第2話筑波博、信長と出会う!

 紅蓮の炎に包まれている鳥居や本殿――神社だ。

 赤くて鬼のように大きく、装甲が堅そうな鎧である機神を纏った人間が、次々と人を殺していく。神聖そうな和服を着た神官や巫女たちも犠牲になっている。


 これは――夢だ。

 僕は今、夢を見ている。

 凄惨な光景を俯瞰して見ている。


 視界が急転し、燃え盛る本殿のほうに移る。

 中では泣いている女の子とその傍にいる男の子、そして神官の姿をした男がいた。


 女の子は可愛らしい見た目をしていて、桜色の着物を着ていた。髪はおかっぱで、少しだけつり目だった。鼻筋も通っていて美少女と言っても過言ではない。四才か五才くらいだろうか。


 男の子はかなり目つきが悪い。だけど状況のせいでしんみりしているのか、凶暴そうな雰囲気はなかった。少年とは思えないほど背が高かった。こちらは八才から十才くらいだ。


 そして神官は穏やかそうな顔をしていた。女の子と顔が少し似ている。教師か医者、あるいは神職が似合いそうな知性溢れる顔つきだった。


『逃げなさい、かえで。私と一緒に死ぬことはない』

『いやです、父上! 征士郎せいしろう、離して!』


 女の子は必死になって父親らしき男に縋りつく。

 男の子は何もできず、見守っている。


『……わがままを言うんじゃあない! 親の命令が聞けないのか!』


 神官が怒鳴って女の子の頬を叩いた。

 呆然と女の子は父親の顔を見つめる。


『これ以上、私を困らせないでくれ……』


 神官は一度だけ女の子を抱きしめた。

 泣きじゃくる女の子。男の子はその手を引っ張る。

 本殿の裏にある隠し通路で、二人は逃げていった。


 そして残された神官は正座をして――そこに赤い機神を着た男がやってきた。

 虎をモチーフにした禍々しい鎧姿だった。兜がまさに虎を模していて、特別な機神だとひと目で分かる。


『久しいな。諏訪の当主よ』

『やれやれ。そなたが私を殺すのか――武田の当主』


 武田の当主と呼ばれた男は大きな刀を携えていた。

 人の首など一刀両断できてしまう。


『一つ、予言しておこう』


 神官は抗わないらしく、刀を振り上げている機神の男に言う。

 その声音はひどく冷たかった。


『私の娘はとある青年と出会い、その者の協力の元、そなたを必ず滅ぼすだろう』

『戯言で生涯を終わらせていいのか?』

『ほう。辞世の句でも読ませてくれるのか? 意外と優しいんだな』


 からかうように言う神官だったが『そんなものはいらない』と突っぱねた。


『私の最期の言葉は決まっている――かえで、私の娘に生まれてくれて、ありがとう』


 その言葉を聞いた後、機神の男は容赦なく神官の首を刎ねた。

 びしゃああと噴き出る血液。

 そして転がる首――僕を見てこう言った。


『かえでを頼んだよ、筑波博殿』



◆◇◆◇



「うわああああああああ!」


 悲鳴を上げた瞬間、僕は飛び跳ねるように起きた。

 布団に寝かされていて、周りは見たこともない和室だった。

 呼吸が荒い。当たり前だ、あんな夢を見たんだから――


「あら。お目覚めですか?」


 和室の襖が開いて、和服姿の女性が入ってきた。

 それも一人ではなく、四人同時だった。


「な、なんですか!? あなたたちは!?」

「どうか落ち着いてください。お水でも飲まれますか?」


 差し出されたのは水の入った升だった。

 震えながらも受け取って、ごくごくと飲み干す。

 一息付けたとは思えないけど、今の状況を整理しようとする。


「あの、ここはどこですか?」

尾張国おわりのくに清州城きよすじょうです」


 尾張国という地名には聞き覚えがない。

 だけど清州城という言葉から今もまだ戦国時代にいることは推察できた。


「城ってことは、城主様がいらっしゃるんですよね……どなたですか?」


 女性たちは顔を見合わせて、それから先ほどから話している人が代表して答えた。


織田おだ弾正忠だんじょうちゅう信長のぶなが様でございます」

「あ、あの、織田信長……!?」


 普通に生活していれば聞いたことがある名前。

 そして学生の僕なら知っている名前だった。


「うわあ。本当に戦国時代なんだ……」

「どうかなさいましたか?」

