第5話本多忠勝との決闘!

 えー、今まで育ててくれたお父さんとお母さん。

 そして小憎らしい妹のすみれ。

 僕は今――戦国時代にいます。


「博! 前方の敵を撃て! 殺されるぞ!」

「は、はい! 征士郎さん!」


 柵の内側から、土埃を立てつつ僕は回転式連弾銃を撃ち続ける。

 こっちに迫ってくる名も知らない足軽たちが一斉に倒れていく。

 撃った後の地面は穴だらけで、そこに血が沁み込んでいる。


「よくやった。少し休んで心力を温存しておけ」


 機神を纏った征士郎さんが僕の背中を叩く。

 ふうっと息を吐いて、僕は機神を解いた。


 僕たちは今、岡崎城の近くに建てられた砦に籠って戦っていた。

 何でも松平元信さん――僕が看取ったあの人だ――の家臣たちが岡崎城を奪還しようとしている。三河国の武士が一斉に敵に回ったんだ。


 それで城主であるかえでの指示で鎮圧に来たんだけど、かなりの劣勢だった。

 こっちの味方がまるでいないのに、向こうは大勢で挑んでくる。

 征士郎さんたちがいなかったらとっくの昔に城を奪われていた。


「おう。疲れてんのか? 根性が足らねえぞ!」


 魚を獲る銛のように三本の鋭い刃先がある槍を携えて、僕の背中を強く叩く人、前田利家さんが豪快に笑った。

 息が止まりそうになるくらいの馬鹿力だったので「痛いですよ!」と文句を言った。


「それこそ根性が足らんぞ!」

「相変わらずの根性馬鹿ですね……」

「ははは。褒めても何も出ないぞ!」


 一切褒めてなんかない。

 利家さんは凛々しい顔をしていて、左頬を走る傷が特徴的だ。

 身体も鍛えていて、機神を使わなくても十分手柄を立てられそうなくらい強い。

 元々、体育会系の人間が苦手なんだけど、利家さんは根性論が酷くて暑苦しい。


「さてと。征士郎殿。ひと暴れしてくる」

「ああ。槍の又左の力、見せてくれ」


 利家さんは橙色の荒魂を両手で握り――機神を纏った。

 夕日のような橙色とそれを縁取るような黒のマーキング。

 兜は狛犬の形をしている。神社にはあまり行かないけど、神聖さを感じるような気がする。

 僕と征士郎さんと違って、装甲が厚く、肩には大きなとげとげしい球体が着けてある。

 そして背中には大きく『根性』の二文字が刻まれていた。


「うおおおおおお! 行くぞ皆の者!」


 兵士を率いて先頭を突き進むその姿は、まるで英雄の行進のようだった。

 あの三つ又に分かれた槍で突かれるのはさぞかし恐ろしいだろう。


「征士郎さん。僕たち、こんなんで三河国を統一できるんでしょうか?」


 誰も聞いていないのを見計らって、僕は真っすぐ敵を見つめている征士郎さんに訊ねる。

 だけど「知らん」と短く返された。

 はあ。どうしてこうなった?



