第8話ああ、無情!
「かえで。敵は一万を超える軍勢となっている。俺たちの兵力よりも多い。どうする気だ?」
岡崎城、評定の間。
僕と征士郎さん、利家さんに忠勝。そしてかえで。
主だった家臣が集まる中、征士郎さんの言葉に、諏訪家当主のかえでは「戦うに決まっているわよ」と当然のように言ってのけた。
「あ、相手は一万もいるのに、そんな簡単に――」
「兵法を知らない一向一揆なんて烏合の衆よ。対してこっちは機神遣いが四人もいる。打ち倒せない道理はないわ」
かえでの言い草に僕はカチンときて「自分は戦わないくせに」と言ってしまった。
するとかえでは「大将は雑兵を相手にしない」と冷静に返す。
「あなたのように、目先のことだけ考えているような人の役割なの」
「……どういう意味だ?」
「三河国の支配者は私一人でいい。そのことを一向宗に分からせないといけないの」
それこそ意味が分からなかった。
一向宗たちと折り合いをつけるのも悪くない行動だろう。
けれども、かえでは自分だけで三河国を牛耳ろうと考えている。
「話にならない! 結局は自分の権力を強くしたいだけじゃないか!」
「それのどこが悪いの? あなたのような凡俗に任せるより、よっぽど未来が開けるわ」
「ちょっと待ってくれ。話が逸れている。今は一向宗が議題なはずだ」
征士郎さんの落ち着いた言葉で、僕は口を噤んだ。
かえでも「そうね。馬鹿に構っていられないわ」と話を戻す。
「一向宗は機仏を使ってくるはずよ。それを機神で撃退して。それまで一揆の軍勢は私の指揮で防ぐから」
「撃退した後は方向転換して、一向一揆を挟み撃ちにする……それで構わないか?」
征士郎さんの作戦に「ええ。それで構わないわ」と頷くかえで。
それで軍議は終わりとなった。
まだ納得できていない僕だったけど、忠勝が「行こう」と促した。
「あのさ。機仏ってなに? よく知らないんだけど」
忠勝に訊ねると「一向宗……いや、仏教界に伝わる絡繰だ」と答えた。
「信者の心力を用いて動く。実物を見たほうが理解できるだろう」
「はあ……」
説明を聞いてもよく分からなかった。
隣にいた利家さんは「あれは根性なしの兵器だ」と何故か悲しげだった。
どうして悲しそうなんだろう?
「お前も根性入れ直せ。そうしないと、飲まれるぞ」
利家さんの言葉はいつになく重かった。
それを背負って、僕は出陣の準備をした。
◆◇◆◇
「な、なんだあれは……!?」
岡崎城近くの諏訪家の砦。
物見やぐらからでも見上げるほど大きな兵器――否、要塞と言うべきだろう。
巨大な青銅の仏像がゆっくりとこっちに歩いてくる。
ビル十階ほどの高さを有していた。
開いた手で攻撃することは分かる。明らかに殺気が見えた。
その手の数――八本。
右に四本、左にも四本ついている。
脚部はスカートのように膨らんだ四角すいの形をしている。
地震のように振動していることから、車輪が大量に稼働しているのが分かった。
仏像は細身で顔も修学旅行で見たのと同じだ。
それでも不気味に思える。
仏像の姿をした兵器だからだろうか――
「あれが機仏だ。動きは鈍いが破壊力は抜群だ。まともに攻撃を受けるなよ」
征士郎さんが説明してくれるけど、よく耳に入らなかった。
それほど馬鹿馬鹿しいくらい、巨大だった。
「あんなのと戦えるんですか……?」
「お前は遠くから撃てばいい。足止めすれば勝てる」
「ど、どうしてそんなことが――」
僕の戸惑いに対して、征士郎さんが指を指す。
脚部から人が少しずつ出ている。
老若男女関係なく――気絶しているようだ。
「あれは心力を使い果たした信者たちだ。巨大なものを動かそうとすればするほど、犠牲者は増える」
「ぎ、犠牲者って……死んでいるんですか!? あれ全部!? そんなのに協力するなんて――」
「行けば極楽浄土、退けば無間地獄だとさ」
征士郎さんは寂しそうな顔をしていた。