「い、いえ。なんでもありません」


 すると女性が「殿があなたと話したいとのことです」ととんでもないことを言ってきた。


「あなたの着ていた服の汚れは落としました。是非着替えてください」


 そういえば、今僕は寝巻姿だった。

 お手伝いしますという言葉を丁重に断って、僕は学生服に着直した。

 はあ。信長と会うのか。すげえ怖いなあ。

 だって『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』じゃんか。

 せめて徳川家康なら良かったのに。待ってくれそうだし。


 女性たちは侍女らしい。城の中を案内されて、謁見する広間へと連れていかれた。

 そこにはずらりと武将たちが並んでいた。十五人くらいでみんな僕のことを見ている。

 だけど誰も話してくれない。沈黙が痛かった。


 しばらくして小姓が入ってきた。

 武将たちが頭を下げたので、僕も慌てて倣う。


「苦しゅうない! 面を上げよ!」


 大きな声で命じられたので慌てて上げる。

 上座には二十代半ばの男がふんぞり返っていた。


 口髭を生やしていて、それが野性味あふれる美男子に見える。

 こっちを見る表情は興味津々と言った感じでにやにや笑っている。

 こ、これが織田信長か。案外若いな……


「おうおう。てめえが機神遣いの青年だな! どんな豪傑かと思えば、線の細い兄ちゃんじゃねえか!」


 そう言ってどたどたとこっちに歩み寄ってくる信長。

 口調が不良そのもので怖い……

 僕の目と鼻の先まで来ると、持っていた扇子を顎に当ててくる。

 顔をしっかり見せろということだろうか?


「へえ。度胸はあるみてえだな。目を逸らさねえとは感心感心!」


 逸らしたら殴られそうな雰囲気だもん。

 信長はじっくりと僕の顔を見た後「気に入った!」と言う。


「てめえの名はなんだ!」

「つ、筑波博です!」

「名字は普通だが名前は変だな! よっしゃあ、博! 今日からてめえは俺の家来だ!」

「は、はい! ……えっ?」


 思わずつられて返事をしてしまった。

 そしてとんでもないことに気づく。

 あの信長の家来になっちゃった!?


「いい返事だ! おい権六! かえでを連れてこい! 征士郎もだ!」

「かしこまりました、殿」


 髭がもじゃもじゃな武将が立ち上がってどこかへ行く。

 その間に「な、なんで僕なんか家来に?」と勇気を振り絞って訊ねる。


「なんで? そりゃあてめえが機神遣いだからだ!」

「機神遣いってなんですか!? そんなの知らないですよ!」

「ああん? てめえは機神着てたろ。そんで光線出しただろうが」


 記憶をたどると確かに光線、電磁砲を出した気がする。

 だけどそれだけの理由で家来になるとは――


「その光線で今川義元ぶっ殺しただろうが」

「……嘘でしょ?」


 今川義元ぐらい知っている。

 つまり、あの戦は、桶狭間の戦いだったのか!?


「ところでてめえ、どこで機神を手に入れた? すげえ貴重なんだぜ、それ」

「えっと、それは――」


 僕が答える前に先ほどの武将が「お連れしました」と広間に入ってきた。

 二人の男女を伴って――


「おう。来たか! 紹介するぜ、そっちの女はかえで。そっちの男は征士郎だ!」


 信長が紹介するけど、そんなことされなくても知っている。

 何故なら――さっき夢見た女の子と男の子が成長した姿だったからだ。


 女性のほうは顔色が青くて、目の下には隈が刻まれていた。

 まるで寝る間もないほど生き急いでいるような印象だった。

 物凄い美人だけど、どことなく近寄りづらい。


 男性のほうは目つきがかなり悪い。背も高くて百九十近くありそうだ。

 筋肉粒々で鍛え上げている。

 ちょっと怖そうな雰囲気がある。


「殿。何の用ですか?」


 無愛想に言う女性――かえで。

 明らかに無礼な態度なのに、周りの武将は何も言わない。


「用ってのは他でもねえ!」


 信長は胸を張って堂々と言った。


「てめえら三人で三河国を平定しろ。そしたら国をくれてやる!」


 ……こいつ、マジで言っているのか?

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