第7話鍛えろ、筑波博!
「走れぇ! 筑波博! 根性を見せろ!」
「ひい、ひい、はあ、はあ……」
忠勝との決闘を終えて半月後。
僕は根性馬鹿の利家さんに鍛えられていた。
岡崎城近くの原っぱで何十往復も走っている。
「どうしたぁ! 根性あれば耐えきれるだろう!」
「あ、あなた、みたいに、誰もが、根性あるわけ、ないんですよ……」
身体がへとへと、汗でべとべとな状態で、とうとう倒れ込む僕。
前より体力は増えたと思うけど、苦しいのは変わりない。
大の字になる僕に竹でできた水筒を投げる利家さん。
「休んだら組手だ。根性燃やしていけよ」
「……はい、分かりました」
水筒の蓋を取ってごくごくと飲み干す。
ふう、生き返った。
どうしてこんなつらい思いをしているのかと言うと、機神の原動力となる心力を向上させるためだった。
征士郎さんに訊いたら『心力は肉体と精神を鍛えることで増大する』らしい。
だから僕はこうして利家さんに師事して、やりたくもないトレーニングをしている。
忠勝との戦いで分かったけど、僕には足らないものが多すぎる。
今川義元を倒したという電磁砲すら、あのとき以来撃っていない。
もしかしたらピンチのときしか撃てないのかも。
だけど仮説として僕が強くなれば。
心力を鍛え上げれば――撃てるようになる。
そもそも、僕は戦いたくないのだけれど、最低限身を守れたほうがいいと思った。
忠勝との決闘のように避けられない戦いも出てくる。
前向きになったわけじゃないけど、後ろ向きでいるよりマシだ。
疲れ切った身体を休めていると、こっちを見る視線を感じた。
振り返るとそこには男の子と女の子がいた。
二人とも小学生くらいで、百姓の身なりをしている。
「……どうかしたのかい?」
僕が見つめても視線を逸らさなかったので、優しく訊ねてみる。
「なんか、食うものない?」
「食うもの?」
「お腹空いた。何かくれ」
男の子が遠慮なく言う。
現代日本ではありえないなと思いつつ、お弁当のおにぎりを二つ差し出してみる。
男の子と女の子は警戒しつつ、僕の手から素早く取って、そのままむしゃむしゃと食べ始めた。
「そんなに急いで食わないの。誰も取りはしないよ」
あくまで優しく言うと「久しぶりの握り飯だから」と食い終わった男の子が指をしゃぶった。
そしてまだ食べている女の子に「兄ちゃんが見てやるからゆっくり食べ」とぶっきらぼうに頭を撫でた。
「君、ここいらの百姓の子かい?」
「ううん。寺近くの百姓の子」
「ずいぶん遠くから来たね」
ここの近くの寺は城からかなり遠い。
男の子は「城が見たくてここに来た」と目を伏せた。
「ふうん。名前は?」
「太一。こっちはなたね。あんたは?」
「僕は筑波博。よろしくね」
太一ににっこりと笑いかけると「筑波って武士なんだろ」と警戒された。
「寺の住職様が言っていた。諏訪家の人間は良からぬことを企んでいるって」
「そんなことはない……って言いづらいな」
実際、かえでは何か寺に要求するみたいだった。
断定ではないのは、その会議に参加させてもらっていないからだ。
まだ信用されていないのだ。
「やっぱり。住職様の言うとおりだ」
「まあ信じてくれないと思うけど、僕は戦が嫌いだ」
「ならなんで、戦うんだ? さっき見ていたけど、走って強くなろうとしている」
「死にたくないからさ。進んで人を……思っていないよ」
殺すの二文字は子供の前では言えなかった。
食べ終わったなたねが僕のほうに寄って「これあげる」と花のわっか飾りをくれた。
ちょうど手首に嵌る大きさだった。僕は左腕に付けて「ありがとう」と笑った。
「いいの。握り飯のお礼だから」
そう言ってなたねは兄の太一の後ろに隠れてしまう。
僕は立ち上がって「そろそろ時間だから」と言う。
「また気が向いたら来なよ。握り飯をご馳走してあげる」
「いいのか?」
「もちろん。良いに決まっている」
太一となたねを見ていると、妹のすみれを思い出す。
このぐらい小さかったときは可愛かったんだけどなあ。
それから僕が利家さんにしごかれる休憩時間に、太一となたねはやってきた。
徐々に心を開いてくれていろんな話をした。
太一は土地持ちの百姓になりたくて、なたねは誰かのお嫁さんになるのが夢らしい。
小さい頃の僕の夢はなんだったっけ。
郷愁を感じてしまう時間だった。
◆◇◆◇
「寺の不入の権を取り上げる? かえで、本気で言っているのか?」
岡崎城の評定の間。
家臣の全員が勢揃いしている。
珍しく会議に参加した僕は、上座に座っているかえでの言葉に驚く征士郎さんを怪訝に思っていた。
寺の不入の権ってよく分からないけど、そんなに大騒ぎすることなのかな?