「これはあいつら信者にとって殉教なんだ。てめえが極楽浄土に行くための、この世から解放されるための儀式なんだよ」
「そ、そんな……」
「機神を纏え。出陣するぞ」
征士郎さんの言葉が遠くに聞こえる。
僕は自分の荒魂を握った。
利家さんと忠勝は既に纏っている。
「こんなの……間違っている!」
黒い機神を纏った僕は、砦を出て、征士郎さんたちの後を追う。
そして三人が各々攻撃する中、回転式連弾銃で足止めをする。
機仏は八本の手で僕たちを押し潰そうとする。
一撃ごとに地面が揺れて、手の形に陥没していく。
撃つ――脚部から人が出る。
それでも撃つ――ずるりと二、三人這い出る。
吐き気がするけど、撃ち続ける――子供が出てくる。
「こ、子供まで! なんて酷いことを……!」
悲しくてやりきれない気持ちが増してくる。
どうして僕は、こんなことをしているんだろう。
元はと言えば、かえでが無理矢理、不入の権を奪ったからだ。
抵抗するために、一向宗は機仏を使った。
そう考えると、一番悪いのは――
「うわああああああああ!」
喚き散らしながら僕は撃った。
撃って撃って撃ちまくった。
脚部が壊れ始める――また出てきた。
「あ、ああああ!」
出てきたのは、よく知る二人。
僕の訓練を眺めていた二人。
太一となたねだった――
◆◇◆◇
『ねえ。筑波は小さい頃、どんな夢を持っていた?』
太一が大の字になっている僕に訊ねてきた。
なたねも興味があるのか、僕の顔を覗き込む。
『……小さい頃は、科学者になりたかった』
『科学者ってなんだよ?』
『えっと。機械専門の医者というか……まあ裏方かな』
僕は太一となたねに語る。
『凄いヒーロー……英雄たちの支援をする科学者に憧れてて。英雄たちが頑張れる原動力になりたかったんだ』
『それって、今はなれないの?』
なたねが純真無垢な瞳のまま、僕に訊ねた。
僕は『なれるかどうか、分からないな』と答えた。
『その科学者になるには、物凄い努力が必要で、僕なんかが頑張っても――』
『筑波だったらなれるよ!』
なたねがにっこりと笑って言う。
太一も『おらも筑波がなれるって思うな』と言ってくれた。
『だって、今もつらいのに頑張っている』
『そう、だね。ここでも頑張れたらなれるかも』
『そうだよ! なれるって思わないと! だってさ――』
太一は当たり前のように言う。
『自分が信じないと夢は叶わないよ!』
◆◇◆◇
「あああああああああああ!」
僕がなりたかったのは、人殺しじゃない!
僕がやりたかったのは、人殺しじゃない!
僕が叶えたかったのは――
『心力の大幅な増大。危険です』
うるさい! 黙ってろ!
僕は両腕を合わせた。
そして両の掌を機仏に向ける。
『最大出力の放射確認』
両腕が一体化し、巨大な機仏に向けて――
『電磁砲、発射準備開始』
桶狭間のとき以来の電磁砲。
あのときよりも威力を増大させた――
『伍、肆、参、弐――壱、零』
光と共に撃ち込まれた電磁砲は、一直線に機仏の胸部に届き――破壊した。
身体中から放電している機仏。
それでもまだ壊れない――壊してやる!
「――次点装填!」
僕は再び電磁砲を撃つ。
『熱放射は完了していません――』
知ったことか!
撃て、僕の機神なら――撃てぇ!
『電磁砲、発射』
再び撃たれた電磁砲は、機仏の顔面を撃ち抜いた。
ぐらりと傾く機仏――内部から崩壊するように爆発が起こった。
中から人が出てくる――生きている人がほとんどだった。
全ての力を使い果たした僕は、そのまま膝をつく。
「ちくしょう! ちくしょう! 僕は、こんなこと、したくないのに!」
何度も地面を叩く――機神が自然と解ける。
同時に力を使い果たして――
僕は気絶した。
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