◆◇◆◇



 岡崎城の評定の間で、僕たち三人がかえで――名字を含めると諏訪かえでらしい――に今回の戦いを報告すると「ご苦労だったわね」とこれまた短く返された。

 しかも手元の紙束に文字を書き込みながらだ。もう少し労ってほしかった。


「征士郎。松平家の遺臣たちはまだ抵抗できるの?」

「もう限界なはずだ。おそらく今川家の支援が効いているな」


 征士郎さんは冷静に報告するけど、僕としては頭を抱えたくなるくらいだった。

 何でも僕が桶狭間で今川義元を討ち取った張本人だと知れ渡っているらしい。

 そのせいで僕は先代の仇として狙われているようだ。


「ふん。そのくらい根性でなんとかなる!」


 利家さんは本気で思っているらしい。

 僕は「味方になりそうなところはないんですか?」と恐る恐る訊ねる。


「あったらとっくに手を結んでいるわ」

「そ、そうですか……」

「そんな愚問より、あの件はどうなっているの、征士郎」


 確かに愚かな質問だったけど、粒立てて愚問とか言わないでほしい。

 征士郎さんは「松平最強の男、本多忠勝だな」と腕組みをした。


「それこそこちらの味方にしてしまえば形勢は逆転できるわ。交渉は進んでいるの?」

「交渉すらまともにできてない。かなりの頑固者だ。しかも代わりに果たし状が届いている」


 果たし状って……まあ戦国時代だからあっているのか。

 かえでは「果たし状に勝利した条件で家臣にできたらいいんだけど」と悩んでいた。


「だけどねえ。相手が……そこの人だものね」


 そう。本多忠勝という人が指名してきたのは僕なのだ。

 理由としては主君の機神を奪ったとか、先ほどの今川義元の仇だとかだ。

 一応、最強とか噂されている本多忠勝相手に、戦慣れところかまともに戦えない僕が敵うわけがない。

 ていうか、奪ったわけじゃないんだけどなあ。


「弱々しいそこの人が負けるのは必定。だから交渉の余地なしね」

「あのさあ。そこの人って言うのやめない? 僕の名前は――」


 いい加減イラっとしたのでかえでに抗議すると「じゃあ本多忠勝に勝てたら呼んであげるわ」と思わぬカウンターを食らってしまった。


「…………」

「なに? 自信がないの? なら偉そうに言わないでくれる?」


 腹立つ女性だ。

 妹を思い出す……


「こういうのはどうだ? 本多忠勝の申し入れを受け入れると見せかけて、罠にかける」


 征士郎さんがとんでもないことを言いだした。


「へえ。どんな策?」


 しかもかえでが乗ってきた。超嫌な展開だ。


「本多忠勝と博を決闘させる。そして博が戦いつつ場所を移動する。そこに落とし穴を作って落とすのだ」

「随分と原始的……ていうか嫌ですよ! もし罠に嵌らなかったらどうするんですか!?」


 大声で嫌だ嫌だと喚くと征士郎さんがすらりと刀を抜いた。

 黙ったのにその刀を僕の首筋に近づけてきた。


「今……死ぬよりいいとは思わないか?」

「……は、はい。そう思います……だから、刀を」


 かえでは「その策、採用ね」と決定してしまった。


「そこの人が死んでも別に被害ないし」


 お、覚えていろよ……

 女の人に殺意を持ったのは、初めてだ……


「ははは! 根性があればなんでもできる! 頑張れ、博!」


 根性馬鹿の言葉にますます絶望を覚える。

 ちくしょう……どうして、こうなった!?



◆◇◆◇



 そして決闘の日。

 僕は全身を震わせながら――本多忠勝と向かい合っていた。


 場所は草原……人の手が行き届いていないところだ。

 落とし穴を作るのにうってつけと言えばそうだけど、すっごく不安だった。


 本多忠勝は僕と同じくらいの年齢だ。

 しかし見た目は不良っぽい。

 傷こそないけど、強面で本職の人と何も変わらない。

 色黒なのも恐さを引き立てている。


「貴様が、我が主君の機神を奪った男か」


 怒りを湛えた低い声音。

 あまりの圧力に僕はがたがた震えている。


「――返答しないか!」

「ひいいい!? ごめんなさい!」


 土下座をしかけるほどの怒声だった。

 身体が動かなければしているところだった。


「立会人の一ノ瀬征士郎だ。両者、条件を確認する」


 征士郎さんは冷静に僕と忠勝に言う。

 少しぐらい、味方になってくれないかな……


「本多忠勝。貴様が勝てば筑波博の命と主君の機神を得られる。間違いないな?」

「ああ。相違ない」

「筑波博。貴様が勝てば本多忠勝は諏訪家の軍門に降る。間違いないな?」

「……はい」


 全然味方になってくれない。

 むしろ公平な審判になっている。


「一つ問おう。この決闘で筑波博を殺してもいいんだな?」

「無論だ」


 ……もう泣いていいですか?


「だが本多忠勝よ。貴様を軍門に降らすと言っても弾みというものがある。ゆめ忘れるなよ」

「……承知している」


 物騒なやりとりを終えて、僕たちは――戦う。

 本多忠勝が機神を起動させる。

 慌てて僕も起動する――


 真っ白い僕の機神と異なって、本多忠勝のそれは黒に近い灰色だった。

 どちらかと言うと利家さんのようだ――いや、それよりも大きくて分厚い!

 鬼神をイメージした兜がまた強さを表している。すげえ怖い……

 手には巨大な槍――いや、丸太のように太い槍先だった。


 ああ、お父さんとお母さん、そしてすみれ。

 僕はここで死ぬかもしれません――

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