相変わらずの織田信長。
久しぶりに会ったのは美濃国の岐阜城というところだった。
凶悪そうな顔つきだけど僕のことを歓迎してくれているようだ。
「あ、ありがとうございます……お殿様もお変わらずに……」
「堅苦しい挨拶はよそうぜ。てめえにいい話があんだ」
岐阜城の謁見の間には僕と信長、そして小姓が数人しかない。
機神遣いの僕と少人数で会うだなんて、信頼されているのか、それともどうでもいいと思われているのか。
どっちにしろ大した度胸だ。
「いい話ってなんですか?」
「おう。実は上洛しようと思ってな。てめえ、織田家で働け」
思わぬ言葉に僕は一瞬、思考が停止した。
ということはかえでたちから離れることになる。
「織田家に戻れば城を任せてやってもいい。どうだ? 悪い話じゃねえだろ?」
信長は僕が頷くと思っているようだ。
だけど、このままかえでたちの元を離れると――
「かえでたちはどうなりますか?」
「どうなるって? 今まで通りだろう。そりゃあ機神遣いが一人減るわけだが……あいつらなら平気だろうよ」
「……もし可能なら」
僕は居ずまいを正して信長に頭を下げた。
「かえでたちのところで働かせてください」
「ああん? てめえ、俺の下で働くのが嫌なのか?」
ドスを利かせた声で怒鳴る信長。
それでも僕は口を噤まない。
「嫌ではありません。だけど、かえでたちのことが心配なんです」
「……征士郎から聞いているぜ。かえでと折り合いが悪いってよ」
いつの間に知らせたのか分からない。
けれども、僕は言わなければならないことを言う。
「折り合いは悪いです。でも誰かが抑え役でいないと、かえでは暴走しそうな気がするんです。この前の一向一揆のように」
「はん。てめえに抑え役が務まるのか? 良いように利用されるのがオチだと思うぜ」
「心を開いていないかえでに、僕なんかが務まらないかもしれません。だけど、声を上げ続けることはできます」
僕は信長に頼むしかできない。
戦国時代で殿の命令は絶対だと分かっている。
だからこそ、僕はこうして頭を下げ続けるしかない。
「……しょうがねえなあ。いいぜ、かえでのところで働け」
思わず顔を上げると、信長は苦笑していた。
本当に困った奴を見たような顔だった。
「ま、三河国を盤石にするために、機神遣いがいたほうが戦略的にもいいかもしれねえ」
「ありがとうございます!」
「だけどよ、変わっちまったよな博」
信長は急に真剣な顔になった。
今までの笑みが嘘だったように。
「俺が脅したら素直に言うことを聞く、弱々しい男だった。それがどうだ? しばらく見ねえうちに強くなりやがって」
「強く、なったですか……」
僕は首を横に振って「強くなったわけではありません」と否定した。
「多分だけど、僕は――いえ、なんでもありません」
「なんだよ。そこまで言ったなら言えよ」
「せっかく、お殿様に強くなったと思われたのです。そのままでいさせてください」
信長は「別にいいんだけどよ」と笑う。
「かえでの手綱、握れよ。征士郎の野郎はかえでを甘やかすところがある」
「それはなんとなく分かりますが……」
「せいぜい気張れや。俺からは以上だ」
こうして僕と信長の会話は終わった。
このとき、信長に言えなかったこと。
僕は強くなったわけではなく――諦めることにしたからだ。
この戦国時代で生きることを肯定したわけではない。
元の世界に戻ることを諦めたのだ。
◆◇◆◇
僕が三河国に戻ると、すぐさま軍議が始まった。
遠江国の曳馬城を攻めるらしい。
かえでは明らかに焦っていた。
征士郎さんも止めることをしなかった。
他の家臣も同様だった。
「曳馬城はなかなか落とせないわ。覚悟しておいて」
機神遣いの僕は出陣しなければならない。
つまり他の人より死ぬ可能性が高かった。
だけど、生き残りたかった。
諦めたとは言っても、死ぬのは怖かった――
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