「本気よ。私たちの収入を増やすために必要なことなの」
いつになく険しい顔で言うかえでに対し、今度は利家さんが「下手したら一揆が起こるぜ」と真剣な表情で言った。
「いくら根性があっても避けられねえけど、かえで殿はいいのか?」
「覚悟の上よ。そうしないと武田家に勝てないわ」
「あ、あのう。不入の権ってなんですか?」
かえでが僕を睨みつける。
時間の無駄だと言わんばかりの視線だった。
見かねた忠勝が「簡単に言えば、寺の田畑の年貢は取れないってことだ」と説明してくれた。
「しかしその約定は松平広忠公――前の城主様とのものだ。だから諏訪家が守る道理もない」
「で、でも。寺の人たちは年貢が無かったら困るんじゃないか?」
僕の意見に「困るどころじゃない」と征士郎さんが眉間に皴を寄せて答えた。
「自分たちの収入が減るんだ。抗うに決まっている」
「抗うって……戦になるんですか?」
「筑波。その前提で私が話しているのにまだ気づかないの?」
かえでが威圧感を込めて僕を責めた。
だけど、戦は嫌な僕は引けなかった。
「い、今までの収入でやっていけないのか?」
「国一つ治めるのには十分よ。だけどね、遠江国を攻めるには足りないの?」
「どうして攻める必要があるんだ? 今までの暮らしでも――」
「武田家に勝つためよ! 私たちの目的は、かの家を滅ぼすことなんだから!」
喚くようにかえでが言ったものだから、背筋がぞぞっと震えてしまった。
執念というか、怨念を感じるほどの圧力だった。
「三河国の寺は一向宗だ。それを承知で言っているんだな?」
征士郎さんが努めて冷静に確認をした。
かえでは「分かっているわよ」と端的に肯定した。
「だとしたら
「あっそ。別に構わないわ」
かえでのあまりの物言いに「ちょっと待ってよ!」と反対しようとした。
けれども、かえでの「既に決定したことなの」と突っぱねた。
「織田の殿様にも許可を得たわ……さあ、仕事にとりかかるわよ」
かえでは奥の間に引っ込んでしまった。
家臣たちは否応なく評定の間を後にする。
「博。覚悟しておけ」
呆然と立ちすくむ僕に、征士郎さんは肩を叩く。
「お前が体験したことのない地獄を見ることになる」
「征士郎さん……」
「だが目を逸らすな。その地獄を創り出すのは、俺たち武士だ」
そう言って征士郎さんは去っていった。
利家さんは「根性の入れ直しだな」と呟いた。
忠勝は何も言わなかった。
ただじっとかえでのいた上座を見つめていた。
結局、僕たち諏訪家は寺の田畑から年貢を無理やり奪い去った。
僕はそれに参加しなかった。けれど米は食べた。だから同罪だ。
それ以来、太一となたねを訓練のときに見かけることはなくなった。
寂しい思いが去来したけど、考えないことにした。
そして、次の月。
寺の者が僕たち諏訪家に宣戦布告してきた――